土間の履物が一足多い家

土間の履物が一足多い家

兵庫の北のほう、生野から谷をひとつ入ったところに、母の生まれた集落があります。

戸数は、いちばん多かった頃で二十軒ほどだったそうです。

昔は鉱山で持っていた土地でした。

いまは、六軒しか残っていません。

私が小学生だった頃は、夏休みのたびに、そこへ預けられていました。

緑の水

集落の裏手に、細い流れがあります。

その途中に、水が溜まっているところがありました。

大人の背丈より少し広いくらいの、浅い窪みです。

その水が、緑色をしていました。

絵の具のような、濁った緑です。

底に石が沈んでいるのが、うっすら見えました。

祖母は、そこを「みどりの水」と呼んでいました。

祖母の決まりは、はっきりしていました。

覗いてもよい。

手を入れてもよい。

ただし、名前を呼んではいけない。

「誰の名前を」

「誰のでも」

「自分のは」

「いちばんいかん」

私は、意味がわからないまま、それを守っていました。

子どもというのは、理由のない決まりのほうを、案外きちんと守るものです。

三つになるまでの子

もうひとつ、決まりがありました。

三つになるまでの子は、みどりの水に近づけない。

これは、集落のどの家でも同じでした。

三つを過ぎれば、行ってもよい。

なぜ三つなのかは、誰も説明しませんでした。

「昔からや」

祖母は、いつもそう言って終わりにしました。

妹が三つになった年の夏のことです。

私は十五で、高校一年でした。

その年、妹は初めて集落へ連れて行かれました。

母は、三つを過ぎたから大丈夫だと言っていました。

祖母は、何も言いませんでした。

ただ、妹が着いた日の夕方に、土間の履物をぜんぶ並べ直していました。

並べ直したあと、外を向いた一足の位置を、少しだけ動かしました。

それまでは、戸のすぐそばに置いてありました。

その日から、いちばん奥の隅に移されていました。

私は、なぜ動かしたのか聞きませんでした。

聞かないほうがよさそうな空気が、台所のあたりに残っていたからです。

土間の履物

その家の土間には、いつも履物が並んでいました。

長靴、地下足袋、サンダル、下駄。

ほとんどは、鼻緒や爪先を、家の奥のほうへ向けて置いてあります。

土間の履物は、いつも一足だけ、鼻緒を外へ向けて置いてありました。

古い、小さな下駄でした。

子どもの足に合う大きさです。

誰のものかと聞いたことがあります。

「あれは、ええんや」

祖母は、それだけ言いました。

集落のよその家にも、行ったことがあります。

どの家の土間にも、外を向いた履物が一足ありました。

大きさは、家によって違いました。

草履のところもあれば、ゴム長のところもありました。

私はそれを、この土地の作法のようなものだと思っていました。

そういう習わしが残っている集落は、珍しくありません。

ひとつだけ、腑に落ちないことがありました。

その一足だけ、毎朝、泥がついているのです。

雨の降っていない日でもです。

祖母は、それを拭きませんでした。

ほかの履物は、丁寧に土を落として並べる人でした。

「これは、拭かんでええん」

「拭いたら、また汚れるだけや」

「ほかのは拭いとるやん」

「ほかのは、うちのやからな」

その返し方に、私は黙りました。

拭かないのではなく、拭いてはいけないのだと、そのとき初めて思いました。

妹が言い出した晩

着いて三日目の晩でした。

夕食のあと、妹が縁側で足をぶらぶらさせていました。

外は、もう暗くなっていました。

虫の声が、切れ目なく続いていました。

妹が、ふいに言いました。

「みどりのみずのとこ、いった」

母が、箸を止めました。

「いつ?」

「きょう」

「ひとりで?」

「うん」

母は、妹を叱ろうとしました。

祖母が、それを手で止めました。

妹は、続けました。

「まえも、いったことある」

「前?」

「まえ。ずっとまえ」

妹は、この集落に来たのは、その年が初めてです。

母が、そう言いました。

妹は、聞いていませんでした。

縁側の外を見たまま、話しつづけました。

「おっとうが、こどもをつれて、でていった」

私は、背中が冷えました。

三つの子が使う言葉ではありません。

「わたしは、まっとった」

「どこで」

母が、思わず聞きました。

祖母が、また手で止めました。

返事をしてはいけない

妹は、まだ話していました。

「みどりのみずのとこで、まっとった」

「ずっと、まっとった」

「だれも、むかえにこんかった」

声の調子は、いつもの妹のままです。

眠そうな、少し舌っ足らずな声でした。

その声で、そういうことを言うのです。

母は、口を押さえていました。

父は、その夏、仕事で来ていませんでした。

祖母は、返事をしませんでした。

