霊刀の妖精(宮大工15)
俺と沙織の結婚式の時。
早くに父を亡くした俺と母を助け、とても力になってくれた叔父貴と久し振りに会う事ができた。
叔父貴は既に八十を超える高齢だが、山仕事と拳法で鍛えている為とても年齢相応には見えず、沙織の親族からは俺の従兄弟と勘違いされるほどだった。
ピシッとした紋付袴姿で軽トラから現れた叔父貴が、助手席から幾重にも包まれた長いモノを取り出した時、俺はそれがあの刀だと直ぐに判った。
かつて自分が幼き頃、叔父貴の家で出会った刀。
そして、その精霊。
彼女は己を俺の物として欲しいと言った。
叔父貴は刀が欲しいと強請る幼い俺にこう言った。
「この刀は、独身の男が持つと魂を魅入られてしまう。だからお前が将来、この刀の精霊に負けない程の女性を妻としたらお前にやろう」
叔父貴に駆け寄りその逞しい拳を握り締め、挨拶をする。
そして、沙織を紹介した。
「……うむ、お前の事だから素晴らしい女性を娶るとは思っていたが、まさか女神様を娶るとは思わなんだ。
あの時の約束通り、結婚祝いにこの剣はお前に譲ろう」
俺たちはその言葉を聞いて驚愕した。
何故なら、叔父貴にはまだ沙織との馴れ初めは話していなかったからだ。
※
暫くは忙しい日が続き、新婚旅行から帰って来て一段落した後。
俺は叔父貴から頂いたあの刀を取り出し、鞘から抜いてみた。
幼い頃に見た時と全く変わらない、静謐さと艶かしさを併せ持つその刃に惚れ惚れとしていると、先に休んだ筈の沙織が起きてきた。
どうしたのかと誰何する自分に沙織が答えた。
「その剣に、起こされました」
その時、唐突に電気が消えて居間は漆黒の闇に包まれた。
「……来ます」
沙織が呟くのとほぼ同時に、沙織と自分の間に青白い光が湧き溢れ、水晶の様な硬質な輝きを持った半透明の少女が現れた。
「○○、久し振りですね…」
俺と、そして沙織の精神の中に言葉が響く。
そこには自分が少年の頃、叔父貴の家で逢った刀の精霊が顕現していた。
「そして人ならざるお方、お初にお目に掛かります…」
精霊は沙織に顔を向け、恭しく礼をした。
「○○、新たに私の主となられた男よ、私を抜く時には心を砕きなさい…私は命を断つ為のモノ。
そして、闇も、光も断つことが出来る。何者をも切らない事も出来る。
お前ならば大丈夫でしょうけれど…」
「刀の精霊よ、○○様ならば大丈夫です。その様な方だからこそ、私が結ばれることが出来たのですから」
沙織が応えると、精霊は清楚な、そして少しだけ妖艶な微笑を浮かべた。
「大いなるお方よ、よく存じております。しかし、それもまた少し残念…私は、生かす為よりも切る事を命としているのですから…。
○○よ、努々忘れることなかれ。私は主の意思にのみ沿うモノである事を…」
※
今、刀は我が家の床の間にて鞘に収まり、静かに眠っている。
しかし、極稀に鞘から抜き放つ誘惑に負けることがある。
鞘から抜き放った時に刀が見せる顔はいつも異なる。
いつか、禍々しい誘惑に負ける時が来ないように精進しなければと、刃に写る自分に言い聞かせている。