鳴らない七枚目の板

鳴らない七枚目の板

踏んでも鳴らない板

あのヒュッテの廊下には、踏んでも鳴らない板が一枚だけありました。

玄関から数えて、七枚目です。

他の板は、どこを踏んでも、きい、と鳴りました。

築何十年か分からない、古い建物でしたから。

けれど七枚目だけは、体重をかけても、うんともすんとも言いません。

そういう板があること自体は、別に、珍しくもない話です。

ただ、あそこでは、それに名前がついていました。

平成六年の夏の話です。

こうして書いてみると、たいして怖い話でもないのかもしれません。

ただ、私にとっては、今でも忘れられないひと晩なのです。

乗鞍の麓の夏合宿

私は大学で、山岳部に入っていました。

夏になると、毎年、岐阜の乗鞍の麓にある古いヒュッテを借りて、二週間の合宿をしました。

部の先輩の親戚が管理しているとかで、格安で貸してもらえたのです。

朝は四時に起きて、稜線まで上がって、昼過ぎに下りてくる。

夕方はテントの張り方や、地図の読み方をやり直す。

夜は、安い酒を飲んで、くだらない話で笑い転げました。

若くて、体力だけはありあまっていました。

あの頃は、何もかもがずっと続くものだと思っていました。

その年は、一年生がたくさん入ってきた、にぎやかな夏でした。

中でも、北原はいちばんのムードメーカーでした。

登りはいちばん遅いのに、いつも誰かを笑わせていました。

後輩なのに、私はあいつのことが妙に気に入っていました。

あそこは外の人が立つところだ

合宿の初日、管理人の伊沢さんが、決まりごとを二つ言いました。

ひとつは、霧が出た晩は、玄関の戸を細く開けておくこと。

「閉め切ると、道が分からんくなる」

誰が、とは言いませんでした。

もうひとつが、廊下の七枚目の板のことでした。

「鳴らん板は踏むな」

私は、単に建て付けが弱いのだと思って聞いていました。

「なんでですか」

そう聞いた一年生に、伊沢さんは同じ調子で答えました。

「あそこは、外の人が立つところだ」

それ以上の説明はありませんでした。

私たちは、山小屋にありがちな言い伝えだろう、と笑いました。

実際、それから十日ほど、誰も気に留めませんでした。

霧の日に一人戻らなかった

合宿も終わりに近い、八月の十八日でした。

その日は、朝から谷筋に霧がたまっていました。

山の霧は、下からせり上がってきます。

気がつくと、三メートル先の背中が見えなくなる。

顧問の判断で、その日の行程は途中で打ち切りになりました。

下りは、二班に分かれて、時間差で下ることになりました。

後ろの班に、北原がいました。

ヒュッテに戻って人数を数えたとき、一人足りませんでした。

後ろの班の最後尾が、途中の分岐で人影を見失ったと言いました。

すぐに顧問と上級生で、上へ戻りました。

けれど、霧の中の捜索は、ほとんど声だけが頼りです。

名前を呼んで、返事を待って、また呼ぶ。

それを、暗くなるまで繰り返しました。

その日のうちに、北原は見つかりませんでした。

夜になって、地元の山岳会の人たちが上がってくれることになりました。

ヒュッテの中は、静まり返っていました。

泣いている一年生も、呆然としている者もいました。

私たち上級生も、どうしていいか分かりませんでした。

ただ、玄関の戸を細く開けたまま、外の白い闇を見ているしかできませんでした。

先輩、頼みますよ

その晩、私はなかなか寝つけませんでした。

夜中に喉が渇いて、寝袋から出ました。

水を飲みに、台所へ行こうとしたのです。

廊下は、豆電球ひとつの薄暗がりでした。

板張りが、足の裏でひやりと冷たかったのを覚えています。

外では、霧が動く気配だけがしていました。

虫の声もありませんでした。

その廊下の、玄関のほうに。

誰かが、ぼんやりと立っていました。

北原でした。

こちらを向いて。

いつもの、練習用のヤッケのままで。

私は、寝ぼけていて、何もおかしいとは思いませんでした。

「なんだ、北原か」

「戻ったのか」

そう声をかけました。

北原は、いつものように、ぺこりと頭を下げました。

そして、こう言いました。

「先輩。俺のザックの底、頼みますよ」

私は、寝ぼけまなこで聞き返しました。

「は。お前、何言ってんだ」

声は、確かに北原の声でした。

口調も、いつものあいつそのものでした。

北原は、もう一度、同じことを繰り返しました。

「置いてったザックのほうです。底、お願いします」

そして、また深く頭を下げて。

すうっと、部屋のほうへ歩いていきました。

足音は、まったく聞こえませんでした。

私は、それすら、別に気に留めませんでした。

寝ぼけていた、としか言いようがありません。

台所で気づいたこと

台所で、私はコップに水を汲みました。

