自殺志願

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年月が経つにつれ自信がなくなっていく思い出です。

俺が19歳の頃の話です。高校は卒業していましたが、これといって定職にもつかず、気が向いたら日雇いのバイトなどをしてブラブラしていました。

その頃の遊び仲間は高校の時の友人グループがいくつかあり、その日もその内のひとつのグループの奴の家に集まり、だらだらと遊んでいました。

そのグループの連中は、地元では結構有名な悪い奴らの集まりでした。

俺はケンカも弱いし、バイクも持っていなかったけど、そのグループのリーダーが幼馴染で家も近かったため、たまに遊んでいました。

夜もふけてきたので、俺達は肝試しに行くことにしました。

みんな幽霊なんて信じていなかったし怖がってもいませんでしたが、行く途中女の子でもナンパできたら連れて行こうぐらいの軽いノリでした。

一人がバンで来ていたので、それに6人全員で乗り込み出発です。いくつかある肝試しスポットの内、一番近い所に向かいました。

そこは山の中にある墓場で、頂上に向かって墓場が広がっています。入り口に降り立った時、その墓場の一番上に何か白い影が見えました。

よく見るとそれは2人の人間で、近付いてみるとまだ中学生ほどの少女でした。

髪は長くパサパサで、手入れをしている様子はなく、まるで人形の髪のようだと思ったのを今でも覚えています。

顔にも髪がかかり、表情は読めません。顔のつくりは違いましたが、2人ともそっくりに見えました。

白く見えたのは、夏服のセーラー服姿だったからです。

一体どこから来たのでしょう。

あの場所から出てくるには、車でもっと山の上まで登らなくてはならないはずです。なのに2人には連れがいる様子もありません。

どんどん近付いてきます。

よく考えたら、普通こんな人気のない墓場で不良グループに遭遇したら向こうも怖いはずです。

しかし彼女達は無表情のまま俺達の目の前に来て止まりました。

言いようのない恐怖が襲いました。理屈ではありません。ただぞっとするというのはこのことだと思います。それは他のメンバーも同じようでした。

「おまえらどっから来たん?」

リーダーのMが聞きました。

2人は無表情のまま、ゆっくりと同時に山の頂上を指差しました。どっと嫌な汗が吹き出ました。するとそこに、どこからともなく犬が走ってきました。

しかもその犬は白内障なのか、目が白く濁っているのです。

あまりにもタイミングよく現れたので、危うく叫びそうになりましたが、すぐ後ろから飼い主らしきおじいさんがやってきました。

そのおじいさんはこの近くに住んでいるらしく、いつもこの道を散歩コースにしているそうです。

おじいさんの散歩に付き合うように、自然に俺達6人と少女達は歩き始めました。

おじいさんと少女達が前を歩き、何か話しをしています。おじいさんは土の盛り上がったところをガシガシ蹴飛ばしながら、「ここ、無縁仏の墓や。そこに卒塔婆がたおれとるやろ」と言いました。

そしてまた少女達と言葉を交わすと、俺達の方を振り向きもせずに去っていきました。

唖然とする俺達の所に少女達がやってきて、初めて口を利きました。

「いまおじいさんに聞いたんやけど、この先にもっと怖い場所があんねんて。呪いのわら人形がぎょうさん見つかる所。行ってみいへん?」

正直俺は行きたくなかったけど、中学生の女の子が行くというのに「いや、おっかねえからやめとく」とは言えません。

結局女の子達をバンに乗せ、行ってみることにしました。

その間俺達は色々話し掛けました。なぜあんな所から出てきたのか。

当時は女の子をナンパして乱暴し、山の中腹で置き去りにするという「六甲おろし」が流行り出した頃でした。

「もしそんな目に遭っているなら、協力できることがあるならするぞ」

Mが一生懸命話し掛けても、彼女達は無表情に前を向きながら首を振るだけで、道を案内する以外は口を利きません。とても乱暴されたようには見えませんでした。

でも何か理由があってほしかったのです。あんな山中からこんな子供が出てきた理由を。

しかし、彼女達はお互いも話さず淡々と道を案内するだけです。とうとう目的地の神社に着きました。初めて来る場所です。

さっきの場所より何倍も不気味な所です。高い杉の林に囲まれた小さな神社でしたが、彼女達はその神社の奥の杉林に早足で入っていきます。

Kが呟きました。

「あの子達って、あのおじいさんに聞いて今日はじめてくるはずやんな。なのになんであんなにスタスタ進むんや。2人とも車の中で一言も相談してないのに、迷いもせず同じ方向に進んで行ってるで」

