廃病院での心霊体験

公開日: 心霊体験 | 怖い話 | 長編

廃病院

まだ俺が大学に居た頃だから、もう2、3年前になると思う。

田舎を出て県外の大学に通っていた俺に、実家から「婆ちゃんが倒れた」と電話があった。

昔から色々と面倒を見てくれていた婆ちゃんで、俺はすぐさま実家に帰って病院に行った。

幸い婆ちゃんは大事には到らなかったんだけど、俺はもしもの場合に備えて、一週間かそこらまでバイトも大学も休みを取ってしまっていた。

実家の俺の部屋は弟に使われていたし、居間でゴロゴロしていても退屈だったから、俺は県内に残っている友達に電話をかけた。

みんな仕事に就いていたり専門学校に行っていたりと忙しそうだったけど、やっぱり暇人はいるもんで、県内の大学に行った友達三人と次の日から会うことにした。

と言っても本当に田舎なので、やることと言ったらカラオケとボウリング、あとは車で30分かかるネカフェでダーツやらビリヤード。

飲みに行こうかという話も出たんだけど、一週間分の稼ぎが無くなった来月のことも考えて俺が断った。

だから俺らがやれることと言ったら、ぶらつくのに飽きてファミレスのドリンクバーで粘るみたいなことしか出来なかった。

あと2日で帰る日の火曜の夜、帰って来てからずっとツルんでいた三人のうち二人と、例の如くファミレスでダベっていた時だった。

俺「マジ暇じゃねぇ? 相変わらず何もねぇなココ」

A「そりゃ東京に比べたらな。いいよなお前は県外で」

B「んじゃあさ、あそこ行ってみねぇ?」

Bが言ったあそこというのは、地元に住んでいる俺達の世代では有名な場所である、廃病院のことだった。

噂では手術室にはまだ機材やらメスやらがまんま残されているだとか、地下に干からびた死体がまだ残っているとか、看護婦の幽霊が出るとか、まあそういう場所には必ず付いてくるような噂ばかりだった。

正直俺は内心ビビっていて気乗りしなかったけど、AとBが盛り上がってCにまで連絡を取り、後からCは現地に来ることになった。

その廃病院は結構昔に潰れたそうで、俺らが住んでいる町よりも田んぼや畑が多い村の、人気の無い場所にある。

田舎は土地が安いからかどうなのかは知らないけど、三階建ての、出来た当時は結構立派だったと思わせる外観だ。

A「俺の先輩の友達がここに来て、タバコをぽい捨てしたら急に変になってさ、ひたすら『×××町に帰る、×××町に帰る』と言いながら、やべぇことになっちまったって。その人、△△に住んでるのに」

そういうことは来る前に言えよと内心キレかけた俺だったが、ビビっていると思われるのもイヤだったので「へぇ」と軽く流した。

病院の周囲には、少し離れた所に田んぼや街灯があるのみで、入り口の正面のガラス張りの扉には、鎖と南京錠で厳重に鍵が掛かっていた。

たまに俺らみたいな暇なやつらが来るからか、ゴミやらイタズラ書きなんかが酷く、窓ガラスも一階部分のは殆ど割られていた。

俺「んじゃどうする? C待つ?」

A「いいじゃん、先に行ってようぜ。どうせ車あるからわかんだろ」

B「じゃあ俺先に行くわ。こっちの窓から入れっから」

コンビニで調達した安っぽい懐中電灯をそれぞれ片手に持ち、俺らは病院の中に入った。

今思えばマジでやめとけば良かった。

中に入って足を地面に付けると、割れたガラスを踏んでパキパキという音がした。

その時になぜか俺の全身が寒くなって、ヤバいくらい鳥肌が立った。

本気で今すぐ窓から逃げ出そうかと思ったほどだったけど、BとAがスタスタ先に行っちまうし、車の鍵を持っているのはAだからそうもいかなくて、俺は置いて行かれないように後から付いて行った。

