山に棲む大伯父
もう100年は前の事。父方の祖母には2歳離れた兄(俺の大伯父)が居た。
その大伯父が山一つ越えた集落に居る親戚の家に、両親に頼まれ届け物をしに行った。
山一つと言っても、子供の足で朝一に出発すれば夜には帰って来られる位の距離。
歩き馴れた山道で、大伯父はいつも朝一に出て、夕方ちょっと過ぎには帰って来ていた。
しかしその日は、夜を過ぎても大伯父は戻らなかった。
向こうの親戚の家に厄介になっているのだろうと、両親はあまり心配もしていなかった。
3日経ったところで、そろそろ畑仕事も手伝ってもらいたいからと、親戚の家に大伯父を迎えに行ったが、大伯父は親戚の家に居なかった。
居ないどころか、来てもいなかった。
慌てた両親は、自分の村と親戚の集落の人に頼んで、両方から山狩りをした。
しかし大伯父は発見されず、行方不明として処理をされた。
祖母10歳、大伯父12歳の夏だった。
※
そして月日は流れ、俺がまだ鼻たれ坊主で、ファミコンが出るちょっと前の夏休みの事。
当事小学4年生だった俺は、友達3人と一緒に朝から山へクワガタを採りに行った。
その辺りの山は一族(と言っても、親父を含めその兄弟)で所有している山。
だから普段からよく遊んでいた。迷った事は一度も無く、その日も奥へ奥へと進んで行った。
最初のうちは四人仲良く虫を採っていたが、やはり虫の大きさで争いが起こり、自分だけで大きいのを捕ってやるという流れになり、それぞれがバラバラに虫捕りを始めた。
木を蹴飛ばしたり、登ってみたり、根元を掘り返してみたり、夢中になって虫を探していた。
※
太陽も真上になり、お腹も減ったしそろそろ一度戻ろうかと辺りを見回すが、自分が何処にいるのか分からない。
まあ、小さな山だし、下って行けばそのうち知ってる場所に出るだろうと、斜面を下って行った。
しかし、日が傾きかけても一向に下山できず、歩き疲れるわ腹は減るわで、歩くのを止めその場で泣き出した。
すると、突然目の前に男の子が現れた。本当に突然。パッと現れた。
それに驚きながらも、人が居た事に安心した。見た感じも自分よりも少し大きいくらい。
「何だ、迷子になったのか」
短くそう言うと、その男の子は俺の手を引いて歩き出した。
手を引かれながらお互い自己紹介をし、話をしながら少し歩くと見覚えのある道に出た。
「ここまで来れば分かるな?」
その言葉に頷き、ありがとうと言うと、
「○○(祖母の名前)によろしく」
と、男の子はまた山に戻って行った。
『何でまた山に?』と不思議に思いつつ、暗くなって行く中で家に帰った。
家に帰り、実家の隣に住んでいた祖母に今日あった事を話した。
すると、最初に書いた内容を俺に話してくれた。
そして次の日、祖母に連れられ墓参りに行った。
終わり。
と、ならないのがこの話。まだ続きがある。
※
更に月日は流れ、去年の夏。
小学5年生の息子が夏休みという事もあり、家でダラダラと過ごしていた。
そこに、暑さでイライラしていたのか、俺の嫁から外で遊べとカミナリが落ちた。
昼飯を食べた後、仕方なく息子は3DSを握り締め自転車に跨がり、友達が集まっているであろう図書館へ行こうとした。
しかし何を思ったのか、息子は自転車に乗って件の山へ向かった。
「名前を呼ばれたから」
と後で言っていた。
※
それから夕方になった。17時になっても息子は帰って来ない。
友達の所で時間を忘れて遊んでいるのかと、あちこちに電話したが居ない。
町内も探してみたが、全然見付からなかった。
19時になっても戻って来なかったので、警察に捜索願いを出そうとした時、やっと帰って来た。
怒鳴る嫁を尻目に、息子が俺に言って来た。
「○×君(大伯父の名前)が、偶には墓参りに来いって怒ってたよ」
その名前を聞いて、昔の記憶が蘇る。この30年間忘れていた。
更に息子は、
「『昔助けた恩を忘れたか!』って言ってた。
パパ、山で迷子になって鼻水垂らしながら泣いてたんだって? ダセェ(笑)」
固まる俺に、嫁が
「どうしたの? ○×君て誰?」
と矢継ぎ早に聞いて来る。
まあまあとお茶を濁し、晩飯を食べて久しぶりに息子と風呂入って詳しく話を聞いた。
※
曰く、家を出たら、山の方から何度も自分を呼ぶ声が聞こえた。
何だろうと思って行ってみたら、着物みたいものを着た、見た事の無い男の子が居た。
一緒に遊ぼうと言うから遊んだ。
そしたら、パパの事を知っているみたいで、色々と昔の話を聞いた。
よくこの山で遊んでいた事、迷