妹のほうを見てもいませんでした。

台所のほうを向いたまま、妹の名前を三度、呼びました。

普通の呼び方ではありません。

一度目は小さく、二度目は少し大きく、三度目はまた小さく。

そういう呼び方でした。

それから、妹の手を引いて、土間に下ろしました。

妹の靴を、履かせました。

裸足のまま家の中を歩いていた子に、家の中で靴を履かせたのです。

そして、玄関の戸を開けて、いったん外に出し、また入れました。

妹は、笑っていました。

遊んでもらっていると思ったのでしょう。

戻ってきたときには、もう前の話はしませんでした。

その晩から、妹はよく縁側にいるようになりました。

ひとりで、何か話しています。

三つの子が、ぬいぐるみ相手にしゃべるのと同じです。

母は、そう思っていました。

私も、そう思おうとしていました。

ただ、妹は、話すたびに間を置くのです。

自分がしゃべって、少し黙って、それからまたしゃべる。

相手の返事を待っている、あの間でした。

一度、何を話しているのか聞いてみました。

「だれとしゃべっとん」

「わからん」

「わからんの?」

「なまえ、いわんもん」

妹は、そう言って、また外を向きました。

祖母が言ったこと

その晩、私は祖母に聞きました。

眠れなかったからです。

「さっきの、なんなん」

「なんも」

「なんで返事せんかったん」

祖母は、湯呑みを置きました。

「返事したら、こっちの数が動く」

「数?」

「うちの子は、何人や」

「二人。俺と、妹」

「そや。動かしたらいかん」

祖母が返事をしなかったのは、返事をすれば数が動くからでした。

私には、それ以上のことは言いませんでした。

そのかわり、履物の話をしてくれました。

外を向けて置いてある一足は、この家の者のものではないのだそうです。

土間の履物は、家の者のぶんは奥を向く。

帰る人のぶんは、外を向く。

外へ向けて置く一足は、うちの誰のものでもありませんでした。

「誰のなん」

「わからん」

「わからんのに、置いとくん」

「置いとかんと、探す」

その言い方が、いちばん怖かったのを覚えています。

常会の名簿

盆の入りに、集落の常会がありました。

公民館に、家ごとの名簿が貼り出されます。

世帯主の名前と、人数が書いてある、簡単なものです。

私は、暇つぶしにそれを眺めていました。

六軒しかないので、すぐ読み終わります。

数えて、あれと思いました。

どの家も、実際に住んでいる人より、一人多いのです。

祖母の家は、祖母ひとりのはずでした。

名簿には、二と書いてありました。

公民館にいた近所のおばさんに、聞いてみました。

その人は、少しも驚きませんでした。

「まちごうてへんよ」

「でも、ばあちゃん、ひとりやろ」

「ひとりやけど、二や」

「なんで」

「減らしたら、あかんのや」

おばさんは、それだけ言って、湯茶の用意に戻りました。

あとで気づいたことがあります。

土間の外向きの履物の大きさは、家によって違っていました。

大きい草履のある家は、年寄りだけの家でした。

小さな下駄のある家は、昔、小さい子のいた家でした。

数は合わせてある。

大きさも、合わせてある。

誰も、そのことを言葉にしませんでした。

名前を呼んだ日

その夏の終わりに、私は決まりを破りました。

高校生の意地のようなものです。

妹があんな話をしたのは、この水のせいだと思っていました。

だから、確かめたかったのです。

夕方、ひとりでみどりの水へ行きました。

蝉の声が、山のほうから降ってきていました。

水面には、木の影が落ちていて、緑が黒に近く見えました。

私は、しゃがんで、自分の名前を言いました。

小さな声でした。

何も起きませんでした。

拍子抜けして、立ち上がりました。

帰り道で、下駄の音がしました。

からん、からん、と、乾いた音です。

集落の道は、そのころもう舗装されていました。

石の上を歩く音ではありません。

私は、走りませんでした。

走ったら追いつかれる気がしたのです。

ふつうに歩いて、家の戸を開けました。

音は、家に入るまでついてきました。

戸を閉めると、止まりました。

その晩、私は熱を出しました。

祖母は、何も聞きませんでした。

ただ、私の靴を土間で履かせて、いったん外へ出し、また入れました。

妹にしたのと、同じことでした。

その翌朝、外を向いた下駄の泥が、いつもより多くついていました。

閉山の年

あとで調べて、わかったことがあります。

その集落の鉱山が止まったのは、明治の終わりでした。

働き口がなくなって、男衆は町へ下りました。

そのとき、子どもを連れて出た家が多かったそうです。

あとに残ったのは、年寄りと、女の人たちでした。

郷土資料館の年表に、そう書いてありました。

妹が言った言葉と、順番が同じでした。

