壁の向こう側
トンネルで不思議な現象に出遭った。
そんな話をよく聞くのだが、実は私にもそんな経験がある。
この時期になると思い出すのだ。
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ちょうど冬休みに入った日のこと。小学6年生だった。
そのトンネルは高速道路の下を真っ直ぐ横切る、細くて短いトンネルだった。
左右一車線ずつ、片側にしか歩行者用の区切りがない、そんな所だった。
今はアスファルト舗装されているが、当時はまだ舗装もされていなかった。
場所は伏せた方が良いと思うので書かないが、ある県の農村部とだけ申し上げておく。
とにかく田舎のトンネルだ。
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その日、私は友人宅に行くためにそのトンネルを通った。まだ午後の一時過ぎだった。
子供の足でも数十秒で通り抜けられるくらいの短いトンネル。
向こう側の出口がトンネルの外からだって見える、そんなトンネルに入った途端の出来事だった。
目の前が急に真っ暗になった。見えるはずの向こう側が見えない。
何が起きたのか解らなかったが、とにかくおかしいぞと思った。
それで、とにかく一度外に出ようと振り向いたら、そこにはあるはずのない壁が。
ちょうどトンネルの横壁と同じようなコンクリートの壁があった。
入ったばかりの入り口が壁で全部塞がっていた。
怖くなり、外に出ようとトンネルの反対側出口に向かって走ったが、いくら走っても外に出られなかった。
先にも書いたが、そもそも出口が見えない。いつもならあっという間に出られるはずなのに。
そこでもう一度反対に戻ると、やはり壁に突き当たって出られなかった。
ちょうど長い袋小路に押し込められたような感じだった。
当然パニックを起こして「うわー」とか「おおー」などと叫んでいたと思う。壁も叩いたり蹴ったりした。
しかし、壁に変化などあろうはずもなかった。
仕方なく、もう一度向こうに出ようと歩き始めた。
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依然として出口は見えないままだったが、暫くして妙な音がしているのに気付いた。
横壁の向こうから車の走る音がしていた。
普通に道路を歩いている時にしている車の音。舗装していない道を走るジャリジャリという音。
その時に解った。『壁の向こう側に本当のトンネルがあるんだ』と。
『じゃあ、今いるここは?』と考えても答えは出なかったが、とにかくここはあのトンネルではない。それだけは確かのようだった。
そこで、横壁を触りながら前に進んで行った。横壁のどこかからトンネルに帰るのではないかと思ったのだ。
聞こえるからには繋がっている所がある。そう思うしかなかった。
ちょうどパントマイムでよくやっている『壁』の動きをしながら壁を触りながら進んで行くと、突然、本当に突然明るいところに出た。
辺りを見ると、20メートルくらい後ろにトンネルの入り口が見えた。道端に立っていた。いつもの見慣れた場所。
『こちら』に戻って来たらしかった。
戻ることのできた理由は判らない。
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この後、急いで友人宅へ行き、これこれこうだと説明したのだが、当然信じてもらえなかった。
無理やりトンネルまで連れて来たが、変わった所はなく、
「嘘ばっかり言ってるんじゃない」
と言いながらトンネルに入っていった友人も、何のこともなくトンネルを通り抜けて普通に戻って来た。
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話はこれだけですが、一つだけ、今でもどうなっただろうと思うことがある。
あの時私は、一つしかない歩行者用の区切りに沿って中に入り、その後もこの区切りの中で、奥に行ったり戻ったり、壁を触ったりしていた。
もしあそこで区切りの向こう側、つまり奥に向かってではなく、車道に向かって横にずっと歩いていたら、向こうはどうなっていたのか、それが判らないのだ。
壁があったのか、空間が続いていたのか。