シャッター街の灯り

静かなアーケードの夜

フリーランスで写真を撮っている。主にウェブメディア向けの撮影で、店舗や風景のカットが多い。

去年の秋、あるローカル情報誌から「地方の商店街を撮ってほしい」という依頼が来た。昔ながらの風情が残る通りを特集するらしく、できれば夜の雰囲気も押さえてほしいとのことだった。

指定されたのは、県北にある古い商店街だった。事前にストリートビューで見た限りでは、大半の店がシャッターを下ろしていて、いわゆるシャッター街というやつだった。全長三百メートルほどのアーケードの中に、営業しているのは精肉店と薬局と理容室くらい。それでも天井のアーチや石畳の路面に昭和の名残があって、撮り甲斐はありそうだった。

十月の半ば、金曜日の夜に現地に入った。まず日没前に全体を撮り、暗くなってから夜景に切り替える段取りだった。

夕方の撮影は順調だった。商店街の端にある精肉店の店主が「珍しいね、こんなとこ撮るの」と話しかけてきて、コロッケをひとつ包んでくれた。六時には薬局も理容室も閉まり、通りには私しかいなくなった。

アーケードの外灯はまだ生きていて、オレンジ色の光が石畳に落ちている。三脚を据えて、長時間露光でアーケードの奥行きを撮った。ファインダーを覗きながら、左右に並ぶシャッターの列を確認する。すべて閉まっている。当然のことだ。

三十分ほど撮影して、カメラの背面モニターで画像を確認した時、少しだけ違和感があった。

アーケードの中ほど、左側に並ぶシャッターのひとつが、わずかに明るく見える。長時間露光のせいかと思い、同じ構図でもう一枚撮った。確認すると、やはりそのシャッターだけ、内側から光が漏れているように写っている。

カメラから目を離し、肉眼でそのシャッターを見た。暗い。何の光もない。外灯の反射がたまたまそう写っただけだろうと思い、気にせず撮影を続けた。

翌日、ホテルに戻ってパソコンで画像を確認した。昼間のカットは問題なかった。夜のカットも概ね良好だったが、やはりあのシャッターだけが妙だった。

拡大してみると、シャッターの隙間から橙色の光が細く漏れている。それだけなら外灯の反射で説明がつく。だが、二枚目の写真を拡大した時、光の中にぼんやりと何かの輪郭があった。

人の形には見えなかった。もっと曖昧な、棚か家具のようなものが、光の向こうに透けて見えるような気がした。閉まったシャッターの内側に、まだ商品が並んでいるかのような。

気になったが、締め切りも近かったので、そのカットは使わずに納品した。

情報誌の担当者から追加撮影の依頼が来たのは、十一月に入ってからだった。「もう少し夜のカットが欲しい」とのことで、同じ商店街に再び出向いた。

二度目の撮影は、土曜日の夜だった。前回と同じようにアーケードの中を歩き、三脚を立てた。外灯はやはりオレンジ色で、石畳をぼんやりと照らしている。

今度は最初から、あのシャッターを意識して撮った。肉眼では暗い。何の光もない。だがカメラを向けて撮影し、背面モニターで確認すると、やはり光が写っている。前回よりも、少しだけ明るくなっている気がした。

何枚か撮り、拡大してみた。

光の中の輪郭が、前回よりはっきりしていた。棚のようなものが並び、その上に小さな物体がいくつか載っている。瓶のようにも見えるし、人形のようにも見える。まるで、店が営業していた頃の姿がそのまま残っているようだった。

そしてその奥に、何かが立っていた。

縦に細長い影で、棚の間にちょうど人ひとり分の隙間があり、そこに収まるように立っている。ただ、頭の部分がやけに小さく、腕に見える部分が長すぎる。人だとしたら、ずいぶん奇妙な体型だった。

私はカメラから目を離して、もう一度シャッターを肉眼で見た。暗い。音もない。シャッターの下端と地面の隙間に手を翳してみたが、光も風も感じなかった。

帰りの車の中で、なぜか手が震えていた。特別怖いものを見たわけではない。ただカメラのモニターに映った、あの細長い影のことが頭から離れなかった。

ホテルでパソコンに取り込み、あのシャッター付近を一枚ずつ拡大していった。撮影順に並べると、七枚のうち最初の一枚目では影は棚の奥にいた。二枚目ではやや手前に。三枚目ではさらに手前に。

七枚目で、影はシャッターのすぐ内側に立っていた。

指がトラックパッドの上で止まった。七枚の撮影時間は、最初から最後まで十五分ほどだ。その十五分の間に、シャッターの内側の影は、店の奥から入口まで移動していた。

翌朝、もう一度商店街に行った。昼間のアーケードは穏やかで、精肉店の店主がまたコロッケを包んでくれた。

私はさりげなく、あのシャッターの店のことを聞いてみた。

「ああ、そこ。靴屋だったんだよ」と店主は言った。「もう十五年くらい前に閉めてね。おばあちゃんが一人でやってた店なんだけど、亡くなってからずっとそのままだ」

少し間があって、店主はこう付け加えた。

「あのおばあちゃん、最後まで店を閉めたがらなかったんだよ。体がもう動かなくなっても、毎朝シャッターを開けようとしてたって、近所の人が言ってた」

追加の夜間カットは別の構図で撮り直して納品した。あのシャッター付近の写真はすべて削除した。

ただ、消す前に最後の一枚をもう一度だけ拡大した時、シャッターのすぐ内側に立つ影の足元に、小さな四角い物体が並んでいるのが見えた。靴箱だったのかもしれない。

影は、シャッターの内側からこちらを向いて立っていた。まるで、朝になったらシャッターを上げるのを待っているかのように。

あの商店街には、それ以降行っていない。

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