
「トレパネーション」という言葉をご存知だろうか。
これは、頭蓋骨に意図的に穴を開けることで脳を“解放”し、血流量を増加させ、脳機能を活性化させようとする行為である。
その目的は、日常生活における倦怠感や精神的な沈滞から抜け出し、持続的な高揚感、多幸感を得ることだとされている。
しかしながら、現代の医学界においてこの行為は正式な治療法とは認められておらず、危険を伴うものとして否定されている。
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トレパネーションは、実は太古の時代から存在する外科的処置の一つとされる。
考古学的にも、石器時代の頭蓋骨に開けられた穴が発見されており、それが儀式的または治療的な意味を持っていた可能性が示唆されている。
現代においては、正式な医療機関を通さず、自ら手にした電動ドリルなどで頭頂部に穴を開ける者も存在する。
これはもはや医学とは異なる次元の“思想”や“信念”の領域に入っている。
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こうした実践者の中には、長年うつ病に苦しんでいたが、トレパネーションによって生きる意欲と幸福感を取り戻したと語る者もいる。
彼らは、抗うつ薬に頼る従来の精神医療に懐疑的であり、トレパネーションをうつ病の“真の解決策”だと信じている。
一方、現代医学がこれを無視するのは、「精神医療の改革が、巨大な抗うつ薬市場に打撃を与えるからだ」という陰謀論も根強く存在している。
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トレパネーションが単なる奇行ではなく、ある種の運動として形成されていった背景には、1960年代のヨーロッパにおける社会的変革運動がある。
そのひとつが、1965年にオランダで誕生した「プロボ(Provo)」という政治・文化運動である。
プロボとは、アーティスト、アナーキスト、学生運動家などが集まった集団「プロボタリアート」によって展開され、既存の体制や権威に対して挑発(プロボケーション)という形で訴えを続けていた。
彼らの行動は、一時的にとはいえ地方議会に議席を持つほどの社会的影響力をもった。
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このプロボケーションの一環として登場したのが、「第三の目運動」としてのトレパネーションである。
この運動を主導したのが、オランダ人医師ドクター・フヘスである。
彼は頭蓋骨に穴を開けることにより、“精神の自由”と“覚醒”を得るべきだと訴えた。
プロボタリアートの掲げていた「大脳の活性化」という理念とも合致し、トレパネーションは彼らの中で精神的な革命手段のひとつとなった。
また、彼らは初期のLEDライトを用いた光刺激など、脳機能を高めるための先進的な実験にも積極的だった。
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さらに、アフリカの一部地域では今なお石器を用いて頭蓋を開くという伝統的なトレパネーションが受け継がれている。
それは精神的な病の治癒や悪霊の追放といった、宗教的・呪術的な意味を持つとされるが、古代から人類が“脳”という未知の領域に対して抱いてきた畏敬と希望を象徴している。
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科学的根拠に乏しく、危険を伴うトレパネーション。
それでもこの行為に、人は“何かを解放する鍵”を見出そうとしてきた。
この不可解で不可視の行為に、私たちはどこまで目を背けずに向き合えるのだろうか。
それとも――穴の奥に覗くのは、本当に“第三の目”なのだろうか。