雁姫様の鏡

神社(フリー素材)

昔、修学旅行中に先生から聞いた話。

先生が小学4年生まで住んでいた町はど田舎で、子供の遊び場と言ったら遊具のある近所のお宮だったそうだ。

そのお宮には元々祭られている神様とは別に、雁姫様という幼い姫君が祭られていた。

雁姫とは、昔ある藩からある藩へ幼くして嫁いで来るはずだった姫なのだが、嫁ぐ道中で病によって亡くなり、この地に葬られたらしい。

ところで、この土地の子供達の間では『雁姫様の鏡』という遊びが流行っていた。

その内容は、雁姫役の子供を中心に数人で円を作り、手を繋いで歌いながらぐるぐる回る『あぶくたった』のような遊び。

歌の歌詞は、姫役と周りの子で歌うパートが異なっていて、確かこんな感じだったと思う。

周りの子「1つお進みください雁姫様」

姫「ここはどこぞ?」

周りの子「ここは常世でございます」

周りの子「2つお進みください雁姫様」

姫「ここはどこぞ?」

周りの子「ここは浄玻璃鏡の間」

周りの子「3つお進みください雁姫様」

姫「ここはどこぞ?」

周りの子「ここは鳥辺野石灯籠」

周りの子「4つお進みください雁姫様」

姫「ここはどこぞ?」

周りの子「ここはうつし世鳥居の間」

そう歌い終わると姫役の子は12を数え、その間に他の子は逃げたり隠れたり。まあ一種の鬼ごっこだわな。

その遊びには一つルールがあって、お盆と姫の命日にはやってはいけなかった。

でもお盆はともかく、姫の命日が2月とか12月とか曖昧で、命日はあまり気にせずみんな遊んでいたそうです。

その日は冬とは思えないほど暖かい日で、先生は友人達とお宮の境内で駄菓子をつつきながら漫画の回し読みをしていました。

暫くして駄菓子も無くなり、漫画にも飽き、先生達は『雁姫様の鏡』をして遊び始た。

一度目は友人Aが鬼(姫)、次はB、次は先生と何事も無くいつものように楽しく遊びは進められて行ったのですが、異変はCが姫役になった時に起きました。

Cが12を数えている内に、先生とBは一緒にお宮の階段の裏側に素早く潜り込み息を潜めていました。

その間、AをCが追いかけているのを見て、2人してほくそ笑んでいたそうです。

暫くするとAとCはお宮の裏側へ消えて行きました。始終、AとCの楽しそうな悲鳴が聞こえます。

どれくらいそうしていたでしょうか? 先生とBはいつまで経ってもCが見つけに来ないので、痺れを切らし外へ出ました。

もう賑やかで楽しそうなAとCの声が聞こえません。

先生は、さては2人して先に帰ったなと思ったそうですが、そうではありませんでした。

突然、後方からBの耳を劈くような悲鳴が聞こえました。先生は急いでBの元へ駆けつけました。

そこではCが蹲って何やらぶつぶつ喋っています。

先生はどうしたのかとCの肩に手を置くと、その瞬間Cが物凄い勢いで振り返り先生を突き飛ばしました。

振り向いたCを見て先生は絶句しました。Cの顔が歪んでいる…いいや、あれはもう1つの顔が重なっているような異様な顔。

次の瞬間、Bが大声で「逃げろ!」と叫び、その声で正気を取り戻した先生はBと共に全力疾走で近所の民家まで逃げたそうです。

さてその後なのですが、先生とBは逃げ込んだ民家から家に連絡して親に迎えに来てもらい事の一部始終を話したのですが、全く信じてもらえなかったようです。

それもこれも、AとCは何事も無かったように其々の家に帰宅しており、後日2人して先生とBの家を訪ね、

「何で先に帰っちゃうんだよ。心配したんだぜ」

と、いつもの元気な姿を見せたからでした。

その後、先生は東京に引っ越し、何時しかその地域の子供達とも疎遠となったのですが、先生は今でもはっきりとCの歪んだ顔と呟いていた言葉が忘れられないそうです。

『さぶらいびと…うしろみたち我も共に…はかなくともてなされしに……』

関連記事

母からの手紙

息子が高校に入学してすぐ、母がいなくなった。 「母さんは父さんとお前を捨てたんだ」 父が言うには、母には数年前から外に恋人がいたそうだ。 落ち込んでいる父の姿を見て、…

村の風景(フリー素材)

朽縄(くちなー)様

田舎に住む祖父は、左手小指の第一関節の骨がありません。 つまむとグニャリと潰れて、どの角度にも自由に曲がります。 小さい頃はそれが不思議で、「キャー!じいちゃんすごい!なん…

逆さの樵面

私が生まれる前の話なので、直接見聞きしたことではなく、その点では私の想像で補ってしまう分もあることを先に申しておきます。 それから地名、人名等は仮名としました。 もったいぶ…

時が止まる場所

昔ウチの近所に結構有名な墓地があって…。 当時俺は、よく友達と近所の大きな公園で、自転車を使った鬼ごっこをしてたんだ。 ある日、リーダー格の友人Aの意見で、公園内だけではつ…

叩いている

高校の時、仲の良い友人が「週末、家に泊まらない?」って誘ってきた。 「親もいなしさ、酒でも飲もーぜ」って。 特に用事もなかったけど、俺は断った。 でも、しつこく誘って…

病院(フリー背景素材)

宿直のバイト

数年前、大学生だった俺は、先輩の紹介で小さな診療所で宿直のバイトをしていた。 業務は見廻り一回と電話番。後は何をしても自由という、夢のようなバイトだった。 診療所は三階建て…

古いタンス(フリー素材)

入ってはいけない部屋

俺の家は田舎で、子供の頃から「絶対に入るな」と言われていた部屋があった。 入るなと言われれば入りたくなるのが人の性というもので、俺は中学生の頃にこっそり入ってみた。 何とい…

田舎

引き抜いてはいけない杭

私は現在、田舎で兼業農家を営んでいる。 ある日、いつものように農作業をしていると、ふと不思議に思うことがあった。 それは、ビニールシートを固定するために使っている木の杭の…

夢

記憶を追って来る女

語り部というのは得難い才能だと思う。彼らが話し始めると、それまで見てきた世界が別のものになる。 例えば、俺などが同じように話しても、語り部のように人々を怖がらせたり楽しませたりは…

タクシー(フリー写真)

タクシーの先客

M子さんは、新宿から私鉄で一時間ほどの所に住んでいる。 その日は連日の残業が終わり、土曜日の休日出勤という事もあって、同僚と深夜まで飲み終電で帰る事になった。 M子さんの通…