一番後ろというのは本当に怖いもんで、全然奥が見えない背後の廊下の暗闇から貞子みたいなヤツが走って来たらどうしようとか、本気でビビっていた。

受付の広い空間に出て、Bが辺りをライトで照らすと、そのまんまで放置されていた長イスとか、床に散らばったファイルなんかが土でグズグズになっていた。

ナースセンターの中なども、棚が倒れていたり窓口が割れていたりして、相当雰囲気があった。

A「うおこぉえ~」

嬉しそうにAが喋ると、何だか山びこみたいに奥に声が響いてくのが分かった。

A「どこ行く?」

B「やっぱ下でしょ。死体見ようぜ死体」

虫の知らせってヤツだったのかもしれない。何故か本気でイヤだって思ったんだ。

だから俺は渋るAとBを説得して、「上に行こう」と言った。

本当はもう出たかったけど、馬鹿な話、ここで帰ろうなんて言ったらチキン扱いされるのが嫌だった。

俺らが途中にあった病室や診察室を覗きながら二階へ続く階段を上がる途中、俺は変なものを見た。

階段を上る途中で、俺はビビっていたからちょくちょく後ろを振り返っていたら、ちょうど壁というか階段の区切りというのか…その角のところに足が見えた。

壁の向こうは地下に下りる階段があった。

本気でビビった。足が止まって息がうまくできなかった。

先に行っていたBが「どうした?」なんて声をかけたところで、俺は金縛りみたいな状態から戻り、あれは気のせいだとひたすら自分に言い聞かせて、二人の後を付いて行った。

二階や三階は普通に怖かったが、特に何事も無く終わった。

休憩所や喫煙室に残っていた古い型のテレビが割られていたりするくらいで、そのテレビを見てAが「これ多分、Y先輩がやったやつだぜ」と言って笑っていた。

俺達が一階に戻ると、AとBは当たり前のように地下の階段を下りようとした。

この時ばかりは俺はマジで止めた。

俺「マジやばいって。そっちはやめとこうぜ」

A「お前何ビビってんの」

B「うっわ、マジチキンだわ~コイツ」

二人にからかわれ腹も立ったので、仕方なく俺も一緒に下へ下りた。

地下はかなり暗かったのを覚えている。

「月の光が入ってこないだけでこんな違うのか」なんてことを言いながら、俺達は辺りを照らしてみた。

廊下に置きっ放しにされている長椅子や、壁に掛けられている消毒液のボトル、車椅子なども全部置きっ放しになっていた。

しかし何故か、上の階に比べてやけに片付いているというか綺麗で、違和感を感じた。

Aが手近な部屋のドアを開いて、Bが廊下の奥にライトを向けた時だった。

B「おい、あれが手術室じゃねぇ?」

ライトの灯りが辛うじて届くほどの距離に、ドラマなんかでお馴染みのプレートが見えた。手術中には赤く光が灯るアレだ。

ライトに映されたそれは、文字なんて全く見えなかったけど、Bはかなりテンションが上がったらしく、大股で奥へと進んで行った。遅れてAもそれに続く。

俺はこの時から気分が悪くなっていた。

耳の中に水が入った時のようなあの感覚がずっと続き、風邪になった時に感じる、上手く言い例えられないけど、精神が不安定になるような感覚に襲われた。

それでも一人残されるのは怖かったから、進む方とは反対側の廊下の奥の方へ注意を払いながら二人の後を付いて行くと、突然Aがゲラゲラ笑い出した。

ビクっとなって前を見てみると、Bがすっころんでいて、Aがそれを見て爆笑していた。

A「マジお前何やってんだよダッセーな」

なんて言いつつ懐中電灯でBを照らして笑っていたが、なかなかBが起き上がらない。

流石に心配になったAと俺は、「おい大丈夫か」と声をかけながら、Bの横にしゃがみこんで顔を窺った。

すぐに様子がおかしいことに気付いた。

きつく目を閉じて歯を食いしばり、脛のあたりを両手で押さえて低く呻いている。

俺「おいどうした? どっかぶつけた?」

焦って聞いてみるが、よほど足が痛いのかBは返事さえしない。

「あああああ」とか「ううううう」とか、ひたすら唸っていた。

A「おいちょっとどかすぞ? いいか? お前ちょっとここ照らしてて」

俺が懐中電灯を二つ持ってBの足を照らした。

Aが慌てながら、Bがスネを押さえている手をどかすと(相当Bも痛がって抵抗した)、Aが「うわっ!」と声を上げた。