ぞっとしました。しかしここで2人を置いて逃げるわけにはいきません。慌てて後を追いかけますが、その足の速いこと。大人の俺達が小走りになるほどです。

いきなり2人が立ち止まりました。黙って目上の高さを指さしています。見ると指差した先の杉の木に、釘を刺したような穴が無数に空いています。

いえ、よく見回すと、そのあたりの木の殆どに穴が空いています。そして、とうとう藁人形も見つかりました。

絶句する俺達をよそに、彼女達は相変わらず無表情で、何も言いません。

「もう帰ろうぜ。疲れただろ。おまえらも送ってやるから」

Mが恐怖を隠すように言いました。しかし彼女達はこう言ったのです。

「ここじゃダメだね。もっといいところがあるから行こう」

絶句しました。

「もうやめようや」

とうとう俺は言ってしまいました。しかしみんな大の男が中学生に言われて怖がるわけにはいかないようです。

「分かった、行こうや」

その一言で、少女達はきびすを返すように今来た道を引き返しました。慌てて俺達は後を追います。

Kだけが俺の意見に賛成らしく、真っ青な顔をしてブツブツ呟いています。

「罠や、罠や、これなんかの罠や。俺達連れて行かれてるんや」

Kの真っ青な顔と、ブツブツ繰り返す言葉に、今度はKのことまで怖くなってきてしまいました。

みんなでバンに乗り込みました。Mがカーステレオをつけようとしても壊れたのかつきません。

嫌な沈黙が続きましたが、みんな口を利きませんでした。ただ少女たちの道案内だけが車内に響きます。

着いた場所は小高い丘の上にある神社でした。その神社に着くには、その丘を左右対称に包むようについている階段を登るのです。

左右どちらから登っても多分同じくらいの距離です。少女達は無言のままそれぞれ左右に分かれて登り始めました。

車の中でも打ち合せはしていないし、降りてからも2人は目配せや合図をすることなく、迷わず別の道に向かっていくのです。

もちろんその神社に続く階段はうっそうとした林に囲まれ、普通の女性なら複数でいても行きたがらないような不気味さです。

その階段を、まだ中学生の少女が迷うことなく恐れることもなくスタスタと歩き出すのです。明らかにおかしいです。

慌てて俺達も3人ずつに分かれて、それぞれ少女達の後を追いました。俺は我慢できず、前の少女に話し掛けます。

「おまえらちょっとおかしいぞ、何であんな所にいたんや。肝試ししてるにしては全然怖がってないし。なんであんな所にいたんや?」

答えない少女にいらいらしながらしつこく聞きました。あまりにもしつこく聞いたせいか、彼女はこう呟きました。

「私ら…死ぬ場所探してんねん…」

その時、初めて彼女は俺の目を見ました。しかし、俺の目を見ているというより、俺を透かしてはるか遠くを見ているような目でした。

そしてうっすらと笑いました。その少し上がった口の端に、涎が微かに光っています。

全身に水を浴びたような気持ちです。他のメンバーを見回しましたがみんな真っ青です。

しかし、この少女の目と涎が見えたのは俺だけです。

逃げ出しそうになった時、頂上に着きました。向こうのグループもちょうど反対側から上がって来たところです。

真っ青になったMが駆け寄ってきました。

「聞いたか!!お前ら聞いたか!!」

どうやらM達ももう一人の少女から聞いたようです。とりあえずまだ帰らないという少女達をバンまで連れて返りました。

そこでなぜ自殺したいのかをしつこく聞きましたが、答えません。

「アホなことするな。いじめか? 俺らがそいつらシメたるから、はやまるな!」

俺達の問いかけにも彼女達は首を振るばかりです。

「じゃあ原因はなんやねん」

「…べつに…」

「別にって!!」

「生きてるんももうええって感じやねん」

またあの遠くを見つめるような無表情です。2人とも同じ顔をするので、ますますそっくりに見えます。

「とにかくもうこっちも眠たいからお前ら送ってくわ。はよ家までの道言え。おくってったる」

降りるという彼女達に強い口調でMは言い、車を発進させました。彼女達は地元の子達なのか、帰り道をかわるがわる「右」「左」で告げます。

2人同時に「ここ」と言いました。ハモるように同時にです。止まった場所には家などはありません。

「おまえらホンマにここか? 家の前まで送ってくぞ。」

Mがそう言いましたが少女達は「ここ」とだけいって車を降りました。そこはちょうどさっきの丘の上の神社の裏側のようです。

クネクネと来たので結構走ったように感じましたが、そんなに走っていないようです。

もうみんな十分気味悪く感じていたし、もう義理も果たしたと言う感じで車を走らせようとしました。

その直後、Kが「あれ見てみろ!」と叫びました。

2人の少女はさっきの神社のある丘の、裏側にある登り口のような、林の中にぽっかりあいた穴に向かって歩き出しています。

「あいつらまた登る気や」

Mがクラクションを鳴らしました。

すると映画のワンシーンのように、ゆっくりと少女達は振り返りました。

首を少しかしげて、左右対称に。

暗くて目は分かりませんが、なぜかうっすら笑っているように見えました。

でも、俺には2人の口の端に同じように涎が光っているようで、思わず「逃げろ!!」と叫んでしまいました。

後は一目散に車を走らせました。Kがブツブツまた何か行言ってます。

「だからあの神社じゃだめだったんだ」

「何がダメなんだよ!!」

思わずいらいらして俺は叫んでしまいました。

「あの子達の身長じゃ、高い杉の木の枝には届かない…吊れないよ…首…」

ぞっとしました。

「アホなこというなっっ!!気味わりい!!」

他の友人の声もうわずっています。

今まで黙っていたDが、気が付いたように言いました。

「なあ、衣替えっていつや? もう11月やで。あの子らなんで夏服のセーラー服きてたんや」

その後、彼女たちがどうなったかは知りません。

確かその日は皆でMの家に泊まり、夕方に夕刊を恐る恐るチェックしたように思います。

確か、自殺者発見の記事も、行方不明者の記事もなかったと思います。

Kだけは眠れなかったようで、ずっと部屋の隅で虚ろな目をしていました。

その後、そのグループの奴らと遊ぶこともたまにありましたが、その日のことはなぜか誰も口にしませんでした。

そしてあの日以来、俺はKに会っていません。元々そのグループの奴じゃなかったので、他のみんなもそうのようでした。

ただ、俺はKがブツブツ言ってた、

「罠や、罠や、これなんかの罠や。俺達連れて行かれてるんや」という言葉 を思い出し、「連れて行かれてたらどうしよう」と思い、そう思った自分自身にぞっとしています。

あの呟きを聞いたのは、俺だけだったから。

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