踊り場の点滴台は重かった

夜の病院(フリー背景素材)

三年ほど前、私は地方の総合病院で看護師をしていました。

その病院の十二階に、踊り場の点滴台という言い方が残っています。

言い出したのが誰なのかは、結局わかりませんでした。

私はその踊り場の点滴台を、一度だけ見ています。

見た人は、私のほかにもいます。

踊り場の点滴台という呼び方は、申し送りには出てきません。

休憩室で、小さな声でだけ使われる言い方でした。

新しく入った人には、誰も教えません。

見た人だけが、あとから意味を知ります。

その人たちも、たいていは一度だけです。

二度見たという話は、聞いたことがありません。

見たのは準夜勤の、消灯の少し前でした。

うちの病棟は十二階で、整形と内科の混合でした。

夜勤は看護師三人と、補助の方が一人。

その日の受け持ちは、私が十八床でした。

消灯前は、内服の確認と点滴の更新が重なります。

食事の下膳が遅れると、そのぶん全部が後ろにずれていく。

その夜も、三十分ほど押していました。

押している日の見回りは、どうしても雑になります。

扉を開けて、首だけ入れて、閉める。

その夜も、談話室まではそうしていました。

北の非常階段だけ、なぜか中まで入りました。

理由は、いま考えてもわかりません。

消灯は九時で、その前に病棟全体を見て回る決まりがありました。

病室だけでなく、面談室、談話室、当直室、エレベーターホール。

それから、南北の非常階段です。

見て回っても、異常があったことは一度もありません。

異常があったことがない、という言い方も正確ではありません。

記録に残るような異常がなかった、というだけです。

見回りの欄には、いつも異常なしと書きます。

書かないと、次の勤務の人が困るからです。

消灯前は処置も重なるので、正直、面倒な決まりだと思っていました。

先輩に一度、どうして非常階段まで見るのかと聞いたことがあります。

「昔からそう」

返ってきたのは、それだけでした。

理由のない決まりは、たいてい理由があとから出てきます。

同期の子は、南側の非常階段は嫌だと言っていました。

北は平気だそうです。

私は逆でした。

理由を聞かれても、答えられません。

どちらが嫌かは、人によって決まっているようでした。

補助の方は、両方とも平気だと言っていました。

「若い子はすぐ怖がるからね」

そう言って笑っていました。

その人も、辞めるときに一度だけ「北はね」と言いかけて、やめました。

その夜も、私は早足で回っていました。

面談室の電気を消して、談話室のテレビの主電源を落とす。

当直室のドアが半分開いていたので、中を覗いて閉めました。

最後が、北側の非常階段でした。

扉を押すと、いつも冷たい空気が来ます。

空調が入っていないので、夏でもそこだけ温度が低いのです。

扉には小さなガラス窓がついていて、外から中が少しだけ見えます。

そのガラスに、いつも埃が薄く積もっていました。

拭いても、二日で戻ります。

清掃の方も、そこだけは触らないと言っていました。

消灯前の見廻り

非常階段は、コンクリートがむき出しの造りでした。

壁に窓はなく、蛍光灯が一段おきに点いています。

点いていない側の段は、いつも影になっていました。

手すりは金属で、握ると冷たい。

踏板の縁に、黄色い滑り止めのテープが貼ってあります。

そのテープが、十一階と十二階の間だけ新しいのです。

張り替えたのは五年ほど前だと、あとで聞きました。

私は扉を押さえたまま、上と下を覗き込みました。

上は屋上へ続く踊り場で、何もありません。

下を見たとき、十一階との間の踊り場に、子どもが立っていました。

三歳くらいの、痩せた子でした。

病衣を着ていて、こちらに背を向けています。

壁のほうを向いて、動かずに立っていました。

髪は短くて、耳が出ています。

病衣は上下で、足には何も履いていませんでした。

コンクリートの床です。

冷たいだろうな、と最初に思ったのはそれでした。

手は、支柱の同じ高さを握っていました。

支柱には、高さを変えるための目盛りが刻んであります。

その子の手は、いちばん下の目盛りのところにありました。

台は、いちばん高い位置まで伸ばされていました。

右手で、点滴台の支柱を掴んでいます。

台には点滴のボトルが下がっていて、シリンジポンプも付いていました。

ポンプというのは、点滴に別の薬を少しずつ混ぜるための機械です。

そこそこ重くて、台の重心が上に来ます。

うちの病棟でも、ポンプ付きの台を階段で運ぶことはありません。

どうしても必要なときは、二人でエレベーターを使います。

それが決まりです。

決まりというより、一人では無理だからです。

踊り場の点滴台は、そういう決まりの外にありました。

いつ、どうやってそこに来たのかが、誰にも説明できないのです。

説明できないものは、記録にも残りません。

