当世話
公開日: 怖い話
俺の実家のある地区では『当世話(とうぜわ)』と呼ばれるシステムがあり、それに当たった家は一年間、地区の管理を任される。
今年はその当世話がうちで、祭事に使う御社の掃除を夏に一度しなければならないので、おばあちゃんと俺で山に登って掃除に行った(掃除道具を担いだおばあちゃんを、俺が背負って登った)。
御社に来るのは十年ぶりだった(地区の行事をサボる子どもだったので)。
※
懐かしくて御社の周りをうろうろしていると、幹が妙に括れた大木があった。
「おばあちゃん。そういやこの木って、どうしてこんななの?」
昔からこんなだった記憶が残っている。
「あぁ…そういえば話したことなかったな。掃除しながら話してやろうか」
「面白い話?」
おばあちゃんが担いでいたカゴから掃除道具を出しながらそう聞くと、おばあちゃんは口を横に広げてニヤリと笑った。
「さぁな。ずーっと昔、このへんを治めてた殿様の名前は知ってるだろ」
もちろん知っている。誰でも知ってるような有名な人だ。
「ある時な、その殿様の家来だって言う男がこの村に来た。
村人は当然のようにその家来を持て成して、村で一番高い位置にあるこの社に泊めてやったんだ。
だけどな、そのうち気付いた。その家来が偽者だってな。殿様との戦に破れた国の兵だったんだ」
「落ち武者ってやつ?」
「『殿様の敵兵を持て成したなんてぇのが知られたらどうなるか』と村人は怯えてな。その敵兵を殺すことにした。
酒を沢山飲ませてよ、酔っ払わせてな、あの木の前で殺したんだ」
例の幹が括れた大木を指差す。
「『敵の残党をやっつけたことを上に褒めてもらえるかもしれねぇ』って、首だけ残すことになってよ。
よく研いだカマで首を切ったが、どうしても切れなくてよ。
それで、今度は鉈を持って来て一気に振り下ろしてな、首を切ったんだ。
そしたら、その首はどうしてかポーンと宙を舞って、あの木の幹が二股に分かれたところに乗っかった。
『これはいけねぇ』ってよ、男衆が木によじ登ろうとしたんだが、首から垂れた血ですべって登れない。
なら長い棒で突いて落とそうとしたんだが、どういう訳か落ちやしねぇ。
『うまく嵌っちまったなら仕方ねぇ』って、村人は胴体だけ処分して、首はそのままほかしといたんだわ」
「え…気持ち悪くね?」
顔を引き攣らせる俺をおばあちゃんは笑う。
「滅多に登ってこねぇ御社だから、目にもつかなかったんだろ。
そんでな、それから少し経ったら、今まで元気だった男が突然倒れてそのまま死んだ。
もちろん、あの敵兵の首を切った男だ。
この時は気にも留めなかったが、その年の作物が全く育たなくなり、妙な病気が流行り出して、あの首の呪いだと思い始めたんだ。
それでお祓いしたんだが、効き目はねぇ。
困り果てた村人はな、その木の幹に注連縄かけてお札貼り付けて、首切られた男をその木に閉じ込めてやったんだわ」
「祓っても駄目だったのに?」
「何でか知らんけどよ、そうしたら災いがぴたっと止んだんだ。人間は怖ぇよ。
祓って駄目なら閉じ込めちまえってな。
そんでな、毎年交代で札を新しく貼ったり、注連縄が古くなったらかけ換えたりってな、それでどうにかやってきたんだ。
でもな、段々段々、その習慣も薄くなってな、注連縄も札もそのままになった。
木は生長するからよ、注連縄の巻かれたとこだけ、ああやって括れてんだ」
「じゃあ、もう呪いは解けたって?」
「いや。たまーに変なことが起こるわ。
○○の家のせがれ、頭がおかしいだろ。昔は何でもなかったのによ」
「何であの家だけ…?(おいおい、うちはどうなんだよ)」
「あの家だけじゃねぇ。下の○×の家もだ」
そういえば、○×の家は奥さんと娘がおかしくなり、数年前に引っ越したのだった。
「それから●△(他にも三軒くらい。忘れてたがいずれも変な家)」
「他の家は? てか、うちは?」
「あとの家は、もともとここらに住んでた奴らじゃねぇ。
言ったことなかったな。
うちの家はもともと商家でな、それなりに歴史もあったが、続けらんねぇことになってな、俺とお祖父さんが今の家に養子で貰われて来て、結婚して継いだんだわ」
今、俺の家はごく普通の一般家庭。
曽祖父の代で商家はすっぱりやめたようだが、今でも屋号が残っていて、祖父母世代の人は、未だにその屋号でうちを呼ぶ。
屋号って、どの家にも当たり前にあるものだと思っていたから知らなかった。
「その家の血が絶えれば何も起こらねぇみたいでな」
「祖父ちゃんとおばあちゃんてどこの人?」
「(ニヤリと笑って)ずぅーっと遠くだ」
何で親戚が少ないのか解ったような…。
「義母から聞いた話だ。本当か知らねぇよ」
「今さらそんな(笑)」
「まぁ、何にしても、うちは大丈夫だ。心配いらねぇ。けどわざわざ近付くなよ」
※
よく見ると大木の幹の二股部分には、人の頭部ほどの瘤があった。
あれの中身はまさか…とも思ったが、話自体の真偽も謎。
その家には悪いけど、実家がある地区にある家のうち、数軒が変なのは事実。