結婚式前夜の訪問者

ウェディング

私が幼い頃、母と兄と私の 3人で、ささやかですが穏やかに暮らしていました。

けれど兄が 14歳になる頃、母が事故で亡くなり、私たちの生活は一変しました。

※

その後の私たちは、親戚の家を転々とすることになります。

私は当時まだ 4歳で、当時の記憶はほとんど残っていません。

ただ兄は、行く先々で肩身の狭い思いをし、ずっと息が詰まるようだった、と大人になってから話してくれました。

※

ある日、兄は我慢の限界を超え、家を飛び出しました。

幼い私は、置いて行かれる形になりました。

※

親戚の家では、私が初めての女の子だったこともあり、年齢的にも小さかったこともあって、かわいがってもらえました。

それでも、兄がいない寂しさだけは、今でもはっきり覚えています。

誰に抱きしめられても、埋まらない穴がありました。

※

それから 1年ほど経った頃のことです。

兄が、私を迎えに来ました。

住み込みで働ける場所を見つけたのだと言います。

※

親戚の家では揉め事にもなりました。

それでも私は迷わず兄を選びました。

幼い私は、ただ「兄と一緒にいたい」と思ったのです。

※

こうして、兄妹 2人の貧しい暮らしが始まりました。

ただ当時の私は、それがどれほど大変なことか分かっていませんでした。

※

私はわがままばかり言って、兄を困らせました。

小学校に上がる時。

兄は中学生の家を回り、頭を下げ、譲ってもらえるランドセルを探して、町中を必死に歩いてくれたそうです。

※

それなのに私は、周りの子と比べて「新品じゃないと嫌だ」と駄々をこねました。

思い返すたびに、胸が痛くなります。

あの時、兄がどんな顔をして笑っていたのか。

私は今でも、はっきり思い出せません。

※

人形が欲しい。

服が欲しい。

そう言って泣いても、兄は困ったように笑うだけで、私を叱りませんでした。

※

けれど、私が靴を万引きしてしまった時だけは違いました。

あれほど優しかった兄が、初めて本気で叱りました。

声が震えるほど、怒っていました。

※

その後、家の空気は重くなり、兄とも気まずい日が続きました。

※

けれど事件から 3日後。

玄関に、新しい靴が置かれていたのです。

※

兄はそれを見て、淡々と言いました。

「やりくりすれば、これくらい買えるんだからな」

そしてそのまま、仕事へ出て行きました。

※

私は靴を見つめたまま動けませんでした。

兄がどんな顔で、店員さんに何を言って、靴を買ったのか。

想像すると、笑えてしまって。

でも同時に、涙が止まりませんでした。

※

その日から、私はわがままを言うのをやめました。

そして進んで兄の手伝いをするようになりました。

兄のために、というより。

兄の笑顔を、もう曇らせたくなかったのだと思います。

※

時が経ち、私は進路を考える年頃になりました。

「高校へ行かずに働く」と言った時は、久しぶりに兄と大喧嘩になりました。

※

兄は折れませんでした。

私の頑固さも、兄の頑固さには負けました。

結局、私は高校へ進学し、卒業することができました。

※

少しずつ生活にも余裕が出てきて、たまに外食できるくらいになった頃。

残念なことに、兄は事故で亡くなりました。

※

私は散々泣きました。

泣いても泣いても、何も戻らなくて。

立ち直るまでに長い時間がかかりました。

※

それでも、やがて素敵な男性と出会い、支えてもらいながら、少しずつ前を向けるようになりました。

※

結婚が決まり、式の前夜。

兄が、来たのです。

※

ふいに部屋の空気が変わり、懐かしい気配がしました。

顔を上げると、そこに兄がいました。

※

兄は、まるで生きている時と同じ調子で、のんびりと言いました。

「お前が結婚か~」

※

その瞬間、私は身体が固まりました。

何かに縛られたように、動けませんでした。

声も出ませんでした。

本当は大声で泣いて、抱きつきたかったのに。

※

兄は、静かに続けました。

「あのな、今日は謝りに来たんや。

お前が 4つの時、一人置いていったこと。

なーんにも買ってやれんかったこと。

……他にも、いっぱいあるんやけどな。

※

お前がわがまま言わんくなった時、俺はちょっとつらかった。

高校へ行かんって言った時もな、本当はこっそり泣いてんぞ。

不憫で、自分が情けなくて」

※

私は、ただ涙を流すことしかできませんでした。

声にならない言葉が、胸の中にあふれていました。

※

何で謝るん。

謝るのは私の方やのに。

ランドセル、ありがとう。

制服も、学費も。

あの靴、今も大事に持ってるよ。

いっぱい迷惑かけて、ごめんね。

※

心の中でそう言うと、兄に聞こえたのか。

兄は少しだけ笑って、ゆっくりと消えて行きました。

※

その夜、私は夢を見ました。

※

住み込みで暮らしていた、古いアパートの前。

兄と私は、雪だるまを作っていました。

※

母と兄と私。

3つの雪だるまを、楽しそうに並べていると。

この頃すでに亡くなっているはずの母が現れました。

※

母は兄の手を取って、穏やかに言いました。

「じゃあ行って来るね。

外は寒いから、お家に入ってなさい」

そして私に、笑いかけました。

※

私は何の疑いもなく「うん」と答え、アパートの階段を駆け上がりました。

※

その背中に、兄の声が届きました。

「おい。

お前のこと、迷惑やなんて思ったことないぞ。

あと、先に死んで、すまんな」

※

振り返った瞬間。

目が覚めました。

※

私は起き上がって、声を押し殺せずに泣きました。

※

泣き腫らした顔のまま、私は花嫁になりました。

本当は、結婚式の写真は見たくありません。

けれど。

もしかすると、どこかに兄が写っているのではないか。

そんな気がして、何度も何度も見返しました。

※

今日は結婚記念日です。

だからふと、思い出してしまいました。

※

長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。