積まれた石の数が合わない

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今でも、積まれた石の数だけは数えるようにしている。

河原でも、峠の道端でも、寺の裏でも。

数えて、合っていれば、それでいい。

合わなかったことが、一度だけある。

その話を書く。

数えるようになったのは、あの夏からだ。

それまでは、石が積んであっても目にも留まらなかった。

いまは、通り過ぎてから引き返すこともある。

積まれた石の数を確かめて、それから歩き出す。

変な癖だと自分でも思う。

ただ、癖でもないと落ち着かない。

今から十年ほど前のことだ。

当時、俺は大学二年で、夏休みに田舎に帰省していた。

俺の田舎は一応観光地ではあったが、地元の人間が遊ぶ場所は少なかった。

夜に遊ぶと言えば、飲み会か、心霊スポットに行くくらいしかない。

退屈な街だと思っていた。

その日は、よく一緒につるんでいたA、B、Cの四人で出かけた。

何をするでもなく、時間だけが余っていた。

言い出したのはBだった。

「心霊スポット、行こうぜ」

当時は心霊映像のDVDが流行っていた。

撮って投稿すれば金になる、という話をBが真に受けていた。

一件だけ行って何も撮れなければ骨折り損だ。

そういう理屈で、その晩は三件回ることになった。

一つ目は、湖の近くにある廃ホテル。

火事があって、宿泊していた人が亡くなったといういわくつきの場所だ。

二つ目は、隠れキリシタンの墓。

江戸時代に禁じられていた信仰を守った人たちの、古い墓だという。

その墓の中で、自ら向こうへ渡った人がいるという話もあった。

三つ目は、山の賽の河原。

恐山と兄弟だと言われる、北海道の南のほうにある霊山だ。

全国に点在する賽の河原の、そのひとつになる。

体験もできて、金にもなる。

そのときは、そう思っていた。

湖のそばの廃ホテル

懐中電灯を四つと、デジタルカメラを一台用意した。

Aの車で、Aが運転、助手席に俺、BとCは後ろの席という並びだ。

A以外は缶を開けていた。

音楽をかけて、一時間半ほど走った。

廃ホテルの付近は、街灯がひとつもない。

月明かりと車のライトだけを頼りに進んでいく。

細い道と、深い森。

その中をライトだけで走るのは、それだけで不気味だった。

正直に言えば、俺はこの時点でかなり怖かった。

着いたのは、十一時を少し過ぎた頃だ。

静まり返った廃ホテルの前に車をつけた。

霧が少し出ていた。

なぜ来たのだろう、と思った。

その空気を変えたのが、Bだった。

「いかにもって感じの場所だな」

Bは、そういう男だった。

場が固まると、必ず一人で騒ぐ。

廃ホテルの中は、火事の跡があって床が抜けている場所もあった。

撮影係の俺は、デジカメを構えながら進んだ。

液晶に映るのは、白い点と黒い面だけだった。

レンズが暗さに追いつかない。

それでも回し続けたのは、金のためというより、手を動かしていたかったからだ。

カメラを構えていると、見ているのは自分ではなく機械だ、という気になる。

それだけで、少し楽になる。

暗すぎて、何が映っているのか全く分からない。

しばらくすると、Cが足を止めた。

玄関だったところに、宿泊者名簿の棚が残っていた。

木の枠だけで、紙は一枚もない。

フロントの奥の壁には、部屋の鍵を掛けるフックが並んでいた。

鍵は全部なくなっている。

フックだけが、等間隔に並んでいた。

その数を、俺は数えなかった。

いま思えば、数えておけばよかった。

「なんか奥の方から声が聞こえないか」

びびらせるなよ、と言いかけた。

だが、Cの顔が本気だった。

俺はみんなに手で合図をした。

全員が止まった。

誰かの懐中電灯が、床の抜けた穴のふちを照らしていた。

その穴から、下の階の暗さが見えている。

音は、その下から上がってきているように聞こえた。

ただ、はっきりとは言えない。

