爺さんが座るのは、いつも、道が少しへこんでいるところだった。
アスファルトが継いであって、そこだけ雨の日に水が残る。
俺はその場所を、毎日避けて通っていた。
爺さんの手には、いつも草刈り鎌があったからだ。
だから俺は、あの日に見たことを、ずっと「投げ込んだ」と覚えていた。
鎌爺
小学生の頃、山を背にした小さな村に住んでいた。
その村には、鎌爺と呼ばれている爺さんがいた。
身内の人が面倒を見ているらしいが、頭のほうがだいぶ怪しいという話だった。
いつも同じ道端に座って、ぼんやりしている。
そして、なぜかいつも、手には草刈り用の鎌を持っていた。
そのせいで、みんなから鎌爺と呼ばれていた。
村で鎌を持った爺さんといえば、その人しかいなかった。
俺は、近くの店や友達の家に行くとき、その前を通るのが物凄く怖かった。
ぼけているし、手にはいつも鎌がある。
いつ襲ってきてもおかしくない。
母には「あの人は何もせんよ」と言われていたが、信じられなかった。
刃はいつも黒く、砥いだ跡だけが白かった。
使っていない道具の刃は、あんなふうにはならない。
一度だけ、声をかけられたことがある。
五年生の夏で、俺は自転車を押してその前を通っていた。
「水は」
そう聞こえた。
俺は足を止めずに、水筒を持っていなかったので、ないです、と答えた。
爺さんは、それきり何も言わなかった。
家に帰ってから、あれは俺に水をくれと言ったのだろうかと考えた。
いま思えば、たぶん違う。
爺さんは、水がどうなっているかを聞いていた。
※
軽トラックのクラクション
ある日、友達の家の近くで遊んでいたときのことだ。
激しくクラクションを鳴らす音が聞こえてきた。
なんだろうと思って音のほうを見ると、軽トラックが道に停まっていた。
そして道の真ん中に、鎌爺が座っていた。
どかそうとして鳴らしているらしい。
けれど鎌爺は動じず、ただぼうっと、あらぬ方を見ていた。
俺はその様子を、しばらく遠くから見ていた。
やがて、夫婦らしい二人が車から降りた。
この辺りに住んでいる人らしく、これから畑に行く途中のようだった。
二人は鎌爺を両側から抱えた。
車の邪魔にならないよう、端に寄せるのだろうと思った。
違った。
夫婦は鎌爺を抱えたまま、まっすぐ俺のほうへ歩いてきた。
俺はなんだか怖くなって、他人の家の物陰に隠れた。
夫婦は、トラックを停めた場所から少し離れたところにある井戸まで、鎌爺を運んでいった。
井戸の脇で降ろすと、二人は一息ついた。
何をするつもりだろうと見ていると、しばらくして、また持ち上げた。
そして、そのまま井戸のほうへ。
はっきりとは見ていない。
あまりの恐ろしさに、俺は目を逸らしてしまったからだ。
逃げ出したかったが、見つかれば自分も井戸に入れられるのではないかと思った。
だから動かずに、夫婦が去るのを待った。
やがて二人は、何事もなかったように軽トラックに乗り込み、そのまま行ってしまった。
それを確かめてから、俺は走って家に帰り、母に話した。
母は信じてくれなかった。
「あんた、何ば見間違えとると」
「見間違えとらん」
「昼間ぞ。人の家のすぐそばぞ」
「けど」
「見んかったことにしとき」
その晩、夕飯のとき、父も母も何も言わなかった。
俺が箸を置くまで、二人とも一度も顔を上げなかった。
母は途中で立って、勝手口の戸を閉めに行った。
閉まっていた戸だった。
その一言だけ、いま思えば、変だった。
見間違いだと言うなら、見なかったことにする必要はない。
※
井戸のほうへ運ぶ決まり
結局、俺の言ったことは誰にも信じてもらえなかった。
自分でも、勘違いだったかもしれないと思うようになった。
井戸に入れたように見えたけれど、俺から見えない位置に置き直しただけではないか。
けれど、その日から鎌爺の姿を見ることがなくなった。
何日かして、父に何気なく聞いてみた。
「鎌爺、どうしたと」
「病気になって、家で寝とるらしい」
「ふうん」
父は新聞から目を上げずに、それだけ言った。
それから、思い出したように付け足した。
「道に座り込んどる人はな、避けたらいかんとぞ」
「なんで」
「避けたら、その人が通り道になる。抱えて、水のあるとこまで連れていく」
「水」
「井戸でも川でもよか。足ば洗わせて、家の者が名前ば呼んで、連れて帰る」
俺は、意味がまるで分からなかった。
ただ、その言い方が、父にしては妙に整っていたのを覚えている。
知っている決まりを、そのまま言うときの言い方だった。
森の奥の家
鎌爺のことが気になって、本当にまだいるのか確かめたくなった。
家は歩いて十分ほどの、鬱蒼とした林の中にあった。
