静寂の駅にて

公開日: 異世界に行った話

夜の駅

昔、北陸のとある地域に出張で訪れたときのことです。
私はあらかじめビジネスホテルを予約しておき、そのホテルを拠点にお得意様を順に訪問して回る計画を立てていました。

その日の最後の訪問先で少しお酒をご馳走になり、帰路につくことにしました。

ホテルまでは鈍行列車でおよそ20分の距離。
酔いと疲れが重なっていたせいか、列車内でうとうとしてしまい、はっと目を覚ましたときには、ちょうど降りるはずだった駅に到着していました。

「しまった」と思い立ち上がりましたが、その瞬間にはすでに列車のドアは閉まり、列車は再び走り出していました。

仕方なく、次の駅で降りることにしました。
4、5分ほどして列車が停車したので、急いでホームに降り立ちました。

ところが、周囲を見渡してみると、ホームには私ひとり。
構内放送も人の気配もなく、どこか違和感のある静けさに包まれていました。

ホームの端には掘っ立て小屋のような木造の建物があり、それが駅舎のようでした。
中からは蛍光灯の薄暗い灯りがもれており、そこが無人駅であることを物語っていました。

思えば、私が降りるはずだった前の駅は、特急も停まり、ローカル線とも接続している県内第二の規模の都市。
そこからたった一駅、しかも本線上の駅のはずなのに、目の前に広がるのはまるで別世界のような風景。

駅舎の外に出てみても、あたりは真っ暗。
街灯もほとんど無く、映画のセットのような古い家が数軒、沈黙の中に佇んでいるばかりでした。

店も、コンビニも見当たらない。
まるで時間そのものが止まってしまったかのような場所。

次の列車が来るまでには一時間もありましたが、そのあいだ本当に、恐ろしいほど何の音もしませんでした。
風もなく、人の気配もなく、ただただ静寂が続いていました。

ようやくやって来た列車に乗って、無事ホテルに戻ることができました。
部屋に戻ってから、ふと思い出してその駅周辺の情報と時刻表を調べてみました。

しかし、そこで不思議な事実に気が付きました。
私は一時間も駅で列車を待っていたのに、その間、本来なら特急列車が何本も通過していてもおかしくなかったはずなのです。

また、反対方向の普通列車も通過している時間帯だったはず。
けれど、私がその駅にいた間、通過する音は一度も聞こえませんでした。
本当に、静寂の中に突然、私が乗りたかった列車だけが現れたという印象だったのです。

半年後、偶然にも再びその土地を訪れる機会がありました。
今度は日中に少し時間が取れたため、なんとなくあの駅に立ち寄ってみることにしました。

確かに駅は小さいものでしたが、以前のような木造の駅舎ではなく、鉄筋の構造に変わっていました。
駅には駅員もおり、駅前にはロータリーがあり、小さいながらもコンビニが建っていました。

けれど不思議なことに、その駅舎やコンビニはどちらも、半年で新築されたような雰囲気ではありませんでした。
どちらかといえば、ずっと前からそこに存在していたような、時の経過を感じさせる佇まいだったのです。

あの日の夜、私はいったいどこに降り立っていたのでしょうか。
時が歪み、ほんのわずかにずれた世界に足を踏み入れてしまっていたのではないか――
今でもふと、そんなことを考えるときがあります。

そして時折思うのです。
もしも、あの最後の列車が来なかったら。
もしも、今もあの駅の静寂の中にいたままだったら――

その想像に、今でも背筋がひやりと冷えるのです。

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