飲み干した、そのときです。

背筋が、すうっと冷たくなりました。

北原は。

あの北原は、今日の昼から、まだ山の上にいるはずでした。

この目で、捜索から下りてきたばかりでした。

誰も、あいつを連れて帰ってはいません。

私はコップを持ったまま、廊下に戻りました。

そこには、もう誰もいませんでした。

豆電球が、じじ、と小さく音を立てました。

そのとき、私は自分が立っている場所に気づきました。

玄関から、七枚目でした。

私は、そこを踏んでいました。

あわてて足をずらすと、隣の板が、きい、と鳴りました。

七枚目は、私が乗っても、やはり鳴りませんでした。

鳴らない板の上に立っていたから、足音がしなかったのです。

私は、逃げるように寝袋に戻りました。

その晩は、とうとう一睡もできませんでした。

まだ夜を越している途中

北原が見つかったのは、翌朝の八時過ぎでした。

本来の道から二つ外れた、沢筋の岩の陰にいたそうです。

雨具にくるまって、体を丸めていました。

体温がかなり下がっていて、意識がありませんでした。

ヘリコプターで下ろされて、そのまま松本の病院へ運ばれました。

山岳会の人が、あとで教えてくれました。

「あの子はな、朝まで、ずっと起きとったと思うよ」

「岩に、爪でこすった跡が残っとった」

私は、そのとき、はじめて息が詰まりました。

あの晩、廊下に立っていた北原は、まだ山で夜を越している途中でした。

私が水を飲んでいたその時刻に、あいつは霧の中で、一人で起きていたのです。

伊沢さんの言葉の意味が、そこでようやく分かった気がしました。

あそこは、外の人が立つところだ。

外にいる者が、内に用があるとき、あの一枚に立つのだと。

だから、鳴らないのです。

床が、その重さを数えないからです。

宿帳に書き足された一文字

荷物をまとめ終えた日の夕方、私は伊沢さんに、あの晩のことを話しました。

誰にも言えずにいたのですが、その人にだけは、聞いてみたかったのです。

伊沢さんは、驚きませんでした。

ただ、囲炉裏の灰を、火箸で二度ならしました。

それから、奥の棚から古いノートを持ってきました。

宿帳とは別の、天気を書きつけるだけのノートでした。

昭和四十年代の日付から、びっしりと続いています。

晴、曇、雨、風。

そのあいだに、時々「霧」とだけ書かれた日がありました。

霧の日の欄には、必ず同じ書き足しがありました。

「戸 細く」

戸を細く開けた、という意味です。

そして、そのうちの四つの年だけ、さらに一文字が足してありました。

「七」

私は、ページをめくる手を止めました。

「七っていうのは」

「立った年だ」

伊沢さんは、それだけ言いました。

四つの年のうち、二つには、名前らしいものが小さく添えてありました。

どちらも、山で一晩を越した人だったそうです。

二人とも、翌朝には見つかっています。

残りの二つには、名前がありませんでした。

「書かんかった年もある」

それ以上、伊沢さんは説明しませんでした。

帰りぎわに、私は板のことを聞きました。

七枚目だけ、なぜ鳴らないのか。

伊沢さんは、廊下を指さして言いました。

「見てみろ。あそこだけ、木目が逆だ」

しゃがんで見ると、確かに、七枚目だけ年輪の向きが逆に張ってありました。

前後の板は、玄関に向かって流れています。

七枚目だけが、奥に向かって流れていました。

「ゆがみが逆に出るから、乾いても反らん」

「反らんから、鳴らん」

つまり、偶然ではなかったのです。

誰かが、わざとそう張ったのです。

「鳴らんように張ったんだ」

伊沢さんは、そう言いました。

私は、それを聞いて、かえって落ち着かなくなりました。

鳴らないようにするというのは、来る側への配慮です。

この建物は、外から来る者のために、一枚だけ足場を用意してあるということでした。

ザックの底から出てきたもの

北原の意識は、それから戻りませんでした。

一週間経っても、二週間経っても、同じでした。

合宿は途中で切り上げになりました。

両親が荷物を引き取りに来ることになり、私たち上級生は、その前に荷物をまとめる役を頼まれました。

私は北原の担当になりました。

あいつの汗の匂いが残るシャツをたたむのは、正直、こたえました。

棚の上には、飲みかけのスポーツドリンクがそのままになっていました。

畳んだ服や装備を、段ボールに詰めていきます。

そのとき、あの晩の言葉を思い出しました。

置いてったザックのほうです。

北原は、行動用の小さいザックを背負って山へ行き、大きいほうをヒュッテに置いていました。

私は、部屋の隅のそれを手に取りました。

そして、いちばん底を探ってみました。

なぜだか、胸がどきどきと鳴りました。

底から出てきたのは、まず、数冊の雑誌でした。

