顔の見えない母親

明け方(フリー写真)

あれはまだ自分が4歳の頃、明け方の4時ぐらいの出来事。

明け方と言ってもまだ辺りは暗く、周りはぼんやりとしか見えない。

ふと気付くと俺はベッドの上に立たされていて、母親に怒られていた。

「何であんな事したのっ!」

と怒られているのだが、自分が何をしたのかさっぱり解らない。

それはそうだ。今起きたばかりなんだから。

自分が何をしたのか聞きたいのだが、相手は怒っているし、聞いたら聞いたで更に逆鱗に触れそうだったので、訳も解らず

「ごめんなさい」

と謝っていた。

ひたすら謝っていたのだが、なかなか許してくれない。

嫌な時間というのは長く感じると言うが、流石に子供ながらに1時間ぐらい延々と、

「何であんな事をしたのか?」「どうしてなのか?」「今、何時だと思ってるのか?」

と同じような事で問い詰められるのは辛い。

まあ普段から、うちの母親は怒ると異様にしつこかったりしたので、謝るだけ無駄。

どうせ謝ったって延々と怒るし、謝らなかったら謝らなかったで延々と怒る。

そう言った意識があったので、

『ああ、今日はまた特別機嫌が悪いんだな』

もしくは、

『ああ、俺はそんなに大層な事をしでかしたんだな』

ぐらいにしか思っていなかった。

ところがよくよく考えてみたら、この明け方の4時~5時ぐらいにかけて、延々と母親が怒鳴り散らしているにも関わらず、隣の部屋で寝ているはずの親父が起きて来ない。

それはまあ良いとして、二段ベッドの自分の下で寝ているはずの、2歳の妹が起きて来ない。

起きて来ないはずがないと言うか、寝ていられるはずがないほど俺は怒られているのに、物音一つしない。

そういった事に気付いたら、全てがおかしく思えて来た。

周りの音が無いのだ。

いつもなら気になる時計の音も、そろそろ走り出すであろう車の音も、一切が無い。

あまりにも静か過ぎるのだ。

そして一番納得が行かないのが、母親の異常なしつこさ。

謝っても謝っても許してくれない。

普段であれば、幾らしつこくてもそろそろやめてくれる時間のはずだ。

ここで一番怖い事に気が付いた。

母親の顔を見ていないのだ。

正確には、暗くて見えないのだ。真っ暗の中で怒られてる。

気配と声で母親だと認識していたのだが、確認してはいない。

「何でこんな事したの?」「何時だと思っているの?」「悪いと思ってるの?」

同じような事で延々と怒鳴っている。

この人は本当に母親なのだろうか?

そう思った瞬間、手が飛んで来た。

「ばちっ!」

と叩かれた。

が、その手がおかしい。爪が異様に長いのだ。触られた感触もかなり冷たい。

『母親じゃないっ!』

そう直感した。

母親は爪が薄く弱いため、いつも割れてしまうからという理由から爪は伸ばさない。

当時、まだ若かったであろう母親だが、その理由から爪を伸ばした事は無い。

『誰だ?』と疑問に思ったその時、今まで怒鳴り散らしていた声の質が、伸びたテープのようにいきなりトーンダウンした。

この世のものとは思えない、響くような低い声に変わり、段々言う事もおかしくなって来た。

「何で殺したの?」「どうして殺したの?」「どうして死んだの?」

に変わった。

『やばい、逃げなきゃ』と思ったが、ここは二段ベッドの二階。

相手は二段ベッドの階段付近に立って怒鳴っている。

いや、今は泣きながら訴えている。

今まで怒られていたから動かなかったと思っていた体は、動かそうとしても動かない金縛りに変わっている。

やばい、体が動かないと気付いた時、一段と大きな声ではっきりと、

「悪いと思ってるの?」

と顔を近付けて来た。

その顔は、髪の毛はバサバサで肌は青白く、そして両目が無かった。

そこから俺は、意識が無くなった。

そして気が付いたら昼になっており、同じ状況でベッドの上に立たされ、母親に怒られている。

今回違うのは、ちゃんと周りの音は聞こえているし、何より明るい。

顔がちゃんと見えるのだ。間違い無く怒っているのは母親。

「どうしてあんな事したの?」「何してたの?」「どこ行ってたの?」

と問い詰められている。

今回も今回で、何で怒られてるのか解らなかったが、ちゃんと聞いてみた。俺は何をしたのだと。

そうしたら、

「あんた寝ぼけてたの?」

と話をしてくれた。

昨日の夜中2時頃、まだ起きてリビングに居た両親の前を、すっと俺が通ったらしい。

その時、両親は『トイレに行くのかな?』くらいに思っていたらしいのだが、俺は

「遊びに行って来る」

と、そのまま玄関から出て行ったらしい。

まさか出て行くとは思っていなかったから止める暇が無く、慌てて玄関から出てその辺を探したが見つからなかった。

諦めて家に帰って来て、警察に電話する前に俺のベッドを見たら、俺が寝ていたらしい。

そのまま起こして事情を聞こうとしたが、俺が起きなかったのと、スヤスヤ寝ているし自分たちも疲れていたので、気が付いたら寝ていた。

そのまま朝を迎えたところで、俺の叫び声で起こされたらしい。

訳が解らなかったので結局、

「俺は寝ぼけていたから、何をしていたのか分からない」

と言い訳し、この話は誰にもしていなかったのだが、ここに書いてみた。

やばいのかな? この話。

関連記事

女性のシルエット(フリー素材)

この女になろうと思った

友達が経験した話です。 高校の卒業式に、友人Aは同級生で親友だった男Bに告白された(Aも男)。 Aはショックで混乱しつつも、Bを傷付けないよう丁寧にお断りしたそうだが、Bか…

事件事故

父親が道警勤務で、事件事故は親父の出動の方がニュース速報よりも早い。だから事件事故は「親父の仕事」のイメージが強かったりする。 でも、豊浜トンネルの崩落のときはちょっと違った。 …

アパート

早く早く

かなり昔、私が小学校2、3年の頃の事です。 当時家族でアパートに住んでいたのですが、隣に新婚さん夫婦が引越して来ました。 彼等は二人とも小学校の教師という事で、とても優しく…

死神の生まれ変わり

俺の昔からの友人がよく死体に遭遇する。 中学時代、一緒に海に遊びに行ったら水死体を見つけた。 その時、既に5回も人の死体を見たことがあったそうだ。 まあ、中学生男子は…

ヒサルキの真相

こんな所でヒサユキの名前に会うとは、実際のところ驚いている。 彼女の事について真相を伝えるのは私としても心苦しいが、だがこの様に詮索を続けさせるのは寧ろ彼女にとっても辛いことだろ…

抽象的(フリー素材)

親父の予言

数年前、親父が死んだ。食道静脈瘤破裂で血を吐いて。 最後の数日は血を止めるため、チューブ付きのゴム風船を鼻から食道まで通して膨らませていた。 親父は意識が朦朧としていたが、…

隠された部屋

友人が引っ越しをした。 引っ越し先は築10年の一戸建てで、そこそこの広さもある良い家だった。 だが、家賃が異常なまでに安い。周囲の物件の半分程度しかないのだ。 俺たち…

台湾

混同された記憶

私は現在、仕事の都合で台湾に住んでいます。宿代もかからず、日本からも近いため、友人が時々遊びに来ます。この話は、そんなある時の出来事です。 今年の2月初旬、高校時代からの親友で…

地底世界

小学校2年生の頃の話。 山に囲まれた田舎に住んでいたんだけど、学校の帰り道で知らないおじさんとおばさんが俺に話しかけてきた。 知らない人には付いて行ってはいけないと言われて…

高過ぎる電気代

ある新婚夫婦がマイホームを購入するため不動産屋を訪ねた。 その夫婦は、少し古いが希望に合う物件を見つけることが出来た。 そこは古い和風屋敷の一軒家。値段の割には良い物件。 …