為松の竹林

zhuhai-006

昔、うちの近くの山の麓に「為松の竹林」と呼ばれていた場所があった。

文字通り竹林だったらしいが、戦後は住宅地になり、それを知る年寄りももう殆どいない。

竹林になる前、明治・大正の話だけど、そこには為松という人のお屋敷があった。

為松さんは盲目の楽師で、三味線と尺八の名手。

貧しい家の出で、しかも盲目。苦労に苦労を重ねて楽師になったらしい。

しかし、そんな過去を感じさせない、洒落た身なりの知的で優しいお爺さんだった。

為松さんには息子が一人いて、この息子には楽才はなかったが商才があった。

起業して貿易関係で成功し、山の麓に屋敷を建てて老いた父に楽隠居させた。

息子は街で暮らし、この屋敷には為松さんと住み込みの使用人だけが住んでいた。

為松爺さんは三味線を人に教えたりしながら、のどかな余生を送れるはずだった。

息子が四十を過ぎてから、屋敷に若い嫁がやって来た。

女はよく働き、盲目の為松さんの世話も使用人任せにせず進んでやった。

為松さんも献身的なこの嫁を実の娘のように思うようになった。

女は早くに両親を亡くし、天涯孤独だという。

為松さんは自身も苦労人だったせいか、この嫁に同情し、ついには養女にしてしまった。

もうなんとなく先は読めると思うけど、嫁は金目当ての恐ろしい女だったわけ。

偶然か必然か、息子はほどなく事故死した。ビルからの転落で原因は判らない。

女はさっさと夫の会社を売り渡し、不経済だという理由で屋敷の使用人も解雇した。

為松さんが大事にしていた三味線も尺八も、死んだ奥さんの着物も、屋敷にあった金になりそうな物は、全部勝手に売り払ってしまう女だった。

為松爺さんは心痛でみるみる弱り、寝たきりになってしまった。

目も見えないのに使用人はおらず、手の平を返した嫁は爺さんの世話を完全に放棄。

為松さんは食事もろくに与えられず、奥の座敷に閉じ込められ痩せ細っていった。

寝たきりなのに体も拭いてもらえず、粗相した糞尿で悪臭が漂う。

空腹に耐えかねて嫁を呼んでも、「臭い臭い。早く死ね」と怒鳴りつけられた。

近所の人や為松さんの知人が屋敷を訪ねても、嫁は「父は弱っていて誰とも話をしたがらない」と嘘をついて追い返した。

息子が死んで半年も経たないうちに、為松さんも亡くなった。

床擦れした背中の肉は一面腐り落ち、布団から下の畳まで腐汁が染み渡っていた。

生きながら干乾びた為松さんは、飢えと渇きからか喉を掻きむしった姿のまま硬直し、目を見開き真っ黒な口を開け、鬼の形相で死んでいたという。

元気だった頃の穏やかで優しい面差しはどこにも残っていなかった。

財産と屋敷を手に入れた嫁は、為松さんが死んだ奥座敷を壁から畳まで張り替えたが、どういうわけか畳は何度替えてもカビが生えて腐ってしまう。

それもいつも決まって、為松爺さんが寝ていた場所の畳からカビが広がっていく。

女は段々と恐ろしくなって精神を病み、やつれて入院してしまった。

そしてそのまま高熱を出して死んだ。

うわ言で「御免なさい、御免なさい」と謝り続けたが、数日後に喉を掻きむしって目を見開き、為松爺さんと同じ姿で死んだ。

しばらくして為松さんの屋敷は取り壊され、跡地には竹が生い茂った。

妙な風が吹き溜まり、その音が尺八のように聞こえると噂された。

竹林は薄暗く湿っていて、小鳥や犬猫の死骸がよく転がっていた。

この竹林で取った筍を食べた人が、高熱を出して死んだりもした。

「為松の竹林で取った筍や茸は絶対に食べてはいけない」

「子供はあの竹林へ入ってはいけない」

祖父が子供の頃は、親によくそう言われたそうだ。

戦後、その場所は住宅地になり、今はマンションが建っている。

戦争とさらにその後の災害で古くからの住人はいなくなり、そこに竹林があったことなど誰も知らない風情だ。

私も随分前に死んだ祖父から聞いた昔話を、今まですっかり忘れていた。

小学校へ通い出した姪っ子が、妙な話をするまで…。

「みかちゃんのマンション、うさぎ飼えないんだって」

「すぐ死んじゃうマンションだから、ダメなんだって」

以上でこの話は終わりです。

うちは昔からこの近くに住んでいる為松さんの遠縁にあたり、この話も祖父にチラッと聞いたことがあったんだけど、本当に忘れていました。

マンションの住人に話したのはうちじゃないし、どこから漏れたのか判らないけど、今このマンションは地味に騒ぎになっていて、退去した住人も出ているらしいです。

関連記事

村

祟り神

中学生の頃に祖父から聞いた話。 俺の地元の山には神主も居ない古びた神社があるんだが、そこに祀られている神様は所謂「祟り神」というやつで、昔から色々な言い伝えがあった。 大半…

アパートの磨りガラス(フリー写真)

同じ長さの髪の毛

ちょうど一昨年の今ぐらいの時期に起きた出来事。 大学のサークルの友人Aが、 「引っ越しをするので手伝ってくれ」 と言って来た。 お礼に寿司を奢ってくれると言うの…

田舎の風景

白ん坊

このお話の舞台は詳しく言えないけれど、私の父の実家がある場所にまつわるお話。 父の実家はとにかくドが付く程の田舎。集落には両手で数えきれる程しか家がない。 山奥なので土地だ…

悪夢を見せる子守唄

もう時効だと思うから、結婚前に告白する。 うちには代々伝わる「相手に悪夢を見せる子守唄」っていうのがある。 何語か分からないけど、詩吟とかに近い感じで、ラジオ体操の歌ぐらいの短…

竹林

小学校の頃の話です。 おいらが行ってた小学校の側に竹林があって、そこには「怪しい人が出るから行っちゃ駄目です」って言われてたのね。 俺は結局行かずじまいやったんやけど、結構…

きさらぎ駅

98 :名無し:01/08 23:14 気のせいかも知れませんがよろしいですか? 99 :名無し:01/08 23:16 取りあえずどうぞ 100 :名無し:01/08…

宿直の夜

俺は東北の港近くで工場勤めをしていた。 県名は書けないけど、被災地で津波が来たとだけ書いとく。 でも工場は、奇跡的に10〜15センチほど水没しただけだったんだよね。だから1…

女性の肖像画

今朝、鏡を見ていたらふと思い出した事があったので、ここに書きます。 十年くらい前、母と当時中学生くらいだった私の二人でアルバムを見ていた事がありました。 暫くは私のアルバム…

田舎で起きた事件

これは実際に起こった事件にまつわる話。 今から15年前、俺は当時10歳だった。 俺の地元は山形県の中でも更に田舎なところで、ご近所さんはみんな親戚みたいなものだった。 …

田舎の風景(フリー写真)

山のタブー

子供の頃、近所のおじいさんに聞いた話です。 そのおじいさんは若い頃、一度事業に失敗し実家の田舎に帰ったそうです。 実家には持ち山があり、色々謂れがありました。 しかし…