開かない踏切
取引先の人から聞いた話。
それは最終電車も通り過ぎた踏切での事。
彼はお得意先のお偉いさんを接待した帰りだった。
付き合いでさほど強くない酒を飲んだ彼は、タクシーに乗り込んで自宅へ向かった。
※
彼の家のすぐ近くには、小さな踏切がある。東京の私鉄が住宅街を通る、よくある踏切の一つだ。
そこに差し掛かった時、踏切が閉まり警告灯が点った。
そして点検用の車両が通り過ぎ、暫くして警告灯が消えた。
でも、棒が上がらない。
時間にしたら1、2分だったと彼は言う。街灯に照らされた踏切は開かなかった。
酔いと睡眠不足から来る苛立ちで、彼は
「ちょっと、俺が上げちゃうから、車通しちゃってよ」
と運ちゃんに声を掛け、踏切に向かった。
そして棒に手を掛け、上に上げようとした。しかしビクともしない。
いや、少しは持ち上がるのだが、ある程度の高さまで上がると、バネ仕掛けのように急に下への力が増す。
※
悪戦苦闘していたら、タクシーのクラクションが聞こえた。
『運ちゃん、苛ついて怒ってるんだ…』
彼はタクシーに向かって振り向いた。
すると、運ちゃんがタクシーから身を乗り出し、凄い勢いで手招きをしている。
彼は『こりゃ、ここで帰るって言いたいんだな…』と解釈し、踏切の棒の下に肩を差し入れて何とか上げようとした。
すると、
「お客さん!」
と運ちゃんの上ずった声。
そっちを見ると、もうタクシーから降りて凄い勢いで手招きをしている。
彼は、
「何? 警察でも来た?」
と言いながら、タクシーの方へ歩いて行った。
運ちゃんは、
「とにかく、乗って、乗って!」
と急かすように言いながら、自分も席に乗り込んだ。
※
「何? マジでお巡りさん? 見られた?」
彼は愛想笑いしながら聞いたそうな。
で、運ちゃんが答えたのが、
「お客さん、見えてなかったんだ…。
いやね、お客さんが踏切に行ったから、てっきり棒にぶら下がってる男の子を注意しに行くんだと思ってたんですよ。
でもね、何も言わないで棒を上げようとしてるでしょ。おかしいなあと…。
そしたらね、その男の子、お客さんの方に近付いて行ったんですよ。
そしたら、影、無いんですよ、その子。
もうね、私ヤバいと思って…。
だってね、お客さんの足を掴もうとしてたんですよ…」
※
今も偶に、夜中にそこを通る事があるそうだ。
でも閉まりっ放しの踏切を見た時は遠回りをして帰る事にしていると、彼は苦笑しながら言った。