ハイド君
今でも不思議で訳が解らないんだけど、俺の幼馴染が遭遇した話を書きます。幼馴染は女なので、名前は仮にA子とします。
もう5年前になるけど、A子は当時23歳だった。そこそこ美人なんだけど、性格がかなり変わっていて、近寄りがたい雰囲気の女なので当然彼氏も居なくて、俺はよく「誰かイケメンを紹介してくれ」と言われていた。
ある日、仕事から帰ってきた俺は、家の前でA子とカチあった(家が隣同士)。いつもは軽く立ち話をするのだが、この日はA子がこんなことを話し出した。
「今日、たまにはバッグの掃除でもするかーって思ってさあ。いつも持ち歩いてるトートバッグの中身を、テーブルの上にぶちまけたの。
丸めたゴミとか100円玉とか板ガムとかいろいろ出てきたんだけど、その中にさあ、なんか畳んだメモが1枚あってね。なんだろと思って開いたらさ…ほら、コレなんだけど読んでみ」
そう言って、1枚の紙切れを渡してきた。
何かのDVDの予約受付票(販売店とかにまとめて置いてあるやつ)の裏に、ボールペンで雑な文字が書き殴ってあった。
『●●●であなたを見かけました。とても気になっています。どうしても声をかけることが出来なかったので、こうしてメモを書きました。
俺は20歳、××大学の学生です。顔はよくラルクのハイドに似てると言われます。個人的にお会いしたいです。電話かメールください。090-****-****、メルアド***@***~』
俺は思わず「うわキモ」と口走った。●●●とは、近所にあるレンタルビデオ店。××大学も近所にある。
その自称ハイド君は、一切気配を悟られずにA子に忍び寄り、肩から提げているトートバッグの中にこのメモを放り込んだのだろうということだった。
A子は、面白そうだからこれからメールしてみると言いだした。
この頃のA子はとにかく彼氏に飢えてたし、なんつうかバカだったのでこんなおかしなアプローチにもロマンスを感じてしまったんだろうと思う。
俺は別に止める理由も無いので「どうなったか後で教えてね」と言ってその場はおしまい。
そしてこの日から俺に、ハイド君にアクセスしたA子からの詳細メールが届いた。
ちなみに1週間でこんな感じだった。
「さっきメールしたよ!はいど君、照れちゃってなんかすごいかわいい感じw」
「とりあえずメールから友達始めることになったw」
「初めて電話した!声渋くてカッコイイ」
「今日はすごく口説かれた、今度会ってくるかもw」
そんなこんなで、また家の前でA子とカチあった時。ホラこれがハイド君だよー、といって携帯に送られてきたという画像を見せてきた。
でも、そこには俺が写っていた。
「は? コレ俺じゃん」と思ったんだけど、A子はハイド君だと言う。しかも「確かにちょっとハイドに似てるでしょ」なんて言って喜んでる。
意味が解らなくて、しげしげと画面を見るんだけど、どう見ても俺の顔だと思った。でも俺はA子の携帯に自分の画像なんて送ってないし、そもそも俺はハイドになんて全然似てない。
訳が分からなくなって、何だか物凄く恐くなってきたのでA子に恐る恐る「あのさ、これ俺に見えるんだけど」って聞いた。
A子はポカーンとして「なに言ってんの。あんたじゃないでしょ、どう見ても」と言って携帯をひったくり、それに目を通した瞬間に、金切り声を上げて、携帯ぶん投げた。
あまりの勢いに俺も「どうしたよ!? おい!?」ってビビってるとA子が「かおかお、顔が…」と叫んでた。
下に落ちた携帯をつまんで見てみると、男の顔がさっきと変わってた。もう俺の顔じゃないんだけど、なんか虫唾の走ったような機嫌の悪い変な顔になっていた。
マジですっげえビビった。
A子が「その画像消して!早く消して!」と喚くので、怖かったけど俺はその画像を削除した。
二人して冷や汗かきながら「なんなのアレ」とか「いたずら画像なのか?」とかギャアギャア騒いだけど結局訳が分からないので、気持ち悪いしこりを残したままその日は別れた。
その後、A子のところにハイド君から電話が1回だけあった。夜中に。怖くて取らないでいたらしいのだが、何分も何分も延々と着信が続き、恐ろしくてついに電源を落としたそうだ。
次の日の朝に電源を入れるとメールが届いていて、そこには「マタ遭おう2:30」と書いてあった。そしてハイド君からの連絡は一切なくなった。
※
でも、話はまだ終わらない。
この騒動から1年かそこらが経ったある日に、A子がウチに転がり込んできて騒いだのだ。
なんと、バッグの中にあのメモがまた入っていたそうだ。俺も寒気を覚えた。
文面はほぼ同じで「○○であなたを見かけて、気になったのでメモを入れた…」というものだった。
しかし今度は場所がレンタルビデオ屋ではなく、地下鉄の駅の名前。紙は破いた手帳ノートみたいだった。
差出人は××大学の学生、自称ハイド似の20歳の男。やっぱりあいつだと思う。もちろんA子はこれに応えなかったし、幸いそのまま何もなく無事に終わってくれた。
今でも不思議なこのメモ騒動なんだけど、一体なぜ俺の顔だったのか、なぜA子は俺の顔を見て「ハイド君」だと信じ込んでたのか…。
本当に解らない。全然見当も付かない。
もしかして全部A子の狂言かなって思ったこともあるけど、さすがに違うと思う。バカだけど、根本的にああいうことをするタイプの人間じゃないし…。
最後に、このハイド君は「クロダ」と名乗っていた。もしバッグの底に、自分の知らない畳んだメモがあって、それが「クロダ」からのものだったら気をつけてください。
好奇心で連絡しちゃうと、おかしな目に遭うかもしれません。
もしかしたらまたあるかもしれないという不安はあるんだけど、取り敢えずこれでおしまいです。