その時点でも、私はまだ怖いとは思いませんでした。

消灯前に、迷子か脱走かと思っただけです。

「どうしたの。もう消灯になるよ」

声をかけましたが、返事はありません。

子どもは、壁を向いたままでした。

窓もない壁です。

見るものは、何もありません。

壁には、非常口の案内も何もありませんでした。

塗装の継ぎ目が一本、縦に走っているだけです。

その継ぎ目のあたりを、子どもはじっと見ていました。

顔の高さが、継ぎ目の途中で止まっています。

「お部屋わかる。戻らないと、看護師さんが探すよ」

そう言いながら、私は階段を二段下りました。

二段下りて、ポンプの側面が見えました。

白いテープが貼ってあって、黒い油性ペンで7と書いてありました。

機器には管理番号が振ってあって、病棟ごとにテープの色が違います。

うちの病棟は青のテープでした。

その子の台についていたのは、白でした。

白いテープの機械を、私はそれまで見たことがありませんでした。

入職したのが四年前だからです。

そのときは、他の病棟のものだろうと思いました。

思っただけで、それ以上は考えませんでした。

考えなかったのは、消灯前だったからです。

あの時間は、頭の中に十八人分の予定が並んでいます。

一つ増やす余裕が、どこにもありませんでした。

いま思えば、それで助かったのかもしれません。

踊り場の点滴台

そのとき、ポケットのPHSが鳴りました。

先輩からで、処置の手を借りたいという内容でした。

私は「すぐ行きます」と答えて、もう一度踊り場を見ました。

子どもは、まだ壁を向いています。

「お部屋に戻ってね」

それだけ言って、私は扉のほうへ戻りました。

扉を閉める寸前に、キャスターの音がしました。

硬い床を、点滴台が短く転がる音です。

一度だけでした。

押した音でも、引いた音でもない。

その場で少し動いた、という感じの音でした。

私は扉を閉めて、廊下を戻りました。

戻りながら、一度だけ振り返りました。

扉のガラス窓は、いつもの通り白く曇っていました。

処置が終わって、記録を書いて、消灯をかけました。

ナースステーションで座ったのは、九時二十分でした。

座った瞬間に、踊り場の子のことを思い出しました。

思い出したというより、急に胸のあたりが冷たくなりました。

忘れていたわけではありません。

処置の間じゅう、頭の隅にはありました。

座って手が空いたとたん、それが前に出てきたのです。

あの子は、部屋に戻れたのだろうか。

「ちょっと非常階段、見てきます」

そう言うと、先輩が顔を上げました。

「なんで」

私は、さっきの子のことを話しました。

話しているうちに、先輩の手が止まりました。

「その子、点滴台を持ち上げて、階段を上がれる子だったの」

私は、答えられませんでした。

踊り場は、階と階の中間にあります。

上がるにしても下りるにしても、段を越えなければ辿り着けません。

三歳くらいの痩せた子です。

台を押して平らな床を歩くことはできても、持ち上げることはできない。

ましてポンプ付きの台です。

私は両手でも、階段では持ち上げません。

ポンプは五キロ近くあります。

台自体も、思っているより重い。

ボトルが満たされていれば、さらに重くなります。

あの子の腕は、私の手首より細いくらいでした。

「親が一緒で、持ってあげたのかもね」

先輩はそう言いました。

「だったら近くに保護者がいたってことだから、行く必要はない」

「そうですね」

「そうじゃなかったら、なおさら行かないほうがいい」

言い方は、事も無げでした。

怖がっている感じはまったくありません。

そういう言い方をされると、こちらのほうが落ち着きませんでした。

先輩は、そのあとカップを片づけに立ちました。

立つときに、一度だけ非常階段のほうを見ました。

見て、すぐに戻しました。

私は、それを見ないふりをしました。

そのあと、先輩は何事もなかったように記録を打ち始めました。

キーボードの音だけが、しばらく続きました。

私は、自分の記録の画面をずっと見ていました。

一文字も打てていませんでした。

小児科の空きベッド

私は、電子カルテで小児科の在院患者を開きました。

小児科は、私たちの病棟から四階下です。

その日は連休の前で、外泊の子が多く、ベッドはかなり空いていました。

二歳から五歳で、外泊していない患者は四人でした。

一人は個室で、呼吸器をつけて寝たきりの子。

一人は車椅子で、夕方に家族が帰ったあと眠っています。

一人は、二時間前に開腹の手術が終わったばかりでした。

残りの一人は、六歳で、背は踊り場の子よりずっと高い子です。

どの子も、あの子ではありませんでした。

念のため、他の階の小児の患者も調べました。

その日、院内に三歳の入院患者は二人だけでした。

二人とも、外泊で家に帰っていました。

連休の前は、そういうものです。

