母を名乗る女の人

il_fullxfull.193213085

小学校に上がる前の、夏の終わりの頃の話。

私は田舎にある母方の祖父母の家で昼寝をしていた。

喉が渇いて目が覚めると、違和感を覚えた。何回も遊びに来ている家だけど、何かが違う。

部屋にあったはずのおばあちゃんのベッドがなぜか仏間にあるし、ただの壁だった縁側の突き当たりに謎の扉があるし、広い家の中で私を一人ぼっちにして、おばあちゃんはどこかへ出かけたようだった。

セミの声もしないし、おじいちゃんが大事にしていた小鳥も小魚もいなくて、昼寝前に従兄弟と遊んでいた客間には、見慣れないティーセットが何組も飾られたガラス張りの食器棚が出現していた。

今まで寝ていたお座敷に戻ってみると、さっきまであったタオルケットが無くなっている。

ここで半ベソ状態だったんだけど、玄関の引き戸をトントンと叩く音がしたので『おじいちゃんが早く帰ってきた!』と思い、涙も引っ込んだ私は廊下に出た。

おじいちゃんはいつも帰ってくると引き戸を軽く叩いて、おばあちゃんを呼んで戸を開けてもらって家に上がってきていた。

田舎だから鍵は掛かっていなかったけど、おばあちゃんに開けてもらうのがおじいちゃんのマイルールだった。

引き戸はすりガラスで、人の影が立っているのが見えた。

その人影は頭部が異様に大きく、首から下は妙にひょろひょろと細長かった。

そのシルエットにビビった私はお座敷に戻り襖を閉めて、仏壇の座布団の下に頭を突っ込んで震えていた。

いつの間にか寝ていたようで、『おつかいありさん』という童謡を歌うおばあちゃんの大声で起きた。

歌うことも珍しいおばあちゃんが大声で歌っているのにもびっくりしたけど、無くなったタオルケットが体にかかっていて、仏壇のあるお座敷の奥ではなく縁側に寝ていたのにも驚いた。

