六甲山ハイウェイの死神

th_dscn3166

私には「霊感」という物が全く無く、またそういった類の物も信じてはおりませんでした。

「見える」という友人から霊の話を聞いていても、自分に見えないと存在が解らないし、また友人が私を怖がらせようとしているだけだと思っていました。

しかし、そんな私の考えを根底から覆す事件が起きてしまったのです。

十年程前の話でしょうか…。

当時の私は仕事が忙しく、休みが殆ど取れない毎日を過ごしていました。

そんなある日、偶然にも平日の休みが貰えたのです。私の胸は躍りました。

「久しぶりに車でゆっくりドライブができるぞ」

私は早速友人を誘おうと考えましたが、今日は平日です。

何人かに連絡しましたが、やはり友人達は仕事で都合が付きませんでした。

私は悩みました。

そしてしばらく考えた結果、どうせ一人で行くならカーブがきつい事で有名なあの「六甲山ハイウェイ」に行きたいなと考えました。

もちろん誰かを乗せて走るなら安全運転を心掛けますが、一人で走るのなら少し勾配の急なコースで走り屋気分を味わってみたいと思ったのです。

そう考えた私はいても立ってもいられなくなり、すぐ準備をして六甲山ハイウェイに向かいました。

一時間程走り、六甲山ハイウェイに到着しました。

平日のためかあまり車は通っていません。

初めて走るコースだったので私は少し安心し、六甲山を走り始めました。

想像以上の急カーブが私を待ち受けます。

私はその一つ一つをゆっくりと曲がりながらドライブを楽しんでおりました。

窓から差すぽかぽかとした陽気、心地良い風。

私は 『ああ、来て良かったなあ』と思いました。

しかしそんな私の思いをかき消すかの如く、けたたましいエンジン音で後ろから一台のバイクが近付いて来ました。

そのバイクは私の車の後ろに付け、ブンブンと煽り始めました。そして蛇行を繰り返します。

私は左端に寄って速度を落とし、彼が追い越してくれる事を期待しました。

すると彼は追い越す事無く一層激しく煽り始めたのです!

私は「これは厄介な奴に目をつけられたな…」と思いました。

どうしようか迷っていると彼は私の車に横付けし、ヘルメットのシールドを上げて

「邪魔じゃい!ボケェ!」

と怒鳴り、私を追い越し急加速してカーブの向こうへと消えて行きました。

私は少しブルーになりましたが、気を取り直してまた走り始めました。

しかし、5分程走った時に後ろからけたたましいエンジンが近付いて来たかと思うと、私の車の後ろに付けて煽り、蛇行を繰り返します。

しかもそのバイクはさっきのバイクではありませんか!

私は焦りました…。

六甲はそんな一瞬で走り抜けてしまえる程短いコースでは無い筈です。

彼はさっきと同じように私の車に横付けし、

「邪魔じゃい!ボケェ!」

と怒鳴って私を追い越して行きました。

私は冷静に考えました…。

どこかに抜け道があり、そこを通って来て私に嫌がらせをしているのか?

そんな訳の分からない事も考えました。

その時、「ブォォォー!!」と音がしてまたやって来たのです!ミラーに目をやるとそれは確かにさっきの彼です!

私は混乱しました…。

そして彼は三度同じ事を繰り返し、

「邪魔じゃい!ボケェ!」

と言い、私を追い越しました。

私はもう何が何だか分からなくなり完全にパニック状態でした。

この辺には抜け道などは見当たらないのです!

そして私は今追い越して行った彼の方に目をやりました。

しかし今回は何か様子がおかしい……さっきとは何かが違う……!!

私は血の気が引きました。

誰かが後ろに乗っているのです。

後ろに乗っていたのはなんと白髪の老人でした。

老人は不気味な笑みを浮かべています。

それがこの世の存在でない事は即座に解りました。

「まずい!!」

私は心の中で叫びました。

そして彼のバイクはさっきとは違い、カーブを曲がる事なくガードレールを飛び越えて谷底へと真っ逆さまに落ちて行ったのです。

私は車を停め警察に連絡しました。既に日は暮れかかっています。

私はショックでした。

信じていなかった霊の存在が本当だった事、そして一人の命が奪われてしまった事。

見てしまったのです。

彼がガードレールを飛び越えて谷底に落ちる瞬間、老人は宙に浮き上がり恍惚の表情で山へと消えて行く所を。

私は生まれて初めて恐怖に震えていました。

その日警察が谷を捜索し、遺体を発見しました。

もう分かっていましたが、発見された遺体はバイクの彼一人のものだけでした。

警察に事情聴取で色々と聞かれましたが、老人の事は話しませんでした。

私は十年経った今でも一人で山を走るのが怖いです。

あの老人の顔が脳裏に焼き付いて離れないのです。

なぜあのバイクが六甲山を一瞬で走り抜けられたのか。

なぜ三回目で「あれ」が乗っていたのか。

そしてなぜ彼だったのか。

それは判りません

しかし私は今、これだけは断言出来ます。

あれは、あの老人は間違いなく「死神」だったのだと。

関連記事

鏡の中の話

鏡の中の話だ。 小さい頃、俺はいつも鏡に向かって話し掛けていたという。 もちろん、俺自身にはハッキリとした記憶は無いが、親戚が集まるような場面になると、決まって誰かがその話…

紫の抽象的模様(フリー画像)

塊紫水晶奥

私には年の離れた兄が居る。普段何をしているか判らない飄々とした自由人。 偶に家に遊びに来ては、変な物を置き土産として置いて行く。 半年ほど前、玄関に磨かれていない紫色をした…

昭和さん

私の地元は田舎で、山の中にある新興住宅街だった。新興と言っても、結局発展し切れなかったような土地だった。 私は山に秘密基地を作り、友達とよく遊びに行ったものだった。 ある日…

田舎の村

十九地蔵

俺の家は広島の田舎なのだが、なぜか隣村と仲が悪い。俺の村をA村、隣村をB村としよう。 不思議な事になぜ仲が悪いのかは不明だ。A村の住人に聞いてもB村の住人に聞いても明確な理由は判…

真夜中の訪問者

私には父親が生まれた時からいなくて、ずっと母親と二人暮しでした。 私がまだ母と暮らしていた17歳の頃の事です。 夜中の3時ぐらいに「ピーー」と玄関のチャイムが鳴りました。 …

公衆トイレ(フリー写真)

順番待ち

この間、東京に用事があって行ったんだよ。 片田舎からの上京なので朝一の高速バスに乗って、朝9時頃に新宿駅に着いた。 その途中にトイレ休憩もあったんだけど、眠くてずっと寝てい…

事件事故

父親が道警勤務で、事件事故は親父の出動の方がニュース速報よりも早い。だから事件事故は「親父の仕事」のイメージが強かったりする。 でも、豊浜トンネルの崩落のときはちょっと違った。 …

千寿江(長編)

もう色々済んだから、書かせてくれ。かなり長い。 父親には妹がいたらしい。俺にとっては叔母に当たるが、叔母は生まれて数ヶ月で突然死んだ。原因は不明。 待望の娘が死んでしまい、…

河原(フリー写真)

手を振る人形

2008年8月の終わり頃、一週間ほど夏休みが取れたので兵庫県の実家に帰省しました。 ある日、叔父(父の弟)に頼まれた簡単な仕事の手伝いを終え、二人車で帰路に着きました。 時…

手(フリー素材)

変わってしまった家族

私の家族は、自由奔放な父と明るく誰からも好かれる母。どこにでもいる三人家族でした。 あそこに住むまでは。 今から12年前に引っ越した、三階建ての赤黒いマンション。 そ…