廃墟の中では、音の出どころが分からなくなる。

「…ぅぉぉ…ぉ」

聞こえた。

一気に場の空気が凍りついた。

こういう時、言葉というのは出てこないものらしい。

先頭のBに、帰ろう、と身振りで伝えた。

四人とも無言のまま、聞こえていないふりをして車に向かった。

歩いているあいだに、声の数が増えていることに気づいた。

一つだったものが、二つになり、三つになる。

車に着く頃には、最初とは比べものにならない大きさになっていた。

後ろを向かないようにして、すばやく乗り込んだ。

その瞬間、車の中で音がした。

「ヴォッ…」

Aが急発進させて、その場を離れた。

廃ホテルからだいぶ離れたあたりで、車内はやっと声が出るようになった。

「やばかったな」

「最後の、車の中のやつ」

「聞こえた」

「デジカメ回してたから、家帰ったら見ようぜ」

怖い思いをしたばかりなのに、妙に盛り上がっていた。

いま思えば、あれは笑っていたのではない。

笑わないと、車の中がもたなかっただけだ。

これで帰れる、と思った。

そこでBが言った。

「でも、まだ霊は見てないよな。次もいこうぜ」

「もういいだろ」

「お前ら、びびってんだろ」

AとCがむっとして、行こう、と言った。

俺も、馬鹿にされるのが癪で、ついて行くことにした。

いま思えば、そこで降りればよかった。

降りる理由なら、いくらでもあった。

ただ、四人のうち三人が行くと言うと、残りの一人は行くしかない。

そういう年齢だった。

そういう関係でもあった。

この時点で、ちょうど零時だった。

十字の形の墓

隠れキリシタンの墓に着いたのは、深夜の零時五十分くらいだった。

この場所は、春は桜が綺麗なことで知られている。

ただし夜は街灯がゼロで、林道になる。

門が、まず怖かった。

墓の形も見慣れないものだった。

十字の造りのものや、横に長いもの。

辺りには背の高い木が多く、風が吹くたびにガサガサと鳴る。

そのたびに、肩が跳ねた。

門を入って右のほうには、トイレもあった。

手入れはされているらしい。

それでも、真っ暗な中で見る墓と木の音は、いかにも出そうな雰囲気だった。

さっき怖い思いをしたばかりなのに、Bは車の中でさらに飲んでいた。

着くなり、一人でトイレに入って行った。

根性がある、と思った。

残った三人で、敷地の中をうろうろしていた。

しばらくすると、トイレのほうから声が聞こえた。

「ぎゃーっ」

慌ててそちらへ向かった。

Bの悪ふざけだった。

驚かそうとして、演技をしただけらしい。

Bというのは、そういう男だ。

空気が読めないし、常識もない。

ただ、怖いもの知らずではあった。

こういう夜に、必ず一人は必要な人間ではある。

「確かに不気味だけどさ、さっきよりは全然だな」

「そうだな。珍しい形の墓があるだけだ」

実際、何も起きなかった。

拍子抜けした、という感じだった。

デジカメは、一応回していた。

門を出るとき、Cが足元を照らした。

敷石の脇に、小さな石が三つ積んであった。

誰かが置いていったものだろう。

「こういうの、あちこちにあるな」

「賽の河原にもあるって言うしな」

そのときは、それだけの話だった。

積まれた石の数が問題になるとは、思っていなかった。

「ここも駄目なら、最後の砦、賽の河原いってみっか」

Bがそう言って、俺たちは山へ向かうことになった。

霧の濃い八合目

その山は、登ったことがある人なら分かる。

八合目の付近に駐車場があり、そこまでは車で上がれる。

途中にも地蔵がいくつもあって、昼でも結構不気味だ。

麓には昔、大きな観光施設があった。

金色の仏像と、洋風の石像を並べたような場所だ。

客が来なくて早々に潰れたが、仏像だけは残っていた。

車で山道を上がっていくと、途中に地蔵と、木の看板がある。

看板には何か文字が書かれていた。

車の速さと、辺りの暗さで、何と書いてあるのかは読めなかった。