おっとうが、子どもを連れて、出ていった。

そして、待っていた人がいた。

もうひとつ、地図でわかったことがあります。

みどりの水のあるところは、昔の坑口の真上でした。

大正の初めに埋められた、古い入り口です。

埋めても、水は出ます。

坑内の水は、石の成分で緑になることがあるのだそうです。

理屈がついたのに、少しも安心しませんでした。

理屈がついたぶん、あの窪みが、ただの窪みではなくなったからです。

地面の下に、まだ道が残っている。

その入り口に、水が溜まっている。

妹は、その上に立って、まっとった、と言ったのです。

資料館には、閉山の頃の写真も残っていました。

坑口の前に、二十人ほどが並んでいる集合写真です。

裏に、名前が書いてありました。

私は、数えました。

名前は十九、写っているのは二十でした。

いちばん端に、小さな子がひとり立っています。

顔は、日に飛んで白くなっていて、わかりません。

足元だけが、はっきり写っていました。

下駄でした。

受付の方に聞くと、その写真のことは記録がないと言われました。

「誰かの子でしょうねえ」

「名前が足りないんですが」

「昔は、そういうのは多いんですよ」

そう言われて、私は引き下がりました。

引き下がるしかありませんでした。

ただ、その日から、写真の端の足元が、ときどき頭に浮かびます。

祖母が最後に言ったこと

祖母が入院したのは、私が三十になった年でした。

見舞いに行くと、集落の話ばかりしました。

誰がどこへ嫁いだとか、どの畑が荒れたとか、そんな話です。

一度だけ、あの話に触れました。

「ばあちゃん、あの下駄、どうしたん」

「置いてある」

「誰もおらんのに」

「おらんことにしたら、探しにくるやろ」

「探しにくる、って」

「うちが子どもの頃にな、一軒だけ、片づけた家があったんや」

祖母は、そこで少し黙りました。

「その家、次の年に、三人になっとった」

「三人?」

「二人しかおらんかった家がな」

私は、それ以上聞けませんでした。

祖母は、天井を見たまま、こう続けました。

「多いぶんには、ええんや。合うとる」

「合うとる」というのが、何と何のことなのかは、わかりませんでした。

聞かないまま、祖母は旅立ちました。

数え直せない

妹は、いま三十を過ぎました。

あの夏のことは、まったく覚えていません。

話しても、笑うだけです。

祖母は、十年ほど前に旅立ちました。

家は空き家になり、去年、取り壊されました。

解体のとき、土間から古い下駄が出てきたと、母が言っていました。

片方だけだったそうです。

もう片方が、どこへ行ったのかはわかりません。

解体の前に、私は一度だけ集落へ戻りました。

六軒のうち、住んでいるのは三軒になっていました。

みどりの水は、まだありました。

色は、記憶より薄くなっていました。

柵ができていて、近寄れません。

危険だから、と書いた看板が立っていました。

誰が立てたのかは、書いてありませんでした。

残っている家の土間を、外から覗きました。

どの家にも、外を向いた履物が一足ありました。

三軒とも、変わっていませんでした。

公民館の名簿は、もう貼っていませんでした。

集落の作法や、数の話については、三つ数えてから答える集落にも、似た決まりが出てきます。

いなくなった人が、書類の上だけ残る例としては、無人の里に届く出生届のほうが近いかもしれません。

玄関の靴

私はいま、大阪のマンションに住んでいます。

家族は三人です。

玄関は狭く、靴はいつも二、三足しか出していません。

それでも、朝、玄関を出るときに、ふと足が止まることがあります。

数が、合わない気がするのです。

数え直せばいいだけの話です。

ですが、私は数えません。

数えて、合ってしまったら困る。

合わなかったら、もっと困る。

祖母が言った「数が動く」というのが、そういう意味だったのかどうかは、いまも聞けずにいます。

去年、下の子が三つになりました。

その年の夏、妻が実家へ連れて帰ると言い出しました。

私は、行くなとは言えませんでした。

理由を説明できないからです。

説明しようとすると、自分でもおかしなことを言っている気になります。

結局、三人で行きました。

何も起きませんでした。

当たり前です。

妻の実家は、あの集落とは何の関係もありません。

それでも、帰る前の晩に、私は玄関の靴を一足、外へ向けて置きました。

朝、妻が向きを直していました。

私は、また外へ向けました。

何も言われませんでした。

ただ、うちの玄関にも、一足だけ、外を向いた靴があります。

妻が置いたのではありません。

私が、いつのまにか、そうしていました。

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