寺から消えた金色の像

夕焼け(フリー素材)

フリマアプリの画面に、あの金色の像が出品されていた。

先週の火曜の夜、会社から帰る電車の中でのことだ。

俺は今、東京の物流会社で倉庫の在庫管理をしている。

実家には、もう三年帰っていない。

父とは、就職のことで揉めてから、ほとんど口をきいていなかった。

父は、寺の檀家総代を長く務めている。

無口で、頑固で、何かを決めたら誰の言うことも聞かない人だ。

電車は混んでいて、俺は吊り革につかまったまま、片手で画面を送っていた。

古い物を眺めるのは、倉庫の仕事で身についた癖のようなものだった。

骨董品のカテゴリを何となく眺めていたら、一枚の写真で指が止まった。

高さ二十センチほどの、仏像に似た立ち姿の像だった。

黒い布の上に置かれ、上から強い照明を当てて撮ってあった。

表面は金色で、ところどころ擦れて地の色がのぞいていた。

足元から首の下あたりまで、赤い細い線が、血管のように何本も這い上がっていた。

商品名は「金色の像 詳細不明 古いもの」。

説明文は、たった二行だった。

「家の整理で出てきました。由来はわかりません。ノークレームでお願いします」

値段は、驚くほど安かった。

金の値段を知っている者なら、目を疑うような額だった。

まるで、早く誰かに引き取ってほしいとでもいうような値段だった。

出品地域の欄には、俺の実家のある県の名前が表示されていた。

背景は、どこかの和室らしい暗い板壁だった。

照明の光が届かないところは、墨を流したように黒く沈んでいた。

写真の上の端に、欄間の彫りが少しだけ写り込んでいた。

俺はそのとき、背景のことなど気にも留めなかった。

像の顔ばかりを見ていた。

十年前、一度だけ写真で見せられた顔と、同じ顔だった。

電車の冷房が、急に強くなった気がした。

吊り革を握る手のひらに、じっとりと汗がにじんでいた。

隣に立っていた女の人が、ちらりと俺の顔を見た。

よほどひどい顔をしていたのだと思う。

俺は画面を閉じた。

閉じてから、もう一度開いた。

お気に入りのボタンには、触れなかった。

触れてはいけない、ということだけは、なぜか体が覚えていた。

その夜、俺は部屋の明かりを全部つけたまま眠った。

眠った、というより、目を閉じて朝を待っていた。

これから書くのは、十年前に和尚さんから聞かされた話だ。

当時の俺はまったく信じていなかった。

だから、ほとんど忘れていた。

忘れていたことを、今は少し後悔している。

あの日、本堂で聞いた話を、俺はできるだけそのまま書いておく。

和尚さんは、その三年後に病で亡くなった。

だから、もう確かめようがない。

裏山のエアガン

十年前の夏休み、俺は中学二年だった。

実家は山あいの小さな町で、家のすぐ裏に古い寺がある。

俺の家は、代々その寺の檀家だった。

八月のお盆の少し前、その寺で盗難事件が起きた。

寺には、蔵が二つある。

そのうちの一つの中身が、夜のうちに盗まれたという。

それだけなら、ただの泥棒の話だ。

いわく付きのほうの蔵は、本堂の裏手の、杉の木に囲まれた場所にあった。

白壁の土蔵で、観音開きの扉には、錠前が三つも掛かっていた。

子どもは近づくなと、物心ついた頃から言われていた。

その三つの錠前が、三つとも、切られていたという。

駐在所の警官が二人、朝から蔵の周りに黄色いテープを張っていた。

けれど、大人たちの様子が、どこかおかしかった。

事件の翌日、うちも含めた檀家の家と、寺の周りの家の大人が、本堂に集められた。

俺たち子どもは、庫裏の前で待たされた。

本堂の障子の向こうから、低い話し声がずっと続いていた。

ときどき、誰かが大きな声を出しかけて、すぐに抑えるのが聞こえた。

出てきた大人たちは、誰も何も言わなかった。

父は、その晩の夕食のあいだ、一度も口をきかなかった。

食卓の上の蛍光灯の下で、父の顔はいつもより白く見えた。

母が「お父さん、お箸」と言うまで、箸を持つのを忘れていた。

俺は、色々と大変なんだな、としか思わなかった。

子どもたちの間では、すぐに噂が広まった。

蔵には金の延べ棒が隠してあったらしい。

いや、昔の殿様の刀があったらしい。

誰も本当のことは知らなかった。

知らないまま、話だけが毎日大きくなっていった。

数日後の午後だった。

俺と、同い年の従弟と、近所の友だち数人で、寺の裏山でエアガンを撃ち合って遊んでいた。

杉林の斜面に段ボールの陣地を作って、汗だくになって走り回っていた。

BB弾が杉の幹に当たる、ぱちぱちという乾いた音が、林の中に響いていた。

従弟は、いつも一番いい場所を陣地に取った。

その日も、蔵の裏の土手の上に陣取って、俺たちを見下ろしていた。

「ここからだと、全部見えるんだよ」

従弟は、得意そうにそう言った。

そこへ、和尚さんが一人で上がってきた。

「タカシと、ケンジ。ちょっと来なさい。話がある」

名前を呼ばれたのは、俺と従弟だけだった。

ほかの友だちは、顔を見合わせて、そそくさと山を下りていった。

裏山で騒いでいたのを叱られるのだと思った。

二人とも、エアガンを背中に隠して、びくびくしながらついていった。

和尚さんは俺たちを本堂に上げ、「まあ、座りなさい」と言った。

本堂の中は、外の蝉の声が嘘のように静かだった。

線香の煙が、まっすぐ天井へ上っていた。

いつもの笑い皺のある顔ではなかった。

俺と従弟は、板の間に正座して縮こまっていた。

ところが、和尚さんが話しはじめたのは、説教ではなかった。

いわく付きの蔵

「二つある蔵のうち、一つは本当の宝物庫だ」

和尚さんは、そう切り出した。

「経典や、古い仏像や、お寺に代々伝わるものが入っている」

「もう一つは、名前だけの宝物庫だ。中に入っているのは、別のものだ」

寺や神社には、昔から「引き取ってほしい」と持ち込まれる品があるのだという。

持っていると悪いことが続く、夢見が悪い、家の者が次々に病む。

そういう曰くのついた品だ。

たいていは、気のせいか偶然が重なっただけのものらしい。

そういうときは、形だけ祈祷をして、持ち主に納得して持ち帰ってもらう。

けれど、ごく稀に、本当に危ないものが持ち込まれる。

そういう品だけを、もう一つの蔵に納めて、時間をかけて鎮めてきたのだという。

「祓う、というのとは少し違う。ゆっくり、眠らせておく」

和尚さんは、両手の指を組んで、膝の上に置いた。

「毎年、お盆と暮れに、蔵の中で経を上げる。それを何十年、何百年と続ける」

「そうやって、少しずつ角を取っていくんだ」

俺は、そんな面倒なことをする寺があるなんて、はじめて知った。

「お金になるようなものは、ほとんどない。だから、普通は盗まれない」

「ところが今度は、そっちの蔵が破られた」

泥棒は、鍵の厳重なほうに値打ちのあるものがあると考えたのだろう。

いわく付きの蔵のほうが、本物の宝物庫よりずっと厳重に閉じてあったからだ。

盗まれたのは、二つ。

一振りの古い日本刀と、金色の像だった。

刀は、和尚さんの先代の頃に、見知らぬ男が押しつけるように置いていったものだという。

銘の部分が、誰かの手で削り取られていた。

持っていると、自分が人を斬る夢を毎晩見るようになる。

男はそれが怖くなって、寺へ持ち込んだ。

先代は信じなかったが、引き取ったその晩から、同じ夢を見るようになった。

それで、いわく付きの蔵に納めたのだという。

「刀のほうは、お前たちの家とは縁がない」

和尚さんは、そこで一度、言葉を切った。

「問題は、像のほうだ」

和尚さんの声が、本堂の高い天井に吸い込まれていった。

従弟が、俺の膝を小さく肘でつついた。

俺は、それに気づかないふりをした。

その金色の像は、百五十年ほど前、俺の先祖が見つけたものだった。

地元で大きな洪水があった翌日、土石流の片付けをしていた先祖が、泥と瓦礫の山の中から掘り出した。

金でできていて、形が仏様に似ていた。

ただ、和尚さんに言わせると、厳密には仏像ではないらしい。

「あんな形の仏様は、どの経典にも出てこない。似ているから、そう呼んでいただけだ」

それに、俺の住む地域より川上には、昔から村など一つもなかった。

像が、どこから流れてきたのかは、誰にもわからないのだという。

何かありがたいものだろうと、先祖はそれを家に持ち帰った。

像はずっと、仏間の、波に兎を彫った欄間の真下に置かれていたという。

俺は、そこでようやく顔を上げた。

波に兎の欄間なら、今も実家の仏間にある。

家は二度建て替えたが、あの欄間だけは、祖父が古い家から外して付け直したのだと聞いていた。

金色の像の赤い筋

像を持ち帰ってから数日して、あちこちで異変が起きはじめたという。

まず、家で飼っていた猫や牛が、原因のわからない病で次々に倒れた。

それは先祖の家だけでなく、近所の家にも広がった。

しばらくすると、子だくさんだった先祖の家の子どもが、一人、また一人と寝ついた。

十人いた子どもが、半年のうちに三人になった。

村では流行り病だと思われ、あれこれ手を尽くしたが、何も効かなかった。

やがて、よその家の子どもまでが寝つきはじめた頃、先祖は像の異変に気づいた。

持ち帰ったときは、表情のない顔だった。

それが、いつの間にか、にやにやと笑うような顔に変わっていた。

さらに、像の足元から上へ向かって、赤い細い筋が何本も伸びはじめていた。

その筋は、村で誰かがいなくなるたびに、少しずつ上へ延びていった。

先祖は、とうとう手に負えなくなって、像を寺へ持ち込んだ。

金でできているぶん、手放すのが惜しかったのだろう、と和尚さんは言った。

当時の住職は、像を一目見るなり、これは危ないと言ったそうだ。

何のために作られ、どこから流れてきたのかはわからない。

ただ、このまま置いておけば、村ごと呑まれかねない。

住職は、その日のうちに本堂で祈祷を始めた。

数時間後、住職は本堂の真ん中で冷たくなっていた。

顔は、何かを見てしまった人のように歪んでいた。

祈祷の前には腰のあたりまでだった赤い筋が、一息に首の下まで伸びていたという。

村の者たちは、像をどこかへ捨てようと話し合った。

それを止めたのが、本山から新しくやってきた住職だった。

「一度に祓おうとすれば、また同じことになる。捨てて済むものでもない」

「寺の蔵に納めて、外へ漏れないようにして、何代もかけて少しずつ鎮めるしかない」

それから百五十年、像は寺の蔵の奥で、毎年の祈祷を受けながら眠っていた。

和尚さんは、懐から一枚の古い写真を出して、俺たちに見せた。

先代が撮ったという、白黒の写真だった。

赤い筋は、写真の中では胸のあたりまで下がっていた。

「百五十年かけて、ここまで下げた」

和尚さんは、写真の中の像の胸を、指でとんとんと叩いた。

その祈祷には、俺の家の者が、代々一人は立ち会う決まりになっていた。

ここ何十年かは、それが父の役目だった。

毎年お盆の前の晩、父は黒い上着を着て、寺へ出かけていった。

帰ってくると、何も言わずに風呂に入り、すぐに寝てしまった。

その像が、盗まれた。

和尚さんは、俺と従弟の顔を順番に見た。

「盗んだ者は、たぶん金として売る。売られて、人の手から手へ渡っていくのが、一番まずい」

「持った者も、見た者も、それで縁ができる。縁ができたら、何があっても逃げなさい」

俺は、正直に言った。

「でも、どこか遠くへ売られたなら、俺たちは関係ないじゃん」

和尚さんは、首を横に振った。

「縁というのは、遠い近いじゃない。お前たちの家は、あれと一番太い縁で結ばれている」

その日の帰り道、従弟は「和尚さん、ボケたんじゃね」と笑った。

俺も一緒に笑った。

笑いながら、なぜか足が速くなっていた。

怖いもの見たさで古い屋敷に踏み込む話を、かみ屋敷という題で読んだことがある。

あの頃の俺たちは、まさにその入口に立っていたのだと思う。

波に兎の欄間

話を、先週の火曜の夜に戻す。

アパートに帰ってからも、あの写真が頭から離れなかった。

俺は、もう一度アプリを開いた。

お気に入りには入れず、履歴から出品ページを探し出した。

閲覧数は、三だった。

出品者のプロフィールを開いてみた。

登録は先月で、評価は一つもなかった。

名前の欄には、ひらがなで、ありふれた名字が一つだけ入っていた。

ほかに出品しているものは、何もなかった。

俺は、金色の像の写真を、もう一度だけ最初から見直した。

像の赤い筋は、首の下で止まっているように見えた。

十年前に和尚さんが見せてくれた古い写真では、たしか胸のあたりまでだったはずだ。

部屋の蛍光灯が、じじ、と小さく鳴った。

そのうちの一つは、たぶん俺だ。

像の顔を見ないようにして、写真を指で広げた。

画素が粗くなって、像の輪郭がにじんでいった。

耳の奥で、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。

背景の、暗い板壁のあたりを拡大していった。

上の端に写り込んでいた欄間の彫りが、画面いっぱいになった。

拡大した写真の隅で、波の上を兎が跳ねていた。

うちの仏間の、あの欄間だった。

耳の片方だけが欠けているところまで、同じだった。

祖父が付け直すときに、脚立から落として欠いた耳だ。

子どもの頃、盆のたびにその欠けた耳を見上げて、兎がかわいそうだと思っていた。

盗まれた像は、どこか遠くへ売られてなどいなかった。

十年のあいだ、あの欄間の真下に戻っていたのだ。

俺は、実家に電話をかけた。

出たのは母だった。

「お父さん? この頃、夜はずっと仏間にいるのよ。あんたからも何か言ってやって」

俺は何も言えず、電話を切った。

押入れの中の音に怯えて一夜を明かす話を、押入れの上の段が空だった宿という題で読んだのを、なぜか思い出していた。

翌朝、出品ページを開くと、表示が「売り切れ」に変わっていた。

画面の中の像は、口の端を、ほんの少しだけ上げていた。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

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