少女のお礼
この話は僕がまだ中学生だった頃、友人の家に泊まりに行った時に聞いた話。
友人と僕が怪談をしていると、友人の親父さんが入って来て、
「お前たち幽霊の存在を信じてるのかい? 俺も若い頃に一度だけ不思議な体験をした事があるよ」
と言い、ゆっくりとした口調で話を始めました。
※
あれは、22歳の頃の事だよ。
俺は高校生の頃、陸上部に所属していて、その頃の同級生と久し振りに集まってキャンプに行く事になった。
場所は、静岡県のあるキャンプ場。そこには電車とバスを使い、更にそのバスを降りてから1時間ほどかけて歩く。
俺達は3人で出発した。バスを降りて徒歩でキャンプ場へ向かう途中、道の脇にまだ真新しい花束が供えられているのを見つけた。
多分、俺を含めたみんながその花束の置かれている意味を理解していたとは思うけど、はじめは誰も何も言わなかった。
そしてそこを通り過ぎようとした時、仲間の一人が、
「なあ、みんな、この花束…。きっと最近、ここで事故か何かで亡くなったんだよな」
と言った。
みんな気になっていたのか、キャンプのために持って来たお菓子や果物をそこに供え、合掌してからキャンプ場へ向かったんだ。
※
キャンプ場に着くと、天候もあまり良くないせいか俺達を含めて3組だけだった。
河原にテントを張り、キャンプファイアーなどをやりながら昔話をしている内に、夜も更けてきた。
そしてそろそろ寝ようかとテントに入ると、雨が急に強く降ってきたんだ。
暫くすると、他の2組のテントも川が増水するのを懸念し、山すその方へテントを組み直していた。
俺達も「こりゃ、増水してやばいな」と言いながら、他の2組同様に山すそまでテントを移動したんだ。
※
テントを移動してから再び寝ようとすると、雨が更に強くなり、雷も鳴り始めた。
『ひどい雨だ』と思いながらも無理やり寝ようとした時、テントに何かぶつかる音が聞こえてくる。
「ボン、ボン」と…。
それは雨の音ではなく、石か何かを投げられているような音だった。
『きっと隣のテントのいたずらだな』と思い、「いい加減にしろ!」と外に出ると、誰もいない…。
一応隣のテントの中を覗いたものの、みんな熟睡していて悪戯をした気配もない。もう1組も同様だった。
気を取り直してテントに戻り、寝ようとすると、
「ボンッ!ボンッ!」
と先程よりも更に力強く、テントに何かをぶつけられている。
仲間の一人が、そっと外を覗いた…。
「あっ!女だ!白いワンピースを着た女がこっちに向かって、何か投げてるぞ!」
俺達は捕まえてやろうと取り敢えず全員で外に出て、女を追いかけた。
※
女はキャンプ場を飛び出して、行きに通って来た道をバス停の方へ向かって逃げた。
俺達は正直な話、相手が女だし、自分達は元陸上部という事もあって、すぐに捕まえる事が出来ると思っていた。
しかし、初めは20メートル程しか離れていなかった距離が、ぐんぐん離されてしまう。
しかもこちらは全速力で走ってるのに、女は時折こちらを振り返る余裕すらある。
体力も限界に来て、俺達はみんな立ち止まった。
「一体何なんだ、あの女は!」
「なんかあの女、変だよ。いくらなんでも足が速すぎるし。この辺り、バス停まで降りないと民家もない…。かといってキャンプ場の他の2組にいた女じゃないし」
「そうだよな」とみんな不思議な気持ちでいると、雨が更に強くなり、雷もひどくなっている。
テントに引き返そうとしてふと道脇を見ると、花束が置いてあった…。
そう、キャンプ場に来る途中に合掌した場所だ。
「おい、さっきの女、まさかこの花束の幽霊じゃないのか? 行きに余計な事したからかな…。黙って通り過ぎた方が良かったのかな」
「でも俺達、ただ合掌してお供えしただけだぜ」
もやもやした気持ちのまま、雨の中をキャンプ場へ戻った。
※
そしてキャンプ場へ着き、俺達が見たものは…。
なんと、土砂崩れで跡形も無く潰れていたテントだった。
俺達は急いでキャンプ場の公衆電話から警察に連絡をした。
警察が来るまでの間、俺たちの隣のテント2組も土砂に生き埋めになっていたので必死に助けようとしたが、土砂が積もっている高さは5メートルを超えており、なかなか作業が進まない。
やがて警察が駆けつけ、地元の報道局も駆けつけて来た。
俺達は、女の存在も含めて、なぜ俺達だけが助かったのかを話した。
しかし、後から報道されたのは、
「危機一髪、土砂が落ちてくる音に気が付き助かった」
と報じられていた。
※
地元の自衛隊の人達が来て、土砂の中から隣のテントで寝ていた人の遺体を運び出す作業が行われている。
俺達はただ呆然と見ていた。
『もしあの時、このまま寝ていたら…』と思うと、とても怖くなった。
すると、自衛隊の人が
「おい、君たち。持ってきた備品とか、私物。この土砂だし全部台無しだと思うけど、一応今から土砂を除けるから、持って帰れる物は持って帰ってよ」
と言った。
正直、亡くなった人の事を考えたら、私物なんてどうでも良かった。
案の定、私物が次々と出てきたが、どれもこれも使い物にはならなかった。
そして俺達のテントを張っていた場所から、奇妙なものが出てきた。
それは、数種類の果物だった。
その果物を見て誰もが思った。
『これはあの時、お供えした果物だ!』
※
そして俺達はキャンプ場を後にした。
バス停まで警察の人に車で乗せて行ってもらう事になった。
途中、花束の場所で停めてもらった。
お菓子は残っていたが、やはり果物は一つも残っていなかった。
「きっとこの幽霊が危険を知らせてくれたんだ。果物をテントに向かって投げてくれたんだ」
と、みんなでもう一度合掌した。
※
車に戻ると、警察官が話をしてくれた。
「確かにあの場所で一週間ほど前、キャンプ帰りの女の子3人組が事故に遭い…1人だけ亡くなっているよ」
その女の子は事故に遭った時、白いワンピースを着ていたという事だった。