もうひとりの私がいた日

駅のホーム

この出来事は、私がまだ小学校に入学する前のことです。

その日、母に連れられて、遠縁の親戚の家を訪ねるために駅へと向かっていました。
私にとっては、電車に乗るのも駅に行くのも、すべてが初めての体験。
色とりどりの電車たちが行き交う光景に、私はすっかり目を奪われていました。

気づけば、周囲の人波に押し流されるようにして、母の手を離してしまっていました。

母の姿が遠ざかっていくのを、私は不思議と冷静に見つめていました。
怖さも寂しさも感じず、まるで夢の中にいるような感覚でした。

私は黄色い安全線の上に立ち、反対側のホームをじっと見つめていました。
すると、そこに一組の親子が立っていました。

小さな女の子と、その手を握る小柄な女性。
女性は少し大きめの水色のコートを羽織っていて、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていました。

——初めて見るはずなのに、初めてじゃないような感覚。

そのとき、白と青の電車がホームに滑り込んできました。
本来なら電車が視界を遮り、親子の姿は見えなくなるはずです。

でも——
その電車は、まるで薄い膜のように透明になり始めました。

中にいた乗客たちは、宙に浮かんでいるように見えました。
やがて、電車は止まり、ドアが開く音が響きました。
人々が一斉に動き出す気配が、私の立つホームにも届いてきました。

親子が電車に乗ろうとした、その瞬間——

電車が、まるで意志を持ったかのように、私のいるホーム側へ滑るように動き出したのです。
電車が横に動くなんて、そんなこと聞いたこともありませんでした。

驚きとともに、私は息を呑みました。
そのとき、あの女の子の顔がはっきりと見えました。

——私だったのです。

その少女は、私の通っていた幼稚園の制服を着ていて、
ほくろの位置まで、私とまったく同じでした。
そして彼女は、こちらを見て、ふっと微笑んだのです。

電車はそのまま元の線路に戻ったように見え、
再び白と青の姿を取り戻して、ゆっくりと発車していきました。

ほどなくして、私は駅員さんに保護され、母とも再会することができました。

あのとき見た光景は、もしかしたら私が感じた寂しさと不安が見せた白昼夢だったのかもしれません。
けれど、あの少女の表情、制服、そして私とまったく同じ場所にあったほくろ……
思い出すたびに、背筋がひやりとするのです。

あれは、誰だったのか。
あれは、本当に「私」だったのか——

今でも、ときどき夢の中で、あの水色のコートが揺れるのを見ます。


note 開設のお知らせ

いつも当ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後もこちらでの更新は続けてまいりますが、note では、より頻度高く記事を投稿しております。

同じテーマの別エピソードも掲載しておりますので、併せてご覧いただけますと幸いです。

怖い話・異世界に行った話・都市伝説まとめ - ミステリー | note

最新情報は ミステリー公式 X アカウント にて随時発信しております。ぜひフォローいただけますと幸いです。

関連記事

狐の社(宮大工2)

俺が宮大工見習いを卒業し、弟子頭になった頃の話。 オオカミ様のお堂の修繕から三年ほど経ち、俺もようやく一人前の宮大工として仕事を任されるようになっていた。 ある日、隣の市の…

時間

時を超えた電話

高校の時に母から、 「昨日、お前から電話がかかってきた。○○(住んでいるところ)にもうすぐ到着するという電話だった。声は確かにお前だった」 と言われた事があった。 そ…

雪に覆われた山(フリー写真)

雪を踏む足音

初雪の山は登ってはいけない。 そういう話を仲間内でよく聞いていたが、単に滑りやすくなるからだろうと軽く捉えていた知り合いは、命の危険に晒された。 彼は登山歴3年くらいの経験…

竹下通りの裏路地

今から5年前、当時付き合っていた彼女と竹下通りへ買い物に出掛けました。 祭日だったと記憶しています。どこを見ても若者だらけで、快晴の空の下、人混みを避けながら買い物を楽しんでいま…

金属加工業(フリー写真)

円錐状の光沢金属

私は金属加工業を営んでいるのですが、先日不可解な事がありました。 数ヶ月前より、左手薬指の指先を使って何かを掴むと『ズキン!』と痛みが走るようになっていました。 加工クズ…

ゲラゲラ(長編)

去年の4月に大学を卒業して、マンションに引っ越した。 そのマンションの真ん中が中庭になっていて、俺は左端に住んでいる。 6階建てのマンションで、右側にマンションの玄関があり…

宇宙は数字でできている(長編)

不思議な体験をした。 簡単に説明すれば、幽体離脱をして宇宙を覗いたら、螺旋状に永遠に伸びる、うねうねとした膨大なカラフルな数字から成る道を高速スピードで飛んでいた。 あまり…

狐(フリー写真)

鼠の天麩羅

知人の劇団員が、地元の猟師さんの笑い話を元に劇を作ったことがある。 長くなりますが、よろしければ暇潰しにどうぞ。 ※ 元号が幾つか前の時代のお話。 木樵と炭焼きと、猟師…

古書店(フリー写真)

消えた友人

先輩と二人で仕事場に泊まり込んでいた日、休憩中にその先輩が聞かせてくれた話。 先輩曰く「友人に会えなくなった」らしい。 最初は単に仕事が忙しいからなのではないかと思ったのだ…

口(フリー素材)

両親の不可解な行動

自分の錯覚と言われてしまえばそれまでなのだけれど…。 当方大学一年。両親と一緒に暮らしている。最近引っ越すまで 2LDKのアパートに住んでいた。 「私の部屋」「キッチンを挟…