ゲームソフトと母子の最期

消えたゲームソフト

約10年前のことです。

私は地元のゲームショップでアルバイトをしていました。

ある晩、閉店間際の静かな時間帯に、突然ひとりの年配の女性が店に駆け込んできました。

年の頃は60歳前後。腕には大きなダンボール箱を抱えており、表情は驚くほど険しく、目はどこか切羽詰まっているようでした。

「お金なんていらないから、これ全部引き取ってちょうだい!」

そう言い残すと、女性は私たちの返事を待つこともなく、逃げるように店を後にしました。

驚いた私と店長は、ただ呆然とその場に立ち尽くしました。

そのダンボールには、かなりの量のゲームソフトが入っていました。

中には発売されたばかりの新品ソフトも含まれており、思わず「本当に引き取っていいのか」と声をかけようとしましたが、その暇も与えられませんでした。

店長は、女性が店の常連だったことを思い出しました。

以前から頻繁に来店し、ゲームを買っていく静かな人だったと言います。

しかし、今回はあまりに異様な様子で現れたことから、彼は不気味がってダンボールに触ろうともしませんでした。

私も正直、触れるのが怖くて、二人で押し付け合うような形になってしまいました。

結局、その日は閉店時間となり、「ソフトの内容確認は明日しよう」という話になり、箱はそのままレジ台の上に置かれました。

翌日、出勤した私は驚くことになります。

あのダンボールごと、ゲームソフトはすっかり姿を消していたのです。

店長も「何も見ていないし、誰も開店前には入っていない」と首を傾げるばかりでした。

「こういうのには、あまり関わらないほうがいいよ」

店長はそう言い残し、件のソフトの話はそれきり店内でもタブーになりました。

しかし、その数日後、地元を大きく揺るがす出来事が起こります。

ニュースで報じられたのは、あの女性の訃報でした。

自宅で首を吊って亡くなっていたそうです。

さらに衝撃的だったのは、家の中から息子の遺体が発見されたという事実でした。

息子は引きこもりだったとのことで、死因は他殺。死亡推定時刻は数日前、つまりあのダンボールが持ち込まれた日と重なっていたのです。

あの日、彼女はなぜゲームソフトを「お金はいらないから」とまで言って手放そうとしたのか。

あの大量のゲームは、もしかして息子の部屋にあった彼の「世界」そのものだったのではないか。

そして、あのダンボールが忽然と姿を消した理由は何だったのか。

すべてが未解決のまま、答えは今も闇の中です。

それでも、あの日の彼女の目の色と、レジ台に残された空気の冷たさだけは、今も忘れられません。

時折、店で棚を整理していると、ふとあの時のダンボールがどこかに隠れているのではないかという錯覚に襲われます。

誰も知らない場所へと運ばれた、誰かの「人生」が詰まった箱。

その重みは、今も胸の奥に残っています。

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