餓鬼魂
もう30年程前になるか、自分が小学生の頃の話。
当時の千葉県は鉄道や主要街道から少し奥に入ると、普通に林が広がっていた。
市内にはそう広くない林が点在し、しかも民家から距離もなかったので、安心して小学生たちは夜でも虫捕りに来ていた。
そんな数ある林の一つに、通称『首吊りの林』と称される所があった。地元の友人によると過去本当に首吊り自殺があったそうだ。
流石に夜に虫捕りくる子供はおらず、カブトムシやクワガタ採取は早朝に行われていた。
私は当時東京に住んでいたのだが、夏になると一般的な小学生の例に洩れず、カブトムシやクワガタを求めて、そういう場所によく出入りしていた。
これは捕まえたカブトムシを検分しながら地元の友人が語った体験談である。
※
『首吊りの林』はラジオ体操を行なっている広場の近くということもあり、ラジオ体操後は地元の友人(以下B)は虫捕りに行ったと言う。
ポイントを漁るがその日はハズレだった。カナブンくらいしかいなかったとか。
朝飯も食べていなかったのでもう帰ろうと引き返すと、急に脱力感に襲われたのだ。
腹が減ったせいだと思ったが、歩くのも億劫になり、とうとう切り株に座り込んでしまった。
Bが言うには、朦朧として眠いような、暑苦しいような、息苦しいような状態だったらしいのだ。
座り込んでから5~10分くらい経って症状が軽くなると、すぐさま家に帰り飯を食って昼まで寝たという。
自殺者の霊に憑かれたんじゃないかと笑い合っていたが、後日冗談じゃ済まされない知識を仕入れたのである。
これを読んでいる方で水木しげるを知らない人間はいないだろう。彼の著作でほぼ同じ事例が掲載されていた。
『ひだる神』という妖怪がおり、人間が取り憑かれると急に虚脱感に襲われ、場合によってはそのまま死ぬこともあるという。
それを避けるためには、何でもいいから食べれば良いのだと言う(水木しげる氏自身も体験した)。
今から思えば熱中症の初期症状だったんじゃないかとも考えられるが、『首吊りの林』は鬱蒼として太陽光が良い具合に遮られ、下草が少ないくらいだし、Bは体を壊したというような話は聞いたことがない。
本当にBは『ひだる神』に憑かれたのだろうか? 現在でも無事に生きているので、祟りの類ではないと思うのだが…。
追記
題名の餓鬼魂(がきだま)は『ひだる神』は餓鬼の類、という説から取りました。
現在、林は切り開かれ住宅地になっています。
「千葉県」「首吊り自殺のあった林」というキーワードから、特定できる方もいるかも知れません。
もし特定できても、住人の方に「自殺があった」とか「オバケが出る」などと教えないでやって下さい。