誰も掛けていない三本目のロープ
ロープアクセスの現場で、ロープは二本と決まっている。それなのに上で私を見ている相方だけが、代わる代わる三本目のロープを見たと言って現場を離れていった。私には一度…
ロープアクセスの現場で、ロープは二本と決まっている。それなのに上で私を見ている相方だけが、代わる代わる三本目のロープを見たと言って現場を離れていった。私には一度…
地下二十二メートルの立坑の底で、巻尺の目盛りが送られるような乾いた音が日ごとに数を増していった。掘り当てた古い石組みは止め井戸と呼ばれ、水を張って何かを留めてお…
埼玉北部の分譲地に建つ空き家の錠を、私は錠前技師として二日がかりで十一箇所すべて交換した。前の持ち主は施設へ移るとき、鍵を一本だけ持って行ったという。作業を終え…
これは録音の仕事で出会った怖い話。昭和六十三年の夏、廃鉱の飯場跡で、深夜番組のために一晩ぶんの無音を録ることになった。地下へ降りる階段は十三段。だが朝、上がって…
平成のはじめ、山あいの養蚕集落の空き蔵で、赤い組紐に十文字に巻かれた小さな桐の箱を見つけた学芸員の私。持ち帰った夜から、天井で鳴る音と、どこからともなく絡みつく…
数年前の春、北陸の小さな漁港で、霧の夜に音もなく港へ戻ってきた一隻の漁船を見た。船体に書かれていたのは、半世紀前に沈んだ船の名前だった――冷静に語られる、海辺の…
解体予定の古い吊り橋を取材した日のこと。同行のカメラマンが車に戻ってから様子がおかしくなり、彼は私に足元を見てくれと言った。…
建て替え前の旧病棟。空室のナースコールが瞬き、担当一覧に知らない名前が混ざる。三時十四分、私のIDで誰かが彼女のカルテを開いていた。…
深夜に見知らぬ老婆から電話がかかってきた。相手は俺のフルネームも母の旧姓も知っていた。そして「あなたのお兄さんに頼まれた」と言った。…
中学三年の秋、友人の家の離れには、ドアを挟んで内と外に二枚の札が貼られていました。風の強い晩が明けると、セロハンテープの形だけをきれいに残して、外側のお札が消え…
親戚に、みちかさんと呼ばれる霊能者がいる。小四の僕に「お墓のある公園を拝むな」と言い、祖父の葬式で僕の苦労を言い当てた人。三回目に会った法事で、彼女は北海道K町…
栃木で兼業農家をする俺の家の杭には、苗字と関係のない一文字が彫ってある。理由を訊くと、八十七の爺さんは「見慣れない木の杭は抜くな」と言った。大正の初め、山に入っ…
離婚を切り出した夏、母と弟は祖父の家で日に日に弱り、私は毎晩、髪をとかす音から始まる同じ夢を見た。霊媒師は言った。家の周り半径百メートルで、小さくて丸い黒いモノ…
十年前の夏、廃ホテルと隠れキリシタンの墓を回った帰りに、友人が賽の河原の石を蹴って倒した。その晩、金属のような音が四回鳴って止まり、窓一面に男の顔があった。翌日…
年の瀬の山頂で、携帯電話のアンテナ鉄塔を上司二人と点検した帰り道のことです。凍った林道の雪の上に、私たちの長靴の跡に挟まれて、小さな裸足の足跡が下へ続いていまし…
七月の終わり、高熱で寝込んだ夫が、夜明け前に大きな声で知らない歌を歌い出しました。数日後、泊まりに来た夫の友人が、風呂場で同じ節を口ずさんでいました。スーパーで…
家賃が相場の半分だった、元仕立物屋の古い借家。北側の四畳半で眠る私の壁の中から、毎晩、何かを数える声がした。慣れてはいけないと祖母に言われた矢先、枕の中から現れ…
まだ誰もがカセットテープを使っていた頃、亡くなった叔父の遺品だという一本を借りた。深夜、録音が終わった無音に、波の音と、抑揚のない男の声が混じる。海に浮かぶもの…
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