丹沢湖の女

img_7

去年の夏に職場の仲間4人と丹沢湖へ行った。

車で行き、貸しキャンプ場をベースにして釣りとハイク程度の山歩きが目的。

奇妙な体験をしたのは3泊4日の3日目だったはず。

そろそろ釣りも飽きてきたので、午後から林道の横の細い道をぶらぶら歩いていた。

林道は多分不老山方面に抜ける道ではないかと思うけど、山までは行く気がなく、途中で引き返す予定だったんだ。

暫くして仲間の一人が「あっ、熊だ」と横の繁みを指差した。

見ると10メートル程向こうにいるのは確かに熊なんだが…変なんだよ。

普通の熊よりずっと明るい茶色で、顔はゆるキャラよりはリアルだったけど、どう見ても作り物の熊。

それが四足で歩いていたんだ。

「なんだあれ、着ぐるみじゃないか。変わったやつがいるな」程度の会話をしたけど、その熊が道の脇の藪の中をずっと付いて来る。

「何してんですかー」と声を掛けたのだが返事はなし。何かの撮影をしている訳でもない。

かなりぶ厚い着ぐるみだったから声が出せないのかもしれないけどな。

それが約20分くらいに渡って俺たちの横を見え隠れしながら付いて来た。

考えられないだろ。そんな草丈はなかったけど、藪の斜面だし四足なんだから、普通の人間の体力が持つ訳がない。

あまりにも変なので、途中で4人で走ったりもしてみたんだよ。

そしたら熊も付いて走ってくる。動物の走り方とは違っていたけどな。

意を決してみんなで近付いて見ようとした。

すると熊の上の方の木の葉がザザザッと揺れて、俺らが側に行く前に峪の方にダイブして行ったんだ。

なんとか藪に入って、上から探しても姿は見えずなんだよ。変だろ。

その夜、最後の一泊だからとテントをやめてロッジを借り食事も頼んだ。

実はキャンプの管理棟に行った時に熊の話をしてみたんだが、首を傾げられるばかりだった。

22時頃かな。みんな酔っ払ってかなりグダグダだったけど、昼に見た熊の話をしていた。「ありえねえよ」ばっかりだったけどな。

一人が外のトイレに行くと言い出て行ったんだが、5分くらいしてロッジに駆け込んできた。

「熊だよ、あの熊がいて正体は女だった」って言うんだよ。訳分かんねえだろ。

面白そうだからまずそいつと一緒に外に出たんだが、熊が居たという共同炊事場には何も居ない。

「何だよ」と言ってロッジに戻りそいつの話を聞いたら、

「炊事場の屋根の下に、熊がうつ伏せになってた。

うつ伏せのまま、かなり苦労して背中のチャックらしいのを開けた。

すると背中から裸の女が出てきた。女は髪が長くて眉が太い、昭和風の美人だった。

こっちに気づくと、ニヤッと笑ってから着ぐるみを持って凄い速さで走り去って行った」

こんな妙なことを言う。

酔っ払って幻を見たというのは簡単だけど、昼間の奇妙な熊は俺らも見ているし、完全否定もできない。

キャンプ場の区画の外は真っ暗闇なので探しにいく訳にもいかないし、そのまま午前1時過ぎまで酒を飲んで寝た。

朝まで特に何もなかったと思う。

4日目はボートで釣りをして昼過ぎに帰ってきたんだが、女を見たやつは終始ぼーっとしていた。

心ここにあらずという感じだったな。

そいつは、帰って来てからも土日ごとに丹沢へ行くようになった。

一緒に行こうかと言っても首を振る。そのうち年休をとって山に入るようになったんだ。

何やってんだと聞くと、

「あの熊ー女を探している、すごい筋肉の尻が忘れられない」と言うんだ。

それで12月の月曜に、職場で顔を合わせた時に「仕事辞める」と言い出した。

「山で女と暮らす」って。

それで次の日から所在不明になってしまった。

アパートも引き払ってあるんだよ。そいつの実家から親も出てきて、警察にも捜索願を出した。

警察署に行って丹沢に始終行っていたという話はしたから、捜索したかもしれないがよく分からん。

今もって行方知れずだ。

関連記事

神秘的な山道

おまつり

俺の生まれ育った村は、田舎の中でも超田舎。もう随分前に市町村統合でただの一地区に成り下がってしまった。 これは、まだその故郷が○○村だった時の話。俺が小学6年生の夏のことだった。…

降りなくていいんですか?

東京の地下鉄乗ったんだよ。 何線かは言わないけど、まぁいつ乗ってもそれなりに人乗ってるよな。 で、東京の地下鉄ってのは2~3分走れば止まるじゃん?駅の距離短いし…。快速とか…

教室

時間が停止した昼休み

小学生の時、昼休みの校庭で不思議な体験をした。 ある日、校庭で10秒間、周囲がまるで1/10秒シャッターで撮影されたように完全に静止した。 ただ止まったというよりは、慣性…

今日でお別れかな

もう10年以上前の話だが、とある県の24時間サウナで意気投合した男の話。 結婚を考えていた女性がいた。 ある日の晩、一緒に繁華街で遅い晩飯を済ませ軽く呑んだ後、彼女をタクシ…

きよみちゃん

私が小学校三年生の時の話です。 そのころ、とても仲よしだった「きよみちゃん」という女の子がクラスにいました。 彼女と私は、学校が終わると、毎日のようにお互いの家を行き来して…

日記帳(フリー写真)

祖父母の祈り

私が15歳の一月。 受験を目の前にして、深夜から朝まで受験勉強をしていた時、机の上に置いてあった参考書が触っていないのに急に落ちた。 溜息を吐いてそれを拾いに机の下に潜った…

材木(フリー写真)

木こりの不思議な話

朝、林道を車で走って現場へ向かう途中の出来事。 前を歩いていた登山者が道の脇によけてくれたから、窓越しに会釈をした。 運転していた相方は「お前、何してるんだ」と言い、 …

兄妹(フリー写真)

視える弟

最初に気が付いたのは、私が小学4年生で、弟が小学2年生の時。 一緒にガンダムを見ていたら、普段滅多に口を開かない大人しい弟が不意に後ろを振り返り、 「聞こえない」 と…

存在しない廃墟

小学校低学年の頃に都内某区に住んでたんだけど、近所に有名な廃墟があった。 ある日友人達数人と一緒にそこへ探検に行こうという話になって学校の帰りに行ってみた。 でも、いざ到着するとみんな…

四つ葉のクローバー(フリー素材)

おじさんの予言

あれは11年前、某ビール会社の販促員のパートをしている時に、ある酒屋に伺った時のことです。 二回目にその酒屋へ訪問の際、お店の娘さんに 「あなたに膜のようなものが掛かって見…