爺ちゃんの従軍時代の話

行軍

子供の頃に爺ちゃんに聞いた話を一つ。

私の爺ちゃんは若い時、軍属として中国大陸を北へ南へと鉄砲とばらした速射砲を持って動き回ってました。

当時の行軍の話を聞くと、本当に辛かったとこぼしていました。

通常の鉄砲や弾や手榴弾の装備だけでもかなりの重さの上に、小隊で手分けをしてばらした速射砲を一人一人が持たないといけなかったので、とにかくそれが重かったと言います。

一人当たり何十キロもの装備を持って、ろくな道も無い山の中の行軍で、しかも水もそんなに飲まずに行軍していたので、汗が乾いて白い塩が粉のように顔に残っていたりしたそうです。

そんな毎日でしたから、何度も装備を放り出して逃げたくなったそうです。

しかしそんな事をすると国の両親に迷惑がかかると考え、すんでの所で思い留まる…そんな日常でした。

ある日の行軍で、夜に無人の村に着き、装備を下ろして落ち着いてから村の中に溜池があるのを見つけた爺ちゃんは、死ぬほど喉が乾いていたのでその池の水を躊躇なく飲もうとしました。

その時、闇の中から何か聞こえた気がしました。

爺ちゃんは水を飲もうとするのを止め、そのまま身構えていましたが、その後は何も聞こえませんでした。

そして改めて溜池の水を飲もうとすると、また何か聞こえました。

どうやら人、それも現地の言葉のように聞こえたそうです。

爺ちゃんは溜池の水を飲むのを止め、上官にその事を報告しました。

少し隊内がざわつき、辺りを捜索しましたが、人は見つかりませんでした。

夜が明け、昨日の晩に水を飲もうとした溜池に行ってみると爺ちゃんは愕然としました。

そこには何人もの水死体が浮いていたからです。

近隣でまだ人が残っている村があり、そこで爺ちゃん達の隊が一晩明かした村の事を聞いてみると、コレラの様な疫病がその村の中で発生し、その村は放棄されたところだったそうです。

溜池の死体は、どうやらその疫病で死んだ人ではないかとの事でした。

爺ちゃんが飲もうとした池の水は疫病に汚染されていたのです。

爺ちゃんは溜池の前で闇の中から声をかけられた事を思い出し、間に何人か人を挟んで(中国は言葉が場所場所で違うので)その言葉の意味を聞きました。

言葉の意味は「よせ、よせ」だったそうです。

関連記事

カンカン(長編)

幼い頃に体験した、とても恐ろしい出来事について話します。 その当時私は小学生で、妹、姉、母親と一緒に、どこにでもあるような小さいアパートに住んでいました。 夜になったら、い…

口

笑い女

先週の金曜、会社の先輩の大村という男が死んだ。 もちろん直接現場を見た訳ではないけど、マンションの自室で、自分の両耳にボールペンを突き刺して死んでいたらしい。 大村自身の手…

農村(フリー写真)

神隠しの森と村の伝承

ある山村に、不思議な伝承があった。 その伝承によれば、村の奥地にある古い神社には、神隠しの力があると言われていた。 神隠しとは、神や妖怪が人間を自分の世界に連れ去ってしま…

田舎の風景

かみ屋敷

自分は理系の人間で、オカルトとは正反対の化学を研究しているのですが、昔から占いやオカルトなどそう言ったものが好きでした。 でも、自分には霊感は無いと思います。だから今年の夏休みま…

コツコツ

つい先日の事なんだけど、俺は出張で松江にある某有名チェーンのビジネスホテルに泊まったんだ。 その日は取引先との接待でスナックを3件ハシゴして、へべれけ状態でホテルに入ったんだわ。…

抽象的(フリー素材)

親父の予言

数年前、親父が死んだ。食道静脈瘤破裂で血を吐いて。 最後の数日は血を止めるため、チューブ付きのゴム風船を鼻から食道まで通して膨らませていた。 親父は意識が朦朧としていたが、…

妖狐哀歌(宮大工10)

オオカミ様が代わられてから数年が経った。 俺も仕事を覚え数多くの現場をこなし、自分でも辛うじて一人前の仲間入りを果たす事が出来たと実感するようになった。 また、兄弟子たちも…

満タンのお菓子

私の家は親がギャンブル好きのため、根っからの貧乏でした。 学校の給食費なども毎回遅れてしまい、恥ずかしい思いをしていました。 そんな家庭だったので、親がギャンブルに打ち込ん…

抽象的模様(フリー画像)

黒い影

私はずっと母親と二人で暮らしてきた。 父親は自分が生まれてすぐに居なくなったと母親から聞いた。 祖父や祖母、親戚などに会ったことは無い。そんなものだと思っていた。 そ…

絵皿

喋る絵皿

小さい頃、祖父が友人宅から鷹の絵の描かれた大きな絵皿を貰ってきた。 それは今でも和室に飾ってあって、特に怪奇現象を起こしたりはしていない。 祖父の友人は骨董商だった。 …