男の学生が、親には見られたくない類のものです。

私は、思わず一人で笑ってしまいました。

こんなときなのに笑ってしまって、北原に悪い気がしました。

「なんだ、これか」

いかにも、あいつらしいと思いました。

それで、わざわざ枕元に立ったのか、と。

そう思うと、なんだかおかしくて、少しだけ泣けてきました。

けれど、底から出てきたのは、それだけではありませんでした。

雑誌の、さらに下に。

古い菓子の缶が、ひとつ隠してありました。

ガムテープで、ぐるぐると厳重に封がしてあります。

雑誌より、よほど大事に隠してある。

私は、そっとその封をはがしました。

預かっていただけの手紙

缶の中には、何通もの手紙が入っていました。

差出人は、女性の名前でした。

それと、一枚の写真。

北原と、北原よりいくつも年上に見える女性が写っていました。

二人とも、はにかむように笑っていました。

手紙を、少しだけ読ませてもらいました。

その人は、大学の近くの定食屋で働いているようでした。

北原とは、三年越しの付き合いらしいと分かりました。

北原の親は、古い考えの厳しい人たちだったようです。

年の離れた相手は認めない、と反対されていたことも、手紙の端々から見えてきました。

それでも二人は、こっそりと付き合いを続けていたのです。

「卒業したら、必ず紹介する」

「それまで、待っていてほしい」

そういう約束が、若いまっすぐな文字で綴られていました。

読んでいるうちに、私の目もすっかりかすんでしまいました。

缶のいちばん下に、封筒がもう一通ありました。

それだけは、糊で閉じてあって、切手まで貼ってありました。

宛名は、あの女性の名前でした。

消印はありません。

出せていなかったのです。

手紙の中の一節を、私は今でも覚えています。

北原は、彼女に、こう書いていました。

「この手紙は全部、あんたが書いたもんやから、俺は預かってるだけです」

「いつか、まとめて返します」

私は、そこで、あいつが何を頼みに来たのかを理解しました。

親に見られたくなかったのではありません。

返したかったのです。

自分が持っているだけで、あの人のものになっていない言葉を。

投函した日のこと

私は、雑誌のほうは自分の荷物に紛れ込ませて、あとで一人で処分しました。

手紙と写真は、缶ごと、その人のところへ送りました。

切手の貼ってあった封筒だけは、別にして、麓の郵便局の赤いポストに入れました。

投函口の蓋が、ことん、と鳴りました。

その音を、なぜかよく覚えています。

ひと月ほどして、私は松本の病院へ見舞いに行きました。

病室の前の椅子に、女の人が座っていました。

写真の人でした。

膝の上に、缶を抱えていました。

私は、何も言えずに会釈だけしました。

その人も、会釈を返しました。

「あの子、字が下手なんです」

その人は、缶を見たまま、そう言いました。

それから、少し笑いました。

私も、笑いました。

今も踏めない一枚

北原の意識は、あれから戻っていません。

もう、三十年になります。

あの人は、今も月に一度、病院へ通っているそうです。

ヒュッテは、五年ほど前に建て替えられました。

新しくなった玄関の廊下を、私は一度だけ歩きました。

七枚目を、そっと踏んでみました。

きい、と鳴りました。

ほっとしたはずなのに、私はその場で、しばらく動けませんでした。

鳴るということは、外の人が立つ場所が、どこかへ移ったということだからです。

伊沢さんは、もう亡くなっていて、聞くこともできません。

こうして書いてみると、やはり、たいして怖くはないですね。

誰かを呪うわけでも、追いかけてくるわけでもない。

ただ、頼みごとをしに来ただけの後輩の話です。

ただ。

あの暗い廊下で、山にいるはずの北原に、ぺこりと頭を下げられた、あの瞬間だけは。

さすがに、少しだけ怖かったです。

いや、正直に言えば、腰が抜けるほど怖かった。

似たような、土地の決まりごとが人を守っていた話としては、戻り叩きと五十二段の石段があります。

怖い思いのわりに、思い返すとどこか可笑しい話という点では、金縛りの首に降ってきたもっさも、あわせて読んでみてください。

北原。

お前の頼みは、ちゃんと聞いておいたぞ。

親父さんにも、おふくろさんにも、何も知られちゃいない。

あの人には、ちゃんと返しておいた。

だから、もう心配するな。

雑誌のほうも、俺が始末しておいたからな。

まったく、世話の焼ける後輩だよ。

それから、もう霧の日に、一人で下りるんじゃないぞ。

次に頼みごとがあるときは、鳴る板の上に立ってくれ。

そのほうが、こっちも、すぐ気がつくから。

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