夜には絶対に来たくない場所だ。
友達を誘ってみたが、用事があるとかなんとかで、誰もついてこなかった。
そこでやめておけばよかったのに、当時の俺は好奇心のほうが強かった。
昼間だし大丈夫だろうと思って、一人で行くことにした。
普段は大人しくても、呆けた老人の行動は読めない。
工作に使っていた小刀を、一応、護身のつもりで持っていった。
鎌爺の家は、いつも座っていた道端からそう遠くなかった。
前を通り過ぎるふりをしながら、中を覗いた。
家は思ったより大きく、人の気配がなくて、がらんとしていた。
少し離れたところから眺めていたが、鎌爺の姿は見えない。
しばらくすると、見覚えのある軽トラックが、家のほうへ入っていった。
あのときの軽トラックだった。
俺は引き返して、もう一度前を通った。
敷地の中にトラックが停めてあった。
そして、あのとき鎌爺を抱えていた夫婦が、荷台から荷物を降ろしていた。
どうやら、この夫婦が身内らしかった。
一瞬、嫌なことが頭をよぎった。
もう関わるのはやめようと思い、その日はそのまま帰った。
ただ、帰り道で一つだけ、気になったことがある。
荷台から降ろしていたのは、米の袋と、灯油の缶と、それから鎌だった。
柄の新しい、買ったばかりの鎌が二丁。
寝たきりの人の家に、なぜ新しい鎌がいるのか。
そのときは、畑に使うのだろうと思って、それきりにした。
※
井戸の前まで行った日
その週の土曜、俺は一人で井戸まで行った。
行くつもりはなかったのに、店の帰りに足が向いた。
井戸は、竹藪の手前にあった。
石を組んだ丸い縁で、上に錆びた鉄の蓋が半分だけ載っている。
釣瓶はもうなくて、代わりに、細い手押しのポンプが横に立っていた。
ポンプの取っ手は、握るところだけが白く光っていた。
使われている道具の光り方だった。
寝たきりの家の、誰も来ないはずの井戸で。
俺は蓋の隙間から中を見ようとして、そこで足が止まった。
覗いたら、見てしまうかもしれない。
見てしまったら、母の言った「見んかったことにしとき」が使えなくなる。
結局、俺は一歩下がって、そのまま帰った。
帰り際に、地面を見た。
井戸の周りだけ、草がきれいに刈ってあった。
刈り口はまだ白かった。
※
あぜ道の話
それから何週間か過ぎた頃、二つ上の親戚の子の家に泊まることになった。
夜、寝るときに、俺は何気なく言った。
「鎌爺、最近見んね」
親戚の子は、鎌爺のことを知っていた。
いまは病気で寝たきりらしい。
だけど最近、夜になると家を抜け出して、あちこち歩き回っているという。
その子の友達が、つい先日、鎌爺を見たそうだ。
夜中に、畑のあぜ道で、屈んで何かをしていたらしい。
近づいてよく見ると、細い溝の縁を、鎌で刈っていた。
音もなく、ずっと同じ調子で。
「刈っとるだけやろ」と俺は言った。
「刈っとるだけたい。けど、そこ、もう水の通っとらん溝ぞ」
「え」
「何十年も前に埋めた溝ばい。上から土かぶせて、畑にしとる」
親戚の子は、布団の中で声を落とした。
「あるはずのなか草ば、刈りよったとよ」
その後も、学校でいろいろな話を聞いた。
元々、怖がられ、気味悪がられていたところに、夜歩きの噂が重なった。
学校や親たちも、はじめは子供の作り話だと思っていた。
けれど、鎌を持った老人が夜中に歩き回るのは危ないと考えたらしく、身内のあの夫婦に、出歩かせないよう言いに行ったそうだ。
そういうことがしばらく続いたあと、夫婦は引っ越していった。
友達の話では、鎌爺の病気が重くなって大きな病院に入ることになり、その近くに移ったのだという。
だが、その後も、鎌爺を夜に見たという話は何度も聞いた。
妙だったのは、話が少しずつ静かになっていったことだ。
最初の頃は「追いかけられた」「鎌を振った」という話だった。
それが次第に、「立っとっただけ」「しゃがんどっただけ」に変わっていった。
誰も襲われていない。
誰も声をかけられていない。
ただ、見た人は必ず、同じことを言った。
音がしなかった、と。
草を刈っているのに、鎌の音がしない。
俺の同級生は、それが一番いやだったと言っていた。
※
地図に線を引いた日
中学に上がって、社会の授業で村の白地図を配られたことがあった。
俺はその紙に、鎌爺を見たという話の場所を、思い出せるだけ点で打っていった。
畑のあぜ道。神社の裏。橋の手前。集会所の脇。
そして、あの井戸。
点は、ばらばらに散らばってはいなかった。
一本の、ゆるい線の上に並んでいた。
俺は先生に、その線が何なのかを聞いた。
先生は地図を少し見て、あっさり答えた。
「井手やろ。用水路の古か線ぞ」
