曰くのある場所
公開日: 怖い話
得意先が移転し、お祝いを兼ねて訪れた。
そこは1階が店舗で2階が事務所。
取り敢えず事務所で話を聞くからと、店舗の奥の給湯室から伸びる階段で2階に上がる。
しかしこの階段、何か違和感がある。なぜか下から2段目だけが、幅が狭く段が高い。
事務所に上がって話も盛り上がり、帰り際に2段目の事はすっかり頭から消え、危うく足を挫きそうになる。
すると「階段危ないから気を付けて」と社長の声。先に言えよ。
「大丈夫ですから~」とお愛想をして店を出る。
この会社、業績は良くないが、社長の人柄と社員の頑張りで何とかやりくりしている程度。
しかしこの新しい移転先は、昔から何をやっても上手く行かない場所。
以前は大手ディーラーだったが、やはり上手く行かず、格安で賃貸されている曰く有の場所であった。
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数ヶ月が過ぎ、定例でその店を訪れると社長が居ない。
奥さんに訳を聞くと、事故で入院中との事。
咄嗟に浮かんだのが自殺というワード。
しかし間違ってもそんな事を口に出す訳も行かず、病院の場所を聞くと「ここじゃ何だから事務所へどうぞ」と2階に。
奥さんもやはり自殺未遂を疑っている様子。
帰りに、やはり2段目で転びそうになる。
奥さんも「ここ、分かってても躓くのよね。何でここだけ変な作りなんだろ」と笑っていた。
※
病院で社長と対面。
怪我は酷く片目は失明寸前だが、思いのほか元気で、只の事故だったのかと思うほど明るく前向きだった。
事故の事を聞くと、単独事故で、時速60~80kmで高速橋脚コンクリにほぼ正面から衝突したのだそうだ。
何故正面から? 誰でもそう思う。俺も思った。
聞くか迷っていると社長の方から、
「自殺する気なんかない。
でも、事故の前後の記憶が無い。店の事をぼんやり考えながら、運転していたんだと思う」
数ヶ月で退院も出来、復帰が出来るということなので「退院後また店に伺います」と約束をして別れた。
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社長が入院している数ヶ月で業績は悪くなり「あの店危ないぞ」と噂を聞くまでになった。
それから暫らくして、社長が亡くなったと奥さんから電話があった。
葬儀などは既に済ませており、店を畳む事にした。色々相談をしたいから店に来て欲しいと呼ばれる。
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事務所で話を聞く。
亡くなったのは、奥さんの車で病院を抜け出し店に向かう途中、今度は電信柱に激突したのだと言う。
なぜ急に店に向かったのかも分からないし、どうしてまた事故に遭ったのかも分からない。
本当に事故なのかも分からない。
「ひょっとして自殺だったのかも」と一気に喋り泣き崩れた。
俺は正直自殺だと思った。
泣き崩れる奥さんを前にして何も言えず、閉店に向けての処理の方法や手続き関係を説明し、事務所の階段を降りる。
するとやはり下から2段目で転びそうになり、胸に挿していたボールペンを落っことした。
ペンを拾おうと手を伸ばし、何気に1段目と2段目の間を見ると、一瞬、ほんの一瞬だけど、片目の腫上がった、事故後に病院で見た社長の顔があった。
そして腫上がった手が、サッと引っ込むところも。
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その後、店は閉店し別の店になったが、上手く行かず直ぐに閉店となり、以降空き家のまま。
曰くのある場所には、それなりの訳があるのだと実感した。