散々な彼女

夜道

高校時代の彼女H美の話。

H美の家は、少し長めの道路の中間ぐらいに位置していた。夜になると人影も車もまばらになる薄暗い道路だ。

ある時期から、大して人通りもないその道路で事故が多発するようになった。

H美は多分その原因を見たのだが、その時のエピソード。

部活で帰りが遅くなったH美が角を曲がり例の道路に差し掛かると、自分の家の先の方に誰かが佇んでいるのが見える。

昔の書生のような古めかしい格好の、華奢な男のようだった。

男は彼女の視線に気が付くと、突然「ああああああああ」という声を上げ、H美に向かって突進して来た。

それが物凄いスピードで、彼女が気付いた時にはもう数メートル手前まで迫って来ていた。

H美はとっさに真横に飛んで男の突撃をかわした。

男は勢いが付いて急には止まれないらしく、何の感情もない顔を彼女の方に向けたまま、遥か先まで走り去って行った(笑)。

彼女はその隙に自宅に逃げ込むことができた。

新種の痴漢かと思ったが、男の上げた声もその姿も、H美の家族をはじめ誰もが全く知らないと口を揃える。

H美は少し霊感があるため、『それじゃあれは幽霊か』と思ったらしい。

帰宅が遅くなるたびに、その幽霊は姿を現すようになった。

とは言え毎度同じ方法で回避できていたので、それほど恐怖はなかった。

俺が彼女を送ることもしばしばあったので、H美が「来た!!」と言って華麗な反復横飛びを披露するのを見たが、幽霊がさっぱり見えない俺には正直ちょっと滑稽だった。

そんな日が続いたある夜、彼女の夢にその男が出たそうだ。

自分を捕まえるように両手を前に出し、目と口をクワッと開いて迫ってきた男は、H美の頭をがっと掴み、呻きながら自分の顔を至近まで近付けてくる。

H美は怖くて目を背けるが、どちらを向いてもなぜか目の前には奴の顔がある。

極限まで開いた眼や、血を吐いたように赤い口中を無理やり見せられながら、その時初めて『もしよけようとした時、足を挫いたらどうしよう』『よけた先に車が来たらどうしよう』という考えに至ったそうだ。

相手の目的も判らないし、捕まったらどうなってしまうのか想像すると家の外に出るのが怖くなったが、幽霊を原因に学校をさぼることなどできない。

すっかり弱り切った彼女は、俺から見ても大分やつれていた。

俺は困って自分の兄貴に相談してみた。

ボケっと聞いていた兄貴は、数日後、彼女を送るのに付いて来た。

なぜか分厚い木の板にお札をベタベタ貼ったものを携帯している。

そして道の端に座り込むと、奴がいるかどうか彼女に聞いた。

道路に首だけ出したH美は、「いる」と言ってある方向を示した。

俺にも兄貴にも何も怪しい者は見えなかったが、兄貴は突然その方向にH美を突き飛ばした。

道路に転がるH美。駆け寄る俺。

H美が何かを見つめて悲鳴を上げるが、何もできずただ彼女に覆い被さる俺。

すると兄貴が幽霊が来る方向に板を向けて、俺たちの前に飛び出して来た。

その直後、板が宙を飛び、兄貴は「うっひゃん」みたいな声を出して尻餅をついた。

板に凄い衝撃が来て、ぶっ飛ばされたらしい。

もちろんぶつかってくる物など何一つ見えず、辺りはシーンとしている。

ようやく幽霊を実感できて ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル な俺たちに対し、H美はぽかんとして「あれ、消えちゃった…?」と言う。

板に直撃した途端、幽霊はちょうど風船が割れた時のように、ぱっと弾けて消えてしまったらしい。

兄貴がなぜ板などを持っていたかと言うと、「沖縄とかにある石敢當という石碑を参考にしてみた」そうだ。

Wikiから石敢當についての記述を引用すると…、

「市中を徘徊する魔物は直進する性質を持つため…

T字路や三叉路などの突き当たりに石敢當を設け…

魔物は石敢當に当たると砕け散るとされる」

上記のような事情を踏まえつつ、

・真っ直ぐ突っ込んで来るなら魔物と同じようなものだろう

・石碑は重いから板でいいや

・板だけだと心細いから、お札でも貼ってみるか

という兄貴のオリジナリティを加味したもの。

どうせ幽霊なんてH美の思い込みだし、こんなもんで OKと思ったらしい。

確かにそれ以降その幽霊は出なくなったのだが、俺はH美に散々文句を言われた…。

関連記事

狂った家族

今からお話しするのは自分の実体験で、何と言うか…まだ終わっていないというか…取り敢えずお話しします。 自分は23歳の男で、実家暮らしの介護士です。家族は父(52)、母(44)、弟…

夜のビル群(フリー写真)

モニターに映る影

俺が警備員をやっていたのは、テナントが幾つか入っているビルだった。 常駐警備員というのは、途中に待機時間があるくらいで、基本的に交代制の24時間勤務なんだよ。 故に深夜ビル…

箪笥(フリー写真)

形見の箪笥

高校時代の英語教師に聞いた話。 解り易い授業と淡々としたユーモアが売りで、あまり生徒と馴れ合う事は無いけれど、なかなか人気のある先生でした。 ※ 昔、奥さんが死んだ時(話の枕…

消防隊員(フリー写真)

見知らぬお婆さん

もう15年も前の話。 当時、俺は小田急線の経堂に住んでいて、夜中に城山通り沿いのコンビニまで夜食を買いに行った。 自転車で城山通りを走っていて、コンビニ近くのバイク屋の前を…

綺麗に揃えられる靴

小学校の頃、近所にお化け屋敷と言われている家があった。 まあ、実際は屋敷という程でもない少し大きめな日本家屋なんだが、小学生の言うことだしな。 その日は両親共に帰宅が遅くな…

刀(フリー素材)

霊刀の妖精(宮大工15)

俺と沙織の結婚式の時。 早くに父を亡くした俺と母を助け、とても力になってくれた叔父貴と久し振りに会う事ができた。 叔父貴は既に八十を超える高齢だが、山仕事と拳法で鍛えている…

夜の自動販売機(フリー写真)

売り切れの自動販売機

ある夏の深夜、友人と二人でドライブをした。 いつもの海沿いの国道を流していると、新しく出来たバイパスを発見。 それは山道で、新しく建設される造成地へと続くらしかった。 …

廃ホテル(フリー写真)

廃ホテルでの肝試し

学生時代の夏、男4人と女1人の計5人で、とあるホテルの廃屋へ肝試しに行った。 そのホテルの場所は別荘地のような、周りを森に囲まれた場所に建っていたので、夜23時過ぎに着いた頃には…

軍人さん

また会いましたね

以前、アメリカに住んでいた私の友人が体験した話です。 彼女は数年間、アメリカの企業で働いていたのですが、その会社はかなり大きなオフィス街のビルに入っていました。 そのビル…

プレゼント

中学生だった頃、いじめが原因で同級生が自殺した。 親の引っ越しか何かで転校してきた子で、性格もあまり明るい子じゃなかったから、すぐにいじめの対象になった。 そして、私も暗い…