白装束の女性
初めて変な経験をしたのが5歳の頃。もう30年以上前の話をしてみる。
父親は離婚のため居らず、六畳一間のアパートに母親と二人暮らしだった。
風呂が無く、毎晩近所の銭湯に行っていた。
いつも通る道には、その町では割と有名な柳の木がある。
ある日の帰り、その木の根元に、白装束の女の人が立っていた。
じっと俺の方を見ているのだが、怖いとかそういう気持ちは無かった。
母親が突然俺の手を握って、
「○○君、走って帰ろうか」
と突然走り出した。
俺の記憶はそこまで。
※
最近になって母親にその話をした。
「多分、俺には幽霊が見えてたんだわ」
と話すと、母親は顔が真顔になった。
その時の出来事は、母親にも鮮明に残っていたようだ。と言うか、リアルタイムで現在も苦しめられていると。
あの時は走ってアパートに戻ったのだが、ドアを開けて中に入ったら、電気の点いていない部屋の中に柳の木の下に居た白装束の女が待ち構えていたのだ。
柳の木の下に立っていた白装束の女は母親にも見えていたらしいのだが、この世の者ではないことが即座に分かったらしく、走って帰ったそうだ。
部屋の中の白装束の女を見た途端、母親は気を失った。
その間の俺は、近くに祖母が住んでいたので祖母の家に行ったらしく、
「ママ死んだ!」
と祖母に伝えたらしい。
祖母は慌てて、当時学生だった叔母に俺を託し、アパートへ走った。
母親はアパートには姿が無かったらしく、二週間後の3月20日に帰って来たらしい。
母親と祖母は色々とその間のことを話したらしいのだが、祖母から強烈な話を聞かされることになる。
※
祖母が10歳にも満たない頃、同じ柳の木の下で白装束の女を見ていた。
しかもその女は走って追い掛けて来るので、ひたすら走って逃げ回ったと。
川を泳いで渡り、山の中を走り、やっと姿が見えなくなって家に戻ったら、二週間が経過していたらしい。
祖母にとっては2、3時間くらいの感覚だったらしいし、その間は食事どころか排泄さえもしていない。
母親が居なくなって二週間、母親も全く同じ体験をしていたようだ。
母親はそれから毎月20日の未明に、必ず白装束の女に追い掛けられる夢を見ることとなった。
祖母も昔の経験以来、毎月20日に必ず同じ夢を見ていたのだが、母親がその夢を見て以来、ぱったりと見なくなってしまったらしい。
※
母親はその後再婚し、俺と一緒に住んでいた土地も遥か遠くに移ってしまった。
祖母は15年前くらいに亡くなったので実家も無くなったが、墓だけはあるので、1、2年に一回は墓参りに行く。
今年も3月末に、女房と6歳になる娘を連れて墓参りに行った。母親は体調が悪いとのことで、一緒には行かなかった。
その時に、気持ち的には出来るだけあの柳の木を見たくないと思っていたが、どうしても通ることになった。
俺はなるべく視界に柳の木を入れないようにしていた。
柳を木を通り過ぎたところで、後部座席に乗る娘が言った。
「あの女の人、何してるんかね。あんな白い薄い服を着て寒くないのかな」
「え?」
とバックミラーを見ると、ちょうど柳の木が見えていた。
しかし、俺の目には何も見えない。
娘は更に言う。
「わぁ。走って追いかけてくるよ~。あぶなーい」
俺はアクセルを踏み込み速度を上げた。
女房が、
「誰も居ないよ? △△ちゃん何言ってるの~」
と言うと、
「もういないよ~」
と娘。
凄く嫌な予感がしたのだが、娘まで行方不明にする訳にはいかない。
祖母や母親の時とは状況が違うから何もない、大丈夫、と言い聞かせた。
※
そして今朝のことだ。
寝ていた俺の携帯が鳴り、目が覚めた。
母親からだ。母親は興奮気味に言う。
「今日は夢見の日だから、覚悟して寝たのだけど、夢は見なかったのよ。
ただね…、あの女が何なのか少しだけ分かったのよ」
聞くと、女は血縁のある者らしい。いわゆるご先祖様というのかな。
酷く苦しい目に遭わされたようで、姉に恨み言を言いながら絶命したらしい。
根拠は何も無いが、そういうイメージが頭に浮かんだらしい。
「夢を見なかったからだけど、□□ちゃん(嫁)や△△ちゃんが心配。どうも女が気に入らないようだから。
□□ちゃんは大丈夫? △△ちゃんは? 何も変わり事ない?」
「ある訳ないだろ!」
と電話を切った。
そして体を起こしてコーヒーを飲んでいたら、娘が泣きながら起きて来た。
女房があやしながら、
「どうしたの~? 怖い夢でも見たのかな」
と言うと、
「白い服を来た女の人が追いかけてきて怖かったの~」
と泣きじゃくった。