Cが「なんか書いてあったな」と言い、それきりになった。

駐車場に着いたのは、二時半くらいだったと思う。

この山は標高自体は高くない。

ただ、活火山なので独特のにおいがある。

その匂いと霧のせいか、この日に回った中ではいちばん嫌な感じがした。

そもそも霊山と呼ばれている場所だ。

当たり前といえば当たり前になる。

駐車場に着いても、降りるのが嫌だった。

「まじで行くのか」

「時間も二時って、いかにもって感じだよな」

俺もAもCも、かなり弱気になっていた。

理由はいくつもあった。

地蔵の数が尋常ではない。

霊山というのは、遊びで来る場所ではないのではないか。

賽の河原は、子供に関わる場所だったはずだ。

上る前より、霧が濃くなっている。

そんな中でも、Bだけは余裕だった。

「大丈夫だって。俺がいるから」

なぜ、とは思った。

それでも、その時は心強く見えた。

「こんなのでびびるとか、お前らへたれすぎ」

あまりに煽ってくるので、AとCがむっとした。

「じゃあ、ついてってやるよ」

しょうがないので、俺もついて行くことにした。

少し歩くと、地蔵がずらりと並ぶ一本道に出た。

その脇が、賽の河原だった。

霧が膝の高さに溜まっていた。

懐中電灯を向けると、光の筋がそこで止まる。

足元だけが白く、上のほうは黒い。

地蔵の前掛けが、風もないのに少し揺れていた。

硫黄のにおいが、喉の奥に残る。

誰も、大きな声を出さなくなっていた。

「うわあ、マジであるんだな」

「石、たくさん積まれてるな」

小さな石の塔が、いくつも並んでいた。

手前のひとつを、俺は懐中電灯で照らした。

下から順に、大きい石、少し小さい石、と積み上げてある。

五つだった。

数えたのは、ただの癖だ。

そのときは、意味など無かった。

デジカメも、その塔に向けて一度回している。

「なんだろ、変な気分になってくるな、ここ」

Cがそう言った。

しばらく歩いていると、またBが煽ってきた。

「お前ら、ほんとビビリすぎだよな。たいした事ねーって」

そう言った瞬間、Bは足を出した。

積まれていた石を、蹴って倒した。

石が転がる音が、霧の中に吸い込まれていった。

さすがに俺たちも引いた。

「それはねーだろ」

「なにマジになってんだよ。ださいよ」

俺も頭にきた。

「こういう場所に夜に来てる俺もあれだけど、最低限のルールくらいあるだろ」

「非常識なことするんなら、俺は帰る」

AとCも、これにはついて行けないと言った。

場がしらけて、帰ることになった。

車の中で、Bも少しは懲りたらしい。

「さっきはごめんね。悪乗りしすぎたわ」

酒が入っていたから、ということで、その場は収めた。

そのままAの家に戻って、ゲームでもすることになった。

四回で止まった音

Aの家に着いたのは、三時半くらいだった。

Aも家に着いてから飲み始めた。

サッカーゲームをやりながら、その晩のことを振り返った。

結局、何か起きたのは一件目だけだったな。

お前が怖がりすぎなんだよ。

そんな笑い話をしていた。

すると突然、家の中で音が鳴った。

「バチンッ」

金属がぶつかるような音だった。

結構大きい。

最初は気にしなかった。

今度は、二回鳴った。

「バチン、バチン」

さすがに、何だこの音、という話になった。

ラップ音じゃないのか。

そう言っている内に、三回鳴った。

音だけなので、そこまで怖くはない。

ただ、普段は体験できない類のものだというのは分かった。

「これラップ音だぜ。今三回鳴ったから、次は四回鳴ったりして」

Bがそう言った。

次は、四回鳴った。

Bのテンションが上がった。

「じゃあ次は五回かな」

鳴らなかった。

テレビの実況の声だけが、虚しく流れていた。

静まり返った瞬間、なぜか全員が同時に窓を見た。

窓一面に、大きな男の顔があった。

何とも言えない表情で、こちらを見ている。

人は本当にびびると、意味のある言葉が出ない。

