夏庭の訪問者

夜の縁側

アサガオの花が朝の静けさを彩る中、それは夏の出来事だったと記憶しています。

当時わずか5歳の私は、家の庭にある砂場で独り静かに遊んでいました。

目を上げると、隣の生け垣の向こうに、見慣れない着物を纏ったお婆さんが微笑んで立っているのが見えました。

私は再び遊びに集中しようと試みましたが、そのお婆さんがじっとこちらを見つめ続けているのが気になり、立ち上がって彼女のほうに歩み寄りました。

生け垣を隔てて、私たちはどれくらいの時間見つめ合ったのかわかりません。

そんな静寂を破るかのように、上空から「○美!」と私の名を叫ぶ母の声が突如として降り注ぎました。

反応する間もなく、母の腕が私を強く抱きしめました。

「どこに行っていたの? 庭から出てはダメだと言ったでしょう!」と母は怒りながら言いました。

次いで祖母も息を切らして駆けつけ、「ああ、良かった。寿命が縮んだわ」と私の頭を撫でてくれました。

後で聞くと、母と祖母は私が庭から姿を消したので、家の中や近所まで約一時間探し回っていたそうです。

「ずっと庭にいた」と繰り返し主張しましたが、母は信じてくれず、結局その日は叱られ、夜まで泣き続けました。

生け垣の向こうのお婆さんがどうなったのか、詳細は思い出せません。母が現れた瞬間、彼女は突然消えたかのようでした。

あるいは、まるで別の世界への扉が閉ざされたかのような感覚が、今も脳裏に焼き付いています。

お婆さんと目を合わせていたその瞬間、周囲のあらゆる音や気配が消えていたように思います。

茶の間とキッチンは庭に面しており、その日はガラス戸が全開になっていたにもかかわらず、そこで忙しく家事をしていた母と祖母の気配すら感じられなかったのです。

関連記事

蛇神様の奥宮(宮大工3)

お稲荷さま騒動から3年ほど経った晩秋の話。 宮大工の修行は厳しく、なかなか一人前まで続く者は居ない。 また、最近は元より、今から十年以上前の当時でも志願してくる若者は少なか…

迷い道

昔、某電機機器メーカーの工場で派遣社員として働いていた時の話。 三交代で働いていて、後一ヶ月で契約が切れる予定で、その週は準夜勤(17:00~0:30)でした。 当時は運転…

桜の木の神様

今は暑いからご無沙汰しているけど、土日になるとよく近所の公園に行く。 住宅地のど真ん中にある、鉄棒とブランコと砂場しかない小さな公園。 子供が遊んでいることは滅多にない。と…

蝋燭

キャッシャ

俺の実家の小さな村では、女が死んだ時、お葬式の晩に村の男を10人集め、酒盛りをしながらろうそくや線香を絶やさず燃やし続けるという風習がある。 ろうそくには決まった形があり、仏像を…

時空の狭間(フリー素材)

カヨさん

神奈川、静岡近辺のホテル旅館や会社の保養施設関係では、表現はそれぞれ違うけど、恐らく時空が歪んだのだろうと推察出来る話は昔からあるよ。 姉が以前に働いていた旅館では、スタッフの間…

オフィス風景(フリー写真)

玩具のフィギュア

1年程前にコンビニで玩具菓子を買った。 ある人気アニメのロボットの組み立て式のフィギュアが付いたものだ。 敵役のロボットなので髑髏のような頭を持ち、両手でマシンガンを構え…

夜の校舎

あんたがたどこさ

深夜23時。僕と友人のKは、今はもう使われていない、とある山奥の小学校にいた。 校庭のグラウンドには雑草が生え、赤錆びた鉄棒やジャングルジム、シーソーがある。 現在は危険と…

通学路(フリー背景素材)

ループする道

20年近く前の話になります。当時、私は小学4年生でした。 近所の公園にとても変わったすり鉢状の滑り台があり、小学生には大人気でした。 学校が終わってすぐに行かないと、取り合…

湖(フリー素材)

白き龍神様(宮大工13)

俺が中学を卒業し、本格的に修行を始めた頃。 親方の補助として少し離れた山の頂上にある、湖の畔に立つ社の修繕に出かけた。 湖の周りには温泉もあり、俺達は温泉宿に泊まっての仕事…

死臭

人間って、死が近づくと死臭がするよね。 介護の仕事をしていた時、亡くなるお年寄りは3、4日前から死臭を漂わせてた。 それも、その人の部屋の外まで臭うような、かなりハッキリした臭い…