「用水路」
「山から引いて、田ば回して、川に落とす。いまは半分埋めとるけどな」
「誰が草ば刈りよったとですか」
「昔は決まった家がやりよった。井手番いうてな」
先生は、そこで少しだけ言葉を選んだ。
「うちの村は、あの家がずっとやっとった」
俺は、その家がどこかを聞かなくても分かった。
「井手番は、いつまでやりよったとですか」
先生は黒板の前で、少し考えるような顔をした。
「町に返したとが、あんたらが小学校の頃やなかったかな」
「返すと、どうなると」
「業者が入る。年に一回、機械で刈る」
「それまでは」
「毎日たい」
先生はそこで、こちらを見た。
「毎日、端から端まで歩いて、伸びとるとこだけ刈る。六十年やる人もおったとぞ」
俺は、鎌爺の鎌の刃のことを思い出した。
黒くて、砥いだところだけが白かった刃を。
あれは、使い込まれた道具の色だった。
使わなくなった道具の色ではなかった。
もう歩けなくなってからも、あの人は毎日、鎌を持って座っていた。
俺は、鎌爺が座っていた場所のことを思い出した。
へこんでいたのは、道の下を、水が通っていたからだった。
井手が道の下をくぐるところで、そこだけ舗装が沈む。
爺さんは毎日、自分が六十年刈ってきた線の、いちばん低いところに座っていた。
刈るためではない。
もう刈れなくなってから、そこに座っていたのだ。
名前を呼ぶ役
その話を、俺は祖母にした。
祖母は縁側で豆をより分けながら、手を止めなかった。
「井手番はな、水の始まるとこまで行って、足ば洗うとよ」
「なんで足」
「泥ば、下の田に持って行かんためたい。それが決まり」
「じゃあ、あの夫婦は」
「連れて行ったとよ。井戸まで」
俺は、十年近く抱えていた石が、少し軽くなった気がした。
あれは、投げ込んだのではなかった。
足を洗わせるために、井戸端に降ろしたのだ。
座り込んだ井手番を、水のあるところまで連れていく。
それが村の決まりだった。
俺が目を逸らしたのは、その一瞬だった。
「けどな」と祖母は言った。
「洗うただけじゃ、終わらんとよ」
「終わらん」
「家の者が、名前ば呼ぶ。呼ばれて初めて、家に戻ってこられると」
「あの夫婦は、身内やろ」
祖母は豆を一粒はじいて、それから顔を上げた。
「あの二人はな、婿と、そのお嫁さんたい」
「婿さんなら、家の者やろ」
「入っただけたい。名字は継いどらん」
祖母は、井手番の家の代替わりのことを、少しだけ話した。
息子が二人いたが、上は戦後すぐに都会へ出て、そのまま帰らなかった。
下は早くに亡くなって、その連れ合いが、遠縁から婿を取って家を守った。
だから、いまあの家にいる二人は、どちらもよその生まれだった。
「呼ぶとが、なんでいかんと」と俺は聞いた。
「呼んだら、その人が家の者になると」
「なったらよかやん」
祖母は笑わなかった。
「家の者になったら、次に刈るとが、その人になると」
俺は、夫婦が井戸端で一息ついた、あの間のことを思い出した。
あれは、休んでいたのではなかったのかもしれない。
二人とも、呼べる名前を持っていなかった。
だから、持ち上げ直すまでのあいだ、そこで立っていた。
俺は、意味を掴むのに少しかかった。
婿養子ではなかった。二人とも、あの家に入っただけの人だった。
あの家に、鎌爺を名前で呼べる人は、一人も残っていなかった。
※
その後のこと
夫婦が引っ越したのは、病院の近くに住むためだけではなかったらしい。
村の井手の管理を町に返す手続きが、その年に済んでいる。
いまは年に一度、業者が機械で刈る。
それから二年ほどして、俺は村を出た。
鎌爺がその後どうなったのかは知らない。
何度か井戸を覗こうと思ったが、どうしても近づけなかった。
親戚の子に、一度だけ理由を言われたことがある。
「覗いたらいかんとよ」
「なんで」
「次に刈るとが、あんたになるけん」
子供の脅し文句だと思っていた。
いまでも、そう思っている。
ただ、去年の盆に村を通ったとき、埋めたはずの溝の縁だけ、きれいに草が刈ってあった。
畑はもう誰も作っていない。
刈った草は、まとめて溝の線に沿って寄せてあった。
機械の刈り方ではなかった。
同じような、田舎の家に残る決まりの話なら、鳥居の前で人の数を数えてはいけない集落の話もある。
ああいう決まりは、たいてい、誰かが役を降りたところで途切れる。
そして、途切れたあとのことは、誰も決めていない。
母が言った「見んかったことにしとき」を、俺はいまも守っている。
道を訊かれても指をささない土地の話を読んだとき、母のあの声を思い出した。
母も、たぶん、同じものを見て育っている。