俺も「え? 何? どうしたの?」と言いながら目を凝らすと、今思い出すだけで本気で吐きそうになるんだが、本気であの時は呆然となった。

すまんちょっと気が昂った。

Bのスネの、何と言うか一番骨に近いところの皮と肉が無かったんだろう。

ライトに照らされて微かに見えた白っぽいのは、多分骨だったと思う。

あとは血が大量に出ていて、それどころじゃなかった。

Aがパニくって「おいなんだこれ!? どうしたオイ!」と叫んだ。

俺も訳が解らず、でもここがもうヤバいことはとっくに気付いていた。

俺は「出よう」とAに言い、二人でBを両側から抱えようとして、AがBの肩を支えて俺が反対側へ回り込んだ時だった。

今でも忘れられないあれを見た。

Bの落としたライトは手術室のドアを照らしていた。

そのドアがいつの間にか開いていて、中から妙なモノがこっちを見ていた。

真っ暗な時に人の顔をライトで照らすと、輪郭がぼんやり浮かび上がって目が光を反射し、怖いと思うことがあるのは経験したことがあると思う。

人と言って良いのか分からないけど、あれの顔はそれに近かった。

身体は丸っぽいとしか覚えていない。

よくテレビで放送する、太り過ぎた人間のあれ。ぶよぶよとした肉が弛んで動けなくなったアレに近い。

大きさは普通の人間くらいだったけど、横幅が半端じゃなく広かった。

それが身体を左右に揺らすようにして、こちらに近付いて来る動作をした。

まともに見られたのはそこまでで、Aが金切り声を上げてBを引き摺るようにして逃げようとした。俺も叫んだと思う。

何も考えられくなったけど、灯りが無くなるのだけが怖くて、ライトをしっかり両手に握り、Bの腕を俺の腕で抱えるようにしてAと引き摺った。

ただ灯りが前を向いていなかったから前がよく見えず、それがまた怖くてパニックになった。

それでも何とか階段近くまでBを引き摺ったけど、俺達が進んでいた方の廊下の奥から急に「カラカラカラカラカラ」という音が聞こえた。

その音は段々大きくなり、俺は何だと思ってライトを両手で向けると、人の乗っていない車椅子がもう間近に迫っていたところだった。

俺が手を放したせいで体勢が崩れたBとAに、その車椅子は直撃した。相当な勢いだったと思う。

Bが床に転がって、Aは本当に今度こそパニックになったんだと思う。

「わあああああああああ」と叫びながら踵を返そうとして、また甲高い声で喚いて反対方向へ物凄い勢いで走って行った。

Aが階段を通り過ぎてしまった辺りで俺がAの名前を叫んだけど、聞こえなかったんだろう。

そのまま喚きながら走って行った。

Aの叫び声が間延びしながら遠ざかって行き、俺はもう泣き叫びながらBの腕を引っ張ろうとして、懐中電灯を両方落とした。

慌てて拾い上げようとして顔を下に向けた時…、もう俺はその時死んだと思った。

その顔はハッキリ見えた。子供の顔だった。顔だけが見えた。

身体があるとしたら、俺の脚の間をトンネルして垂直に俺を見上げている状態だったと思う。

完全な無表情は怒ったように見えると言うが、あれはそういう無表情だった。

落としたライトの近くで、その顔は横から照らされている状態だった。

俺は今度こそ逃げた。

本当に何度も何度もBとAに謝っても謝り切れないし、その資格も無いけど、俺は本気で怖くて逃げた。

Aのように階段を通り過ぎてはいけないと、それだけを頭ん中で考えて壁伝いに走って、階段のところで転んで段差に身体をぶつけたけど、そこから這うようにして階段を上がって行った。

一階に戻ると、暗闇に目が慣れてきたせいか、月明かりで周囲の様子がよく判った。

俺は全力で正面玄関まで走り、取っ手を押したけど、南京錠と鎖のせいで出られなかった。

後ろに戻ることなんて考えられなかったし、前以外を見たらまた化物や子供やらがいそうで、本気で怖かった。

ずっと玄関の扉をガチャガチャやったり蹴ったりしていると、前から「ドドドドドドドド」という凄い音が聞こえた。

それでも必死に扉を開けようとしていた俺だったけど、前方に現れたバイクがくるりとターンしてライトを俺に向けたとき、俺はやっと止まった。眩しくて目が開けられなかった。

