前世の母

親子(フリー写真)

うちは母子家庭だった。母ちゃんは地元のスーパーのパートさんで、一人で俺を育ててくれていた。

親父が何をしていた人だったかは知らないけど、会った記憶も無い。

気が付いたら古い小さな集合住宅の一室で、母ちゃんと二人で暮らしていた。

俺は重度の小児喘息の持ち主で、毎晩寝入りばなと夜明けの体温と、空気の温度差が激しくなる頃に発作が出た。

吸入器を咥えさせられ、発作が治まるまで母ちゃんが背中を擦ってくれていた覚えがある。

時々、泡を吹いて息が出来なくなり、母ちゃんがそんな俺を抱えて救急病院までタクシーで行ったこともあった。

まだ小学校に上がったばかりのとある日。

自分の激しい咳で目が覚め、母ちゃんが部屋の電気を点けて、俺はあまりの息苦しさと咳の激しさで意識が飛んだ。

それから暫く経ったある日、家族で隣の市の有名な祭りを見に行こうという話になった。

俺と両親、それに4歳になったばかりの悪戯な妹と四人で車に乗り込んだ。

土曜の午後はお祭りを見て楽しみ、日も落ちたので帰ろうということになった。

高速に乗る前に何か夜に食べるものを買って帰ろうと、高速の入り口近くにあるスーパーに車を停めた。

妹がうきゃーと店内に向けて走り出したので、両親はおいおいと追い掛けた。

俺はもう小学生だったので、自分の食べるものを選ぼうと惣菜コーナーへ行ってみた。

すると三角巾を付けたおばさんが値札のシールを張り替えている。

俺は何気にその横顔を見て、ハッと気付いた。

『……母ちゃん…?』

白髪交じりの疲れたおばさんがこちらを見た。

『母ちゃん…?』

自分の状況を理解出来ず、声を出せないでいると、おばさんは「大丈夫?」という顔で笑った。

『母ちゃん? 俺だよ、名前何だったっけ? あなたの息子です。背中をよく擦ってもらってた。

でもこれどう言おう? 何と言えば伝わるんだろう?』

俺はどう伝えれば良いか分からないまま、あうあうとしていた。

おばさんは、

「どうしたの僕? 迷子?」

と聞いてきた。

懐かしい顔が目の前にあった。何年も会いたかった母ちゃんの顔が。

子供心に、

『良いんだ、今の世界がどう混乱しても。母ちゃんにお礼を言いたい。背中を擦ってもらいたい。

ただ、母ちゃんありがとうと言いたい』

と覚悟を決めて呼び掛けようとした時、不意に後ろから抱き着かれた。

「お兄ちゃん~いた~」

驚いて振り向くと、妹が無邪気な笑みで笑い掛けてきた。

その後で両親が来て、

「食うもん何か選んだか?」

と父さんが聞いてきた。

母ちゃんは、

「あら見つかった? 良かったね」

と笑い、立ち上がって両親に会釈をすると、奥へ消えて行った。

お母さんが頭をくしゃっと触り、

「お菓子も買っとこうか」

と言った。

俺は母ちゃんの消えた方を見送りながら、

「うん、そうだね」

と答えた。

全て実話です。前世ってあるんだなと思った出来事でした。その人とはそれ以来会っていません。

高校生になった頃にそのスーパーへ行ってみましたが、潰れて無くなっていました。

関連記事

田舎の風景(フリー写真)

土地神様

小学1年生の頃、毎晩0時になると、眠っていた私が突然泣き叫びながら部屋中を走り回る、という事が数日続きました。 数分後はパタっと治まり、また眠るという毎日。 その時、私の見…

抽象模様(フリー素材)

魑魅魍魎

今から2年くらい前の夏。 会社が夏休みで、連日ベッドの上でマンガを読みながらゴロゴロ昼寝をする毎日でした。 その日もいつものようにマンガを読んでいる内に眠ってしまった。 …

登山(フリー写真)

伸びた手

8年前の夏、北陸方面の岩峰に登った時の話。 本格登山ではなくロープウエーを使った軟弱登山だった。 本当は麓から登りたかったのだが、休みの関係でどうしようも無かった。 …

山

山の神様との約束

奄美大島には古来から「ケンムン」という妖怪が存在すると言い伝えられています。ケンムンは子供のような小さな背丈で、毛むくじゃらの体に山羊のような臭いがするとされており、頭には特徴的な皿…

マスク(フリーイラスト)

空白の友人

偶に記憶の空白が訪れる。 正確に言うと、「気付いたらいつの間にか数時間が経過していた。そして、ついさっきまで自分が何をしていたのかが判らない」というものなんだけど。 まあ、…

幼稚園児(フリー写真)

死期を悟る子

小学校に上がる前の小さな男の子の話です。 その子が通っていた幼稚園で乗り物をテーマに絵を描くことがあり、子供達はそれぞれ船や飛行機、車などの絵を描きました。 小さな子供の…

夜の駅(フリー素材)

地図に無い駅

その日、彼は疲れていました。 遅くまで残業をし、電車で帰る途中でした。 既にいつも使っている快速は無く、普通電車で帰るしかありませんでした。 その為いつもよりも電車で…

高架下(フリー写真)

夢で見た光景

数ヶ月前の出来事で、あまりにも怖かったので親しい友達にしか話していない話。 ある明け方に、同じ夢を二度見たんです。 街で『知り合いかな?』と思う人を見かけて、暇だからと後を…

街のショップ

開かない自動ドア

大学二年生の夏休みが近づいた頃、私に不思議なことが起こり始めた。 突如、コンビニやスーパーなどの自動ドアが私に反応しなくなったのだ。 以前は普通に使えていたコンビニの自動…

餓鬼魂

もう30年程前になるか、自分が小学生の頃の話。 当時の千葉県は鉄道や主要街道から少し奥に入ると、普通に林が広がっていた。 市内にはそう広くない林が点在し、しかも民家から距離…