おばあちゃんがアイスをくれるというので起き上がった私は、縁側の突き当たりに扉を見つけてしまって大泣きした。

おばあちゃんは、

「ママは結婚式で遠くへ行っちゃったのよ」「◯◯ちゃんはお留守番できるって言ってたじゃない」

となだめようとしたけどそうじゃない。

客間へ走って行ったらやはり食器棚があって、私は食堂のテーブルの下に潜ってわあわあ泣き続けた。

おばあちゃんは根気良く私をなだめてアイスを食べさせてくれた。

夜になって、玄関から「トントン」と音がした。

おばあちゃんと一緒に廊下へ出ると、あの頭部の大きいひょろひょろの人影が二つ蠢いていた。

彼らは直立しているのではなく、手足を妙にぐにゃぐにゃと遊ばせていて、不気味さが増していた。

私は再び食堂のテーブルに潜り込んだけれど、引き戸を開ける音がした。

おばあちゃんに「◯◯ちゃん、お迎えが来たよ」「おじいちゃんとお父さんだよ」と呼ばれ、私は仕方なく玄関に行った。

異様に大きい頭部は人間の顔ではなく、両目とも黒目が描き込まれただるまに似たものだった。

二人とも夏だというのに真っ白い長袖長ズボンで、手足をぶらぶらぐにゃぐにゃと遊ばせていた。

怖すぎて声も出せず、食堂のテーブルの下で丸まって泣いていると、おばあちゃんが女の人を連れて戻ってきた。

おばあちゃんが言うには、その女の人が「◯◯ちゃんを迎えにきたママ」で、女の人は「結婚式に出ていたから迎えに来るのが遅くなってごめんね」と私に謝った。

母にとてもよく似た別人、と言うとはっきりしないけれど、瓜二つの双子のような、なんとなく雰囲気が違う、そんな感じ。

母は上に兄姉がいる末っ子で、双子ではない。

母を名乗る女の人に連れられ、当時住んでいた都市部のアパートに帰ったが、見覚えのない巨大な扇子が部屋に飾られていたり、玄関の横に物置のような部屋が増えていた。

その部屋は『反省部屋』と呼ばれていて、母に叱られた後、夕御飯までそこに閉じ込められることが何回かあった。

父親は記憶通りの顔形でほっとした。

それからも祖父母の家に行くことが何度かあったので、現れた縁側の扉や客間の食器棚、消えた小鳥と小魚についておじいちゃんに聞いてみた。

現れたものは元からあって、消えたものは元から無いことになっていた。

おじいちゃんは私が小鳥と小魚を欲しがっているのかと思ったようで、次に遊びに行った時には玄関に鳥かご、居間にアクアリウムがあった。

母は「急に水槽とか鳥とか、お父さんどうしちゃったんだろう」と不思議がっていた。

私が高校を卒業する頃には祖父母とも亡くなってしまった。

私は県外の大学に進学したため2年前に家を出て、今は父、母、妹の三人で暮らしている。

今年の4月に母から電話がかかってきた。祖父母の家で遺品整理をしたという。

『いつの間にか客間にばかでかい食器棚を増やして、使いもしないティーセット飾っちゃってさあ』と愚痴られてぞわっとした。

その日は適当に話を合わせて電話を切り、GWに帰省した。

十数年見慣れた母と現在の母の違いは、私にはもう曖昧になってしまったが、母から生まれた妹には「ママ、お姉ちゃんがいなくなってから違う人みたいになっちゃった」と言われた。

「どういうふうに?」と聞いたら、「なんとなく別人な気がする」というはっきりしない答え。

帰京する当日、母と二人でお昼ご飯を食べながら、

「おじいちゃんちに小鳥と小魚いたけど、なんで飼い始めたんだろうね」と何気ない風を装って話を振ると、

「昔から、鳥とか魚とか、何が可愛いのか解らないもの飼うの好きな人だったからねえ。

実家にいた頃はママがお世話をしてて、ママの部屋だった離れを鳥屋敷にするくらい一杯飼っていた時もあったのよ」と苦笑いしていた。

私の母は戻ってきたが、妹を産んだ母はどこに行ったのだろう。

父はこの異変に全く気付いていない。

関連記事

鬼になった武士

文政十二年(1829年)、6月8日のこと。遠野南部藩からの命令で、この町で山狩りが行われた。これは館野武石衛門という猟師がリーダーとなり、辺り一帯の村や町に住む武士や町人、農民…

綺麗な少女

夏が近くなると思い出すことがある。中学生の時、ある夏の日のことだ。俺は不思議な体験をした。夏休みを迎えて、同世代の多くは友達と遊んだり宿題をやったりしていただろう。 …

彼の予見

昔付き合っていた彼氏の話。当時高校生だった私は、思春期にありがちな『情緒不安定』で、夜中に一人で泣く事が多かった。当時はまだ携帯なんて高嶺の花で、ポケベルしかなかったん…

死後の世界への扉

これは母から聞いた話です。私の曽祖父、つまり母の祖父が亡くなった時のことです。曽祖父は九十八歳という当時ではかなりの高齢でした。普段から背筋をぴんと伸ばし、威厳…

体育館

時代を越えて

俺が小学生だった頃、早朝一番乗りで体育館でシュートの練習をしていたら、いつも体育館のステージの袖に見知らぬハゲのおっさんがいることに気が付いた。近眼でよく見えないし、その時は先…

8周目

俺には、幼馴染の女の子がいた。家も近くて親同士の仲も良く、俺とその子も同い年ってこともあって小さい頃から一緒に遊んでた。まあ、大体そういう関係ってのは、歳を取るにつれて男の側が…

三号室の住民

その店はある地方都市の風俗街の中にあったので、出勤前の風俗嬢や風俗店の従業員の客が多かった。かなり人気のある店だったが、その理由は「出前」にあった。店の辺りには風俗店の…

黄泉の国の体験

同窓会の案内が来て、中学生だった当時を懐かしんでいたら思い出したことがある。この間の夜、ふと目が覚めると目の前に血を流した女の人がいた。寝ぼけていたし起こされてムカつい…

ねじれ(フリー背景素材)

時空のお姉さん

12月の中旬頃に、恐らく『時空のおっさん』に関連すると思われる体験をしたので投稿します。創作ではなく、確かに体験した実話です。 ※ 私はコスプレイヤーで、その日は友達と4人…

川(フリー写真)

川を流れる仏壇

現在の家に引っ越して来る前は、物凄い田舎の村に住んでいた。周りは山に囲まれていて、大きな川も幾つもあり、殆ど外界の人が来る事は無かった。 ※ ある日、学校から帰宅すると、ち…