やって来たのはCだった。

この時ようやく、助かったかもしれないと思った。

バイクの照明を落として、メットをミラーにかけたCは、戸惑った顔で俺を見ていた。

こちらに近付くと、分厚いガラス越しの向こうで「何やってんだお前」的なことを言っていた。よく聞こえなかったけど。

俺は必死に「ここから出してくれ」と叫び、Cが呆れた顔で横に歩いて行って俺の視界から消えようとした。

俺は必死にCに追いすがって横に移動すると、そこにちょうど俺の腰くらいの位置に、窓の割れた部分があった。必死過ぎて気付いていなかった。

Cが「あー、でもここはアブねえんじゃねえ?」なんて言ったが、俺はそのギリギリのスペースに身体を突っ込ませるようにして外に出た。

俺の尋常じゃない勢いにCは仰け反るようにして引いていたが、俺はやっと外に出られたということと、今更ながらに心臓がバクバク壊れたみたいに鳴って苦しいことに気付いた。

Cがマジでドン引きしながら「お前どうしたの」と声をかけてきたけど、返事ができるようになったのは多分2、3分してからだったと思う。

俺は微妙な顔で戸惑っているCに向かい必死に叫んで、ここから離れるように言った。

事態を説明しようにも、とにかくここから離れたかったからだ。

Cは「はぁ? あいつらは? あいつらどこいってんの」なんて、パニくっている俺に半分キレ気味だった。

でも俺があまりにも必死に叫んでいたからだと思う。渋々バイクに跨ってターンすると、俺に後ろに乗るように促して発進した。

俺はバイクに乗りながら、後ろから何か付いて来ていないかとか、そういったことが気掛かりで、何度も何度も無理に後ろを見ようとして「あぶねえだろ!」とCに怒鳴られた。

やがてCは病院から2、3キロくらい離れたコンビニにバイクを停めて、「マジ何やってんのお前」と今度こそキレてきた。

俺はとにかくCに病院であったことを捲し立てた。

と言ってもその時の俺は、これからやらなくちゃいけないことや、AやBのことや、あの化物のことなんかが頭の中をグルグルしていて、全然要領を得なかったと思う。

確か、

「俺達あそこの下に行ったらBが倒れて、なんか奥のほうからワケわかんねぇのが出てきて、俺とAがB連れて逃げようとしたんだけど、Aが奥から出てきた車椅子にぶつかって、パニックになってどっか行っちまって、俺ホント怖くて、なんか足に子供の顔とか見えたりして、二人のこと置いてきちまった」

こんな説明を「はぁ?」と言いながら聞くCに2、3回繰り返した。

かなり早口だったし、舌も回っていた自信が無かったから、ここまで振り回すように連れて来られたCにとっては、かなり頭にきていたと思う。

でも俺の様子が尋常じゃないのと、話の不気味さは伝わったらしく、取り敢えず怒りは引っ込めてくれたようだった。

C「お前ら俺のこと騙そうとしてない?」

俺「んなことするわけねえだろ!!冗談じゃねえ、マジでやべえんだよ!!」

俺があまりに大きな声を出していたせいで、コンビニの店員が「どうしました?」と言い外に出て来た。

店の中で立ち読みなどをしていた奴らも、変な目でこちらを見ていた。

俺はとにかく「なんでもないから」と店員を追い返し、ジーパンから携帯を取り出して警察に連絡した。

この時の俺は凄く焦っていて、ジーパンの固い生地から上手く携帯が出せず、「ああ!オイ!!」とか叫びながら取り出していた。

ここまで来てようやくCが、躊躇いなく110番を押した俺を見て、表情を真剣なものに変え始めた。

110番はすぐ繋がった。電話の向こうからオッサンの声で「はいこちら緊急110番」と返事があったので、俺は捲し立てるようにして「J病院(廃病院)で友達が二人やばいことになった!早く来てくれ!」と言った。

