酒の神様
去年の今頃の時期に結婚して、彼女の実家の近くのアパートに住んでいる。
市内にある俺の実家から離れた郡部で、町の真ん中に一本国道が通っており、その道を境に川側と山側に分かれている。
俺の家と彼女の実家は川側にあるので、近所の事は散歩などで詳しくなったが、国道を越えて町の山側には行った事が無い。
山側には鮎のヤナなどがあって観光地らしいが、未だに行っていない。
これは今年の2月頃に体験した不可解な出来事。
※
会社は市内にあり、家に帰るまでは早くても40分くらい掛かる。
会社は昼から始まり、夜21時まで仕事。詳しくは書かないが締め切りのある仕事で、締め切り前になると午前2時や3時くらいまで残業する事もある。
途中川沿いの道を延々と進むんだけど、その日は霧がとても濃かった。
その日は金曜で翌日が休みなので、午前1時くらいまで仕事をしていた。
霧はそれまで何度か経験していたけど、その日ほど濃い霧は初めてだった。
「ありゃ、こんなスピードで走ってたら、何時に帰れる事やら…」
と独り言を言いながら、時速15キロくらいのスピードで、僅かに見える中央線を頼りにトロトロと進んでいた。周りに他車のライトは見えない。
※
途中、明るい○○橋のオレンジ色の光を過ぎた。もう少し行けば左にカーブして町中に入る事が出来る。
そうすれば霧も薄まり、コンビニや夜間も点灯しているパチンコ屋の光で走りやすくなるだろう。
…と考えていた瞬間、「ガッ!」と何かに乗り上げた感触。しまった。路側帯に乗り上げたか?
慌ててブレーキを踏むと、「ザザーッ」と砂利道でブレーキを踏んだ感触。
何が起こったか解らず辺りをキョロキョロと見回す。が、周りは濃い霧に包まれているだけ。
懐中電灯を持って車を降りると信じられない光景。今まで走っていた道路じゃない。
と言うか、この足下は道路ですら無い。砂利と石畳になっている。どこだ、ここは?
※
状況を確認すると、どうやらどこかの神社のようだ。
懐中電灯で鳥居を照らすと、○○神社と読める。
「今、○○神社ってトコに居るんだけど…」
と嫁に電話してみた。
「何でそんなところに居るの?」
良かった。嫁の知っている場所らしい。
「道に迷って帰れないので、迎えに来て欲しい」
とだけ伝えると、二、三言話しをして、どうやらここが前述の山側にあるらしい事が判った。
鳥居の石段のところに腰掛け、嫁を待つ。霧は少し晴れてきたが真っ暗。遠くにコンビニやパチ屋の看板の光が見える。
その位置関係から、町中を一瞬ですっ飛ばして、山側にあるこの神社に来てしまったらしい。
※
暫くして、石段の下のところに車のライトが見えた。
俺の車のライトと懐中電灯の光に気付いたらしい人影が、懐中電灯を持って石段を上って来るようだ。多分嫁だろう。俺も石段を降りる。
石段は百段くらいの長さで、途中で嫁と合流し一緒に自分の車まで戻った。
嫁と二人で境内を確認する。神社の規模から、間違い無く車の通れる道があると考えたからだ。
一応道は見つかったが、鉄扉に南京錠が掛かっていて、車で降りる事は出来ない。
翌日は休みなので、仕方無く車を邪魔にならない場所に移動し、階段を降り嫁の車で帰った。
途中で嫁から根掘り葉掘り聞かれたが、仕事の疲れもあり、本当に解らないのは自分だからと簡単に答えた。
※
翌朝、町会議員をしている義父から神社の神主に電話してもらい、鉄扉を開けてもらうように頼んだ。
神社に行くとスエット姿の神主が居て、
「いやー、すいません、夕べは大変だったでしょう?」
と挨拶された。
挨拶を返しながら、謝るのは神主にわざわざ来てもらった俺の方なのに…と疑問を感じ、神主と話をしてみた。
「こんな事あるんですか?」
との俺の問いに、同じ状況が過去に二、三度あったらしい。
その神社に祀られているのは酒の神様で、酔っ払った人を呼び付けるらしい。
車が迷い込む事は滅多に無いが、酔っ払った人が迷い込む事はよくあるそうだ。
いや、俺は酔っぱらっていなかったし…と思っていたら、
「車に酒を積んでませんか?」
と聞かれた。
そう言えば、年末に配っていたお歳暮用のビールと清酒の余りが載せっぱなしになっていた。
俺は酒を飲まないから下ろす事もしなかったし…。
「神通力とでも言いましょうか。うちの神さんは霊験灼かなようで…」
と、どうしようもない話で無理矢理まとめられた(笑)。
帰り際、神主に挨拶がてら載せっぱなしの酒類を渡し、奉納してもらった。