頼もしい親父

公開日: ほんのり怖い話 | 心霊体験

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親父が若かった頃、就職が決まり新築のアパートを借りたらしい。

バイトしていた材木店のトラックを借り、今まで住んでいたボロアパートから後輩に頼んで引越しをした。

特に大きい物は無かったので、荷解きはそんなに時間はかからなかった。

後輩は部屋に着いた頃から顔が真っ青で、明らかに体調が悪そうだったのでバイト代数千円を握らせその日は帰したそうな。

その夜、引越しの疲れで早々と床についたのだが、深夜に「ボソボソ…」と何か語りかけてくるような声が聞こえて目が覚めた。

親父が一番早く引越しをしたので他の部屋にはまだ誰も住んでおらず、隣人の声ではなかった。

電気を点け、外を見渡しても静かな深夜の住宅街。酔っ払いも歩いてはいなかった。

気のせいにして再び床に就くと、寝入り始めた頃にまた「ボソボソ…」と声がする。

家鳴りや風の音が人の話している音に聞こえるに違いない。

そう思おうとしたが、やはり建物の中で誰かが話しているようだた。

もしや間抜けな泥棒が隣の空室に忍び込んだのかと思い、壁に耳を当てて聞き耳をたてる。

何も聞こえない。人の気配は無い。明日も早いし気のせいだ、寝ようと思った矢先、反対の耳から「ボソボソ…」と声が聞こえた。

振り返っても当然誰もいない。

イライラしてきた親父は、原因を突き止めようと両隣の部屋、上階、全ての部屋をノックして回ったそうだ。

結果、やはり親父以外はまだ越してきていない。

引越しの疲れだと思い、部屋に戻るととんでもない光景が目に入った。

キッチンの排水から白い手が伸びている。

今まさにそこから這い出ようとせんばかりに。

思わず叫んで逃げ出しそうになったがグッと堪える。

目を凝らして見ていると、何かを探しているような手つきでパタパタとキッチンを這い回り、暫らくするとスーっと排水口に飲まれて行った。

体中から汗が噴出したが、ここで逃げたら俺の負けと思い、キッチンの蛇口を開き水を思い切り流したそうだ。

当然、細い配水管に人など入っている訳もなく、何の異常もなく流れる排水。

シンク下の収納も開けてみたが、もちろん誰もいない。

これは幽霊。見間違えでは無いし、特有の嫌な感じもした。

子供の頃から嫌なモノは見たし、怖い思いも何度もした。

逃げるのもいいが、それでいいのか? 敷金礼金は返って来るのか?

これは立ち向かわなければならない現実じゃないか?

そう考えた親父。我が父ながら頼もしい。

おもむろに排水口に顔を寄せ、

「二度と出てくるな!テメー俺が死んだら追っかけまわすぞ!!」

深夜にも関わらず思い切り怒鳴ったらしい。排水口に向かって。

気が済んだ親父はバカらしくなって布団に入ったそうだ。

命までは取られない、幽霊ごときに殺される訳がない。

その後、何事もなく朝を迎え材木店にトラックを返しに行くと、後輩が昨日と同じく真っ青な顔して、何か言いたげにしていた。

理由を聞くと、こうだ。

部屋に入った瞬間、物凄く嫌な感じがして、その方向を見るとキッチンから白い手が生えていたとの事。

時々変なのを見るけど、あんなに気持ち悪いのは初めてだった。

折角の新居でそんなモノを見たと言ったら気を悪くするだろうから言えませんでした。

それから親父の脅しが効いたのか何事も無かったそうだけど、2年くらいで転勤となり部屋を出ることになった。

最後の日、部屋から出ようとすると背後に妙な気配が。

あー、また出たか…憑いてくるなよ、と思いつつ怖いもの見たさで振り向くと、例の白い手が排水口の所から手を振っていたそうです。

シュールな光景ですが、親父も手を振り返したそうな…。

さすがに最後のこれは作りだと思いましたが、親父ならやりかねないので余談までに書き留めておきます。

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