三号室の住民

公開日: 怖い話

d48e18b0

その店はある地方都市の風俗街の中にあったので、出勤前の風俗嬢や風俗店の従業員の客が多かった。

かなり人気のある店だったが、その理由は「出前」にあった。

店の辺りには風俗店の寮(店側が女の子達の為に借りているアパート)が数多くあり、そこに住む風俗嬢からの出前が毎日何十件もあった。

その殆どがラーメンだけとか餃子だけとかの単品注文。

割に合わないから普通の店なら断るだろうけど、うちの店はむしろ喜んで出前をしていたので、人気が高かったのだ。

僕を含めてバイトは4人いて、2人組になって店内接客と出前を日替わりで分担していた。

僕はS男とペアを組んでいたが、あるとき彼が変なことを言い出すようになった。

出前を届けるエリアは、僕はエリアの北側を、S男は南側を担当していた。S男が届けている客に変な人がいるらしい。

その客はいつもチャーハン単品を頼んでいた。S男は声も聞いたことないし、顔も見たことないという。

その客が住んでいるアパートはちょっと変わっていて、ヤク中ぽい女たちや南米系の女たちなど、ヤバい風俗嬢たちが住んでいると噂になっている場所だった。

S男はいつも夕方6時ぴったりに、 そのアパートの三号室のドアの前にチャーハンを置いて帰ると言っていた。

なぜかというと、ウチの店にその辺一帯を取り仕切ってる風俗業者(いわゆるヤ○ザ系)の人が来て、マスターにそうお願いしたらしい。

マスターは、特殊な客や注文にも慣れっこだから、特に疑問も持たずOKしたそうだ。実際、下手に詮索するとヤバいことになるから、このエリアの暗黙の了解ということだろう。

その事情を聞いて、バイト仲間同士でいろいろウワサした。

「指名手配中の犯人が住んでる」とか、

「部屋に見られちゃいけないものがある」とか。

S男は住人の顔も声も知らなかったんだけど、下げてきた食器に口紅っぽいものが付着していたことがあって、住人は女だと思っていたようだ。

僕や他のバイト仲間は、実際にそのアパートへ行ったことがなかったので特に気にしなかったが、S男はかなり気になってたようだった。

S男は顔馴染みの出前客に、それとなくあのアパートについて聞いてたんだけど、誰もが口をつぐんで話してくれなかったとか。

マスターも「あんまり関わると危険だぞ」って釘を刺すくらい、S男はそのアパートの住人に興味を持っていた。

バイトが終わってS男と一緒に帰ってるときだった。

「俺…あの部屋のドアをノックしてみようかな…」

何か適当な理由を考えてドアをノックして、住人が出てくるのか確認したいという。

僕も面白がって「いいじゃん。ノックしてみなよ」と言ってしまった。

僕が3日バイトを休んで、休み明けに顔を出した日だった。

「お前、S男と仲良かったよな?」

とマスターが僕に聞いた。

「S男がどうかしたんですか?」

「一昨日から行方不明になってるんだよ」

僕は驚きを隠せなかった。

S男はその日、特に何の問題もなく仕事をしていた。そしていつも通り、『あの客』の出前も届けたという。

その出前から戻ってきて、しばらくは店内の接客をしてたんだけど、気がついたらいつの間にかいなくなってたらしい。

バイト仲間はトイレかな…とはじめは思ったらしいが、結局それきりS男は戻らなかった。更衣室のロッカーに、私服もバッグも置いたまま消えてしまったんだ。

「S男から何か聞いてないか? 悩み事とか心当たりあるか?」

とマスターに聞かれた。

僕は確かにS男と仲が良かったが、失踪してしまうような悩みを抱えている様子は全くなかった。

マスターはS男が住むアパートも調べたらしいが戻った形跡はなく、S男の実家に連絡を入れて、家族が捜索願いを出したらしい。

服やバッグを置いたまま仕事中にいなくなり戻ってこないなんて、絶対に変だ。

「もしかして危険な事件に巻き込まれたのかな…」なんてバイト仲間同士で話してた。

僕は内心、

『アイツ、ドアを本当にノックして何か見ちゃったのかも…』

なんて考えたけど、このことはマスターにも言わなかった。

S男が失踪してからは、僕が例のアパートの担当となった。

いつもチャーハン一皿しか注文しなかった三号室の住人が、チャーハンを二皿注文するようになっていた。僕はちょっと怖かった。

例の風俗業者(寮の管理人)が、S男の失踪後に店に来て頼んだそうだ。

「ひとつはグリーンピース抜きで」という注文も一緒に。

あのアパートの三号室に食器を下げに行くと、ドアの前に二枚重ねて食器が置かれている。

グリーンピースが大嫌いだったS男のことを思い出して、一瞬身震いがした。

関連記事

肋骨を掴む手

最寄の駅からおいらの会社まで自転車で通っていたことがある。 その日は仕事が結構早めに終わり、少しずつ暗くなる路地裏を自転車で家路を急いでいた。 蒼い宵闇が降りてくる。境界線…

渓流釣り(フリー写真)

一人で泳いでいる男の子

去年、梅雨の終わり頃に白石川へ渓流釣りに行った時の事。 午前4時くらいに現地に到着して準備を終えました。 そして川に入ろうとした時に、川の方から子供の声が聞こえるのです。…

憑依

小学校6年の社会の授業の時、突然担任(女・20代・かなり美人)の声色が低くドスの聞いた感じに変わり、目つきもどこか虚空を見ているような感じになり、戦時中の国民学校とかで先生が生徒に訓示して…

死者と会う方法

日本で2003年に『黄泉がえり』という映画が放映された。これは死者が蘇るというタイトル通りの話ではあるのだが、イギリスには実際に死んだ者と会える方法があるという都市伝説が存在する。 …

断崖

断崖の夜髪

私がある旅行雑誌の取材の依頼で、足を運んだのは日本海に面した静謐な観光地でした。 その日、市の観光課に所属する案内人の丁寧な誘導のもと、カメラマンと共に車で取材地を巡りました。…

ドアノブ

奇妙なセミナー

これは私が幼稚園の年長から小学校低学年の頃に体験した話です。 幼稚園年長の頃のある夜、母にそっと起こされ、着替えをさせられて車に乗せられた。 車は見た事もないような暗い裏道…

蔵(フリー写真)

土蔵の仏壇

僕の実家には大きな土蔵がありました。 先祖代々伝わって来た、訳の解らない掛け軸や扇子や壺などが、山ほどありました。 ある日、いい加減古いものは処分しようと、家族総出で整理を…

霧の出た山(フリー写真)

首狩地蔵

私の母が通っていた中学校の近くには『首狩地蔵』と呼ばれるお地蔵様があるそうです。 そのお地蔵様は藪の奥まった所にあって、近付くと祟りがあると言われているそうです。 実際、お…

土地にまつわる因縁話

知り合いの霊能力がある人の話。 普通、霊能者と言えば厳かな感じの人が多いというイメージがあるんだが、知り合いの人はそこら辺にいそうな、筋トレ好きな体育会系のおっさんなのよね。 …

暗い部屋(フリー写真)

姉の霊

それは私がまだ中学生の時でした。 当時美術部だった私は、写生会に行った時に、顧問の若い女の先生と話をしていました。 その頃は霊が見えなかった私は、他人の心霊体験に興味津々で…