※「どこのどこ病院です?」

俺「Jだよ、J病院!!×××山とか田んぼが近くにある!」

※「あーわかんないわかんない。詳しく住所とか言ってくれる?」

俺「ざけてんじゃねーぞオイ!!住所なんざわかるわけねぇだろ!!○○村んとこにある病院だっつってんだろ!!」

※『ああそう。で、何があったの? 事故? 喧嘩?』

まるでやる気のない気怠そうな返事に頭にきて、怒鳴るようにして「どうせ今言ったってテメー信じねえよ!!いいから怪我してるヤツもいんだ!!さっさと来い!!」

その台詞を言い終えるか言い終えないかの時だった。

「ザザザザ」という携帯にはお決まりの雑音が入り、警察のオッサンが「あ? もしもし? もしもし?」と言い始めた。

俺が何を言っても聞こえていないみたいで、向こうの声もブツ切りになり、段々聞こえなくなってきた。

その内、「もしもーし。イタズラですかー?」などと完全にこっちを馬鹿にして、暫くしたら電話を切りやがった。

俺はひたすら悪態をつきながらもう一度110番を押して、耳に携帯を当てた。

そしたら今度はコール音ではなく、「ザザザ」というあの音が続き、時々「ブツ……ブツッ…」という音が混じるだけだった。

通話を一旦切ってまたかけ直したが、今度は何故か携帯の電源そのものが落ちた。

今思い返せばあれは、手が震えていたせいで長押ししてしまったのかもしれない。

俺はCに「携帯貸せ!」と奪うようにして、Cの携帯で110番をコールした。

ちょうどボタンを押してコールが始まった頃、またコンビニの店員が「ちょっとちょっと、どうしたんですか」と迷惑そうな顔をしながら出て来た。

まあ実際、俺としてはそれどころじゃなかったけど、向こうにしたら本当に迷惑なヤツだったと思う。

俺はもう店員は放っておいて、電話だけに意識を集中させていた。

Cが「いやなんか俺にもよくわかんないんすけど」なんて店員に説明し始めたのが聞こえてきた。

今度のコールはやけに長く、なかなか相手が出なかった。

Cが店員に「いやなんか、ダチがあそこ(病院)行ったんですけど、戻ってこなくて」そんな説明が聞こえた時、やっと「ツッ」と短い音がして通話状態になった。

相手が何も言わないのに少し疑問は感じたが、俺はまた怒鳴りながら「友達が二人怪我してヤバイから」と、事態を説明しようとした時だった。

電話の向こうと言うか、向こうの電話の遠い方の音が聞こえた。

「ぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」

初めはそれが何なのか解らなかったけど、段々その音が大きくなってきて、それが何かハッキリ解ってくると、俺はもう「うぃっひぁ」などと訳の解らない声を出して、火傷した時にやるような動きで携帯を放った。

