サイフの持ち主は

赤いミニスカートの女

これは今から7年ほど前、私が一人暮らしを始めたばかりの頃の話です。

高校を卒業し、就職と同時に実家を出て、徒歩30分ほど離れた土地で初めての一人暮らしを始めました。まったく知らない場所というわけでもなく、土地勘もありました。

新生活にも少しずつ慣れてきた頃、ある奇妙な出来事が起こったのです。

それは、ちょうど一人暮らしを始めて3ヶ月ほど経ったある日のことでした。

その日も、いつもと同じように会社から帰る夕方6時頃、普段通る小さな公園の横を歩いていたときのことです。

ふと、公園と道路の間の溝に目が留まりました。そこに、赤いサイフが落ちていたのです。

「ん?」

何気なく拾い上げてみると、意外と重い。中には、カード類が5〜6枚、小銭がぎっしり、そして千円札が2枚ほど入っていました。

手に取った瞬間に、「女性のサイフだ」と直感でわかりました。

一瞬、「ネコババしようか…」という考えもよぎりましたが、当時の私は女性との縁がまったくなかったため、

「これがきっかけで女友達ができたりして…」

などと都合のいい妄想を抱きつつ、近くの交番へサイフを届けに行ったのです。

交番では警察官に事情を説明し、紛失物の届け出用紙を記入しました。これが思った以上に時間を要し、1時間ほどかかりました。

最後に警察官は言いました。

「この書類は保管しておいてください。落とし主が現れた場合に必要ですので。見つかればこちらから連絡します」

私はうなずき、その書類を持って交番を後にしました。

「どんな人が取りに来るんだろう…」

そんなことを考えながら帰路につき、自宅に戻ったのは夜9時頃でした。

「風呂でも入って、寝るか…」

そう思った矢先のことです。

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」

玄関のチャイムが、立て続けに3回鳴りました。

『おいおい…そんなに押さなくてもいいだろう…』

不審に思いつつ玄関を開けると、そこには――

冬の夜なのに、赤い超ミニスカートとキャミソール姿の女性が立っていたのです。

驚きのあまり、思わず言葉を失いました。

「ど、どちら様ですか…?」

すると女性は、か細い声でこう言いました。

「…すみません。サイフを落とした者なんですけど…」

「あっ!はいはい!お待ちください!」

急いで部屋に戻って、交番で受け取った書類を取りに行きました。

そして再び玄関へ戻ろうとしたその瞬間――

背後に、あの女性が立っていたのです。

驚いて言葉が出ませんでした。

女性は、私の顔のすぐ近くまでゆっくりと顔を近づけてきて、こう言いました。

「やさしいんですね」

その時、にやりと笑った彼女の口の中には――一本の歯もありませんでした。

その笑みを見た瞬間、背筋が凍り、頭が真っ白になりました。

「と、当然ですよ…」

と震える声で答えるのが精一杯でした。

女性はにやにやと笑いながら、さらに顔を近づけて言いました。

「親切な人って、いるんですねぇ…」

そう言い残して、彼女は玄関を出ていきました。

私は恐怖でその夜、実家に逃げ帰りました。

それから数日間、一人で過ごすことができませんでした。

そして、事件から3日ほど経ったある日、ふと交番の警察官の言葉を思い出したのです。

――「落とし主が現れたら、こちらから連絡します」

そういえば、警察から一度も連絡は来ていませんでした。

気になって、帰宅途中にサイフを届けた交番に立ち寄ることにしました。

応対してくれたのは、あの時と同じ警察官。

「覚えてますよ。まだ落とし主、現れてないんですよね」

私は何も言えませんでした。

だって、あの日、あの女が――私の家に現れたのだから。

警察にも届けず、どうやって私の家を知ったのか。

考えれば考えるほど、不気味でした。

後をつけられた? それ以外に思いつきません。

私は、この記憶を封じるように、なるべく考えないようにしました。

そして1年が経ち、恐怖もようやく薄れかけていたある日のこと。

仕事帰りに例の公園の前を通りかかったその時――

電柱の陰に、人影が見えました。

赤いミニスカートにキャミソール姿の女が、確かに立っていたのです。

あの時と同じ服装で――

サイフが落ちていた場所を、ただじっと見つめていました。

私は、それ以来二度とその公園を通ることはなくなりました。

今でも、赤いミニスカートを見るたび、あの夜の恐怖が甦るのです。


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