念のために書いておくと、他病棟に三歳の子が紛れ込むこともありません。

夜間はエレベーターにカードが要ります。

階段の扉も、上の階からは開きますが、下からは開きません。

あの踊り場に、下から上がってくることはできないのです。

私は、画面をしばらく見ていました。

先輩が後ろから覗き込んで、静かに言いました。

「もうやめときな」

「はい」

「うちの病棟でね、それ見た人、あなたで四人目」

私は、口の中が乾いていくのがわかりました。

「みんな、同じですか」

「同じ」

「壁のほう向いて」

「うん。北の、十一階と十二階の間」

「みんな、消灯前ですか」

「そう。九時ちょっと前」

「声、かけました」

先輩は、そこで少し黙りました。

「かけた人が、一人いる」

「その人は」

「次の月に辞めた」

それ以上は、聞けませんでした。

私は、椅子ごと振り返りました。

「四人目、ですか」

「私も見た」

先輩は、そこで初めて少し笑いました。

笑い方は、優しい笑い方ではありませんでした。

「あのポンプ、白いテープだったでしょう」

「はい」

「うちの病棟のテープの色じゃないよね」

私は頷きました。

先輩は、カルテの画面を閉じました。

「白いテープはね、五年前まで使ってた色なの」

その晩の残りの勤務のことを、私はあまり覚えていません。

記録は書いたはずですし、点滴も交換したはずです。

朝の申し送りをして、更衣室で着替えたところから記憶が戻ります。

帰りの車の中で、手が震えていました。

ハンドルを握っても止まらないので、コンビニの駐車場に入りました。

温かいお茶を買って、しばらく座っていました。

時計は、朝の十時を回っていました。

外は明るくて、夜のことが嘘のようでした。

嘘のようだ、と思うこと自体が怖いのだと、その朝に知りました。

順番を待っている奥の乾燥機の話のように、病院にも順番を待っているものがあるのだと思います。

待っているものは、たいてい列の後ろにいません。

申し送りの余白

数日後、私は臨床工学室に用があって降りました。

点滴のポンプの調子が悪く、交換を頼みに行ったのです。

用が済んだあと、私は技士さんに聞いてみました。

白いテープの機械は、いつまで使っていたのか。

「五年前までですね」

番組表にない確認用録音のように、記録だけが先に残ることがあります。

残っているのに、誰の記録なのかがわからないのです。

「番号って、どこかに残ってますか」

「台帳がありますよ」

技士さんは、棚から分厚いファイルを出してくれました。

古い機器の管理台帳でした。

白テープの欄には、一番から十二番まで並んでいます。

私は、七番の行を指でたどりました。

行は上から順に、一番、二番と続いています。

それぞれの横に、購入年と処分年が入っていました。

六番までは、同じ年に処分されています。

八番から十二番も、同じ年です。

台帳の七番は、五年前に処分されていました。

処分の日付の横に、担当者の判子が押してあります。

「この年に、白は全部入れ替えたので」

「七番だけ、日付が違いますね」

そう言うと、技士さんはもう一度ファイルを開きました。

「ああ、これは。二年早いですね」

「理由って、書いてありますか」

「備考は空欄ですね」

空欄の欄を、私はしばらく見ていました。

技士さんは、そう言って笑いました。

私は、何も言わずにファイルを閉じました。

病棟に戻って、申し送りのノートを開きました。

うちの病棟には、代々使っている連絡ノートがあります。

日付の欄とは別に、右側に細い余白があるノートです。

私はその余白を、最初の頁から順に見ていきました。

何年も前の頁に、知らない字で短く書いてありました。

『踊り場、七番』

文字は鉛筆で、少し薄くなっていました。

書き直した跡はありません。

前後の頁には、普通の申し送りだけが並んでいます。

その頁だけ、余白に一行あるのです。

それだけです。

日付は、七年前の三月でした。

七年前ということは、その機械がまだ使われていた頃です。

書いた人の名前は、どこにもありませんでした。

私は、その頁を写真に撮ることもせず、ノートを閉じました。

私はその年の冬に、その病院を辞めました。

理由はそれだけではありません。

腰を痛めたことと、実家の都合が重なっただけです。

いまは別の仕事をしていて、夜勤もありません。

それでも、九時前になると、たまに手が止まります。

洗い物をしている途中や、洗濯機を止めたあとです。

音が切れた瞬間に、体が勝手に構えます。

何を待っているのかは、自分でもわかりません。

硬い床を、キャスターが一度だけ転がる音。

あの音だけが、耳の奥に残っています。

あの子が壁の何を見ていたのかは、いまも考えないようにしています。

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