Cが「オイオイオイオイ!」と驚きながら、コンクリの駐車場に落ちた携帯を拾い、怒ろうか事情を聞こうか迷ったような微妙な顔で俺を見た。

俺はもうヤバいくらい震えていて、多分顔色も真っ青だったと思う。

店員が心配してくれて、「ちょっと大丈夫ッスか」なんて言いながら俺の方を見ていた。

俺は震えながら、耳にこびり付いて離れないさっきの声を、こめかみを掻き毟って忘れようとした。

あれは間違いなくAの、病院で最後に聞いたあの叫び声だ。

何で110番からそんな声が聞こえたのか、あれは実際にリアルタイムで聞こえてきたのか、それなら今あの場所では何が起こっているのか。

俺はもう本気で訳が解らなくなって、その場にへたり込んで動けなくなった。

店員が酔っ払いでも見るような、扱いに困っている目で俺を見ていたのを、呆然とした視界に捉えていた。

でも、その内店員が「え? ちょっとそれなんすか?」と言いながら顔を近付けて、「うぅっわ!」と奇声を上げた。

店員「ちょっとやばいっすよそれ!腕んとこ血ィ出てるじゃないっすか!」

俺「え」

その時やっと気付いたのだが、どうやら俺が病院を出る時に、窓に残っていたガラス破片で腕を切っていたらしい。

Cもその時になって初めて気付き、「うーわお前大丈夫かよ」と覗き込んできた。

店員が慌てて店に戻り、もう一人のオッサン店員と一緒に緊急箱を持って来て、俺の傷に消毒液をかけたり、軽く包帯巻いたりしてくれた。

でも包帯の長さが足りずにすぐ真っ赤になって、そしたらオッサンの店員が売り物の包帯まで使って手当てをしてくれた。

その間、俺はただただ放心していた。

たまにコンビニに入って行く客や出て行く客が、ちらっとこちらを見て通り過ぎて行った。

C「それ病院行ったほうがいいんじゃねえの?」

その言葉に俺は心底怖がった。

有り得ない話だけど、救急車に乗せられたら、あの廃病院に連れて行かれるという妄想までしたくらいだった。

「本当にいいから、大丈夫だから」とガキみたいに断って、少し冷静になった頭で包帯の代金を払おうとしたら、財布が無いことに気付いた。

長財布だから尻ポケットに入れていたのだが、どこかで落として来たらしい。

代わりにCが財布から二千円を出してくれているのをぼけっと見ていると、Cの携帯が当時流行っていたコブクロの『桜』をくぐもった音で流し始めた。

Cが携帯を開くと、眉を顰めるというのはああいう顔のことを言うのだろう…そんな顔をして俺と携帯の画面を見比べて、「もしもし?」と話し始めた。

店員のオッサンが、包帯の入っていた箱と二千円を持って店に入り、釣りを持って来て会話中のCに手渡すと、Cは軽くオッサンに頭を下げながら「ああ、うん。……そう」と言っている。

オッサンはまだ俺のことを心配していて、「きみ本当に大丈夫?」と気遣ってくれたけど、俺は気の無い返事しかできなかった。

ただ、段々とCの話している声に呆れと怒気が混じり始めて、俺はそっちに意識を向けた。

C「コンビニ。そう。コンビニ。…………うん。………いるけど、なんかおかしいんだよ。…………ああ。お前らは? ………え、まだそこにいんの?」

その最後の台詞に俺は何だか嫌な予感がして、全身に鳥肌が立ったのを覚えている。

C「いやコイツ(俺)がお前達が…え? …………やっぱな、そうだと思ったわ。でもちょっとこれはねえだろ。……ああ……そう……いやもういいけど。…………いや怪我してるから病院つれてかねーと。…………いやいねーだろ。………電気通ってねえし。………はぁ?………」

相当うろ覚えだが、そんな調子でCは話し続けていた。

C「いやもういいってそういうの。…………いいっつってんだろ。しつけーな…………だからしつけーよ、お前いい加減にしろや!……あ? もしもし?」

傍から見てもかなり苛立った様子で舌打ちし、Cは乱暴に携帯を閉まった。

そして俺を睨むように見ると、

C「オメーらマジいい加減にしろやオイ」

俺「は……?」

C「Bからかかってきてんだよ、今の電話」

もうこの辺りから、俺は殆ど何も考えられなくなってきていた。

もう何が何だか本気で解らなくて、Cはまだ何か言っていた気がしたけど、目が回ってそれからのことは覚えていない。

その後のことは全部Cに聞いた。

俺はゆっくりと寝転がるようにして、その場で失神したらしい。

オッサン店員が救急車を呼んでくれて、俺は近くの病院で一晩過ごした。

目が覚めた時は昼過ぎくらいで、腕には点滴が刺されていた。すぐ横のパイプイスには俺の母親とばあちゃんが座っていた。

俺の腕の傷は結構深く、他にも顔の横などを数本縫った。

他にも足の指を折ってたりしていて、その日の午後はレントゲンや検査で終わった。

もう一日入院して行けと言われたが、俺は本当に嫌だと言って断った。

その日の夜に警察から電話があり、AとBのことと廃病院でのことを聞かれた。

電話があった次の日、俺はすぐ警察署に行き、取調室みたいなところに通され、制服姿のオッサンに何時間も質問された。

廃病院に行くまでの経緯と、中で起こったことを俺は正直に話したけど、勿論信じてもらえなかった。

それどころか薬物検査を受けさせられて、場合によっては家宅捜索にもなるとか色々言われた。

暫く同じような問答をうんざりするくらい繰り返した後、俺はずっと気になっていたAとBについて聞いてみた。

Bは俺が倒れた次の日の午後、Cの通報で廃病院に向かった警察が見つけた。

廃病院の階段近くから少し奥に進んだ場所で死んでいたそうだ。

死因は失血によるショック死ということになっていると言われた。

詳しくは検死しないと判別が付かないということらしかった。

Aは見つからなかったらしい。

表向きは行方不明ということになったけど、多分俺と同じでBを殺したんじゃないかという容疑者扱いされていると思う。

寧ろ、AがBを殺して俺が何か隠していないか、共犯なんじゃないか的なことを、オッサンは遠回しに聞き出そうとしていた。

俺が失くした財布は病院の地下で、Bの近くに落ちていたそうだ。

一応証拠品だから返却されるのには時間がかかると言われたが、俺は捨ててくれと頼んだ。

あの病院は本格的に立ち入り禁止にして、パトカーの巡回コースにも入れられるらしい。

放置されていたAの車も、あらかた警察が調べてから、Aの親が合鍵で乗り帰ったそうだ。

取り調べが終わると、警察署の外でCが車で迎えに来てくれていた。

地元ではなく少し遠くのファミレスでCと話をした。

Cは俺と一緒に救急車に乗って病院に行った後すぐ、Cの兄貴の運転でコンビニに停めてあったバイクを取りに行ったらしい。

店の店員は違う人になっていたが、一応事情を説明した後、廃病院に向かおうか迷い、Bと連絡を取ろうとして携帯を確認したらしい。

救急車に乗った時点で電源を切っていた携帯に、三十件以上の不在着信があったそうだ。全てBから。

この時ようやく、Cもこの一連の出来事の異常性を実感したらしい。

Cも怖くなって携帯の電源を切って家に逃げ帰り、次の日にAとBの家に連絡を取ると、まだ二人とも帰っていないという。

本格的にヤバいと感じたCは警察に連絡し、俺の言った話で信憑性の薄い部分だけ切り取って、うまく警察を向かわせたらしい(その時の通報理由が違ったせいで、俺がかなり疑われたが)。

Cは言った。途切れ途切れだったし、言葉を探すように幾つも間があったけど、大体こんな感じだった。

「最初にコンビニで電話に出た時、何かおかしいとは思ったんだよ。

何かひたすらお前のこと聞いてきてさ。三人で仕組んだ悪戯で、もう済んだからお前と一緒に病院に来いって。

でもお前、腕を怪我してたからさ、俺が病院に連れて行かなきゃと言ったら、『こっちには医者もいるから』って……。

そこでおかしいと思ったけど、まだ何かの冗談かと思ったんだよ。

俺がいるわけねーって言ったら、『いるいるいるいる』って。『いまも手術してるから』って。

俺がそういうのもういいと言ったら、『ほんとだから。いるから。いるって、いるって、いるって……』……とずっと繰り返しててさ。

頭きて怒鳴ったら向こうで切っちまって……」

俺は何と言って良いか分からなかった。

Cはもう一度あの場所であったことを俺からじっくりと聞くと、「わかった」とだけ言い、それ以上何も言わなかった。

その後も俺は何度か警察署に顔を出した。

親から、大学へは休学届けを出して、残り半月程度だった前期と後期は休むように勧められた。

今ではもう警察に顔を出す事もなくなり、大学も上半期の留年で卒業した。

田舎に帰る気も起きなかったから、そのままアパートに住んで仕事に行っている。

ただ、4度目か5度目に警察に顔を出した時だった。

警察のオッサンといつものように同じ問答を繰り返した後、オッサンがBのスネの傷のことを言ってきた。

※「貴方の証言じゃ傷を見たそうだけど、どんなふうだった? 切り傷? 擦り傷?」

俺「本当にパニックだったし、かなり暗かったからよくは……。でも、骨っぽい白いものを見たのは覚えてます」

※「ふぅん……」

とオッサンは間を置いて、手元の書類を改めてまじまじと見る。

※「これがちょっと不思議な傷でね。あの場所じゃ転ぼうが何かに引っかけようが、つかない傷なんだよね」

俺「はぁ……」

※「本当にキミは、Bくんが転んだ時は何も見てないし、知らなかったんだね?」

俺「ええ」

※「ふぅん……」

その問答はそれだけで終わった。

ただ、取り調べが終わって部屋の外に出た時だった。

ドアを閉める前の隙間からオッサンの呟きが聞こえた。

※「まあ、噛みはしねーわな」

本当に思い出したくなかったけど、あの時のBの傷はどんな風だっただろうか考えてみた。

オッサンのその言葉を聞いてから思いついたことだから、これは俺のその時思いついた妄想の可能性が大きいことを先に言っておく。

Bの傷は、あれは俺が見た子供に噛まれたんじゃないかと。

俺は今でも、もし携帯にAかBからの着信があったらどうしようと考え、眠れなくなる時がある。

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