さっきまで余裕だったBも、声を上げた。

四人で布団に包まって、何がなんだか分からないまま怯えていた。

こういう状況で自然に出てくる言葉は、ごめんなさい、だ。

四人でずっと謝り続けた。

ごめんなさい、ごめんなさい、すみません、すみません。

どのくらいそうしていたかは分からない。

気づいたら、鳥の声が聞こえていた。

喉が、からからに渇いていた。

誰かが水を飲みに立とうとして、途中でやめた。

台所は、窓のあるほうだったからだ。

四人とも、朝まで同じ場所から動かなかった。

恐る恐る窓を見ると、外は明るくなっていた。

顔は消えていた。

宿や建物で似たような晩を過ごした話は、押入れの上の段が空だった宿という話でも読んだことがある。

読むと、あの布団の中の匂いまで思い出す。

積まれた石の数

なぜこんなことになったのか、四人で話し合った。

遊び半分で、行ってはいけないところに行ってしまったからだ。

結論はそこに落ち着いた。

明るくなったから、昨夜回った三件に謝りに行こうということになった。

一件ずつ回って、最後に山の賽の河原へ行く順番にした。

眠い目をこすりながら車を出した。

途中、山道の看板の前で、Aが車を停めた。

昨夜、読めなかったあの看板だ。

昼の光の中で見ると、板は思ったより新しかった。

墨で、こう書いてあった。

積まれた石を崩してはいけません。

数が合わなくなります。

誰も何も言わなかった。

Bだけが、板から目を逸らした。

板の下のほうには、古い字で寄進者の名前が並んでいた。

名字が、同じものばかりだ。

この山の麓の家の名前なのだろう。

いちばん端の一行だけ、墨が新しかった。

そこだけ、去年あたりに書き足されたように見えた。

賽の河原に着いたのは、昼の十二時くらいだった。

霧はすっかり晴れていた。

晴れていると、そこはただの石の多い河原にしか見えない。

親子連れが二組、地蔵に手を合わせていた。

売店の前で、犬が寝ていた。

昨夜と同じ場所とは思えない。

それでも、四人とも口数は少なかった。

俺は歩きながら、脇の塔の積まれた石の数を一つずつ数えていた。

三つ、四つ、三つ、五つ。

どれも、崩れてはいなかった。

Bが蹴って倒した塔を元に戻して、それから山に向かって謝る。

そう決めていた。

「お前が倒したのって、どこだよ」

「ああ、覚えてる。こっちだ」

少し歩いて、Bが立ち止まった。

肩が、震えていた。

「どうした」

「倒した石が、元に戻ってる」

俺たちは、その塔を覗き込んだ。

崩れた跡はない。

石は、きちんと下から順に積み上がっていた。

そこで、俺は数えた。

癖だ。

石は五つだったはずなのに、六つ積まれていた。

いちばん上に、平たい石が一枚、新しく載っていた。

その石だけ、まだ湿っていた。

ほかの石は、昼の日でとうに乾いている。

帰ってから、デジカメを確認した。

前の晩に撮った映像には、何も映っていなかった。

映っていないというのは、霊が映っていないという意味ではない。

三件ぶん、全部の映像が消えていた。

電源が落ちていたのだろうと、そのときは思った。

ただ、あの塔を撮った一本だけは、時間の記録が残っていた。

記録だけがあって、中身がない。

数え直せる材料は、そこで無くなった。

四人で山に向かって謝って、それきり、あの山には行っていない。

Bとも、あれから何年も会っていない。

誰が連絡を絶ったというわけでもない。

気づいたら、そうなっていた。

いわくのある場所で数が合わなくなる話は、地下の浴槽だけ焦げていないという話でも読んだ。

あれを読んだ夜も、俺は指を折って数えていた。

いまでも、河原を通ると数えてしまう。

合っていれば、それでいい。

合わなかったときに、どうすればいいのかは、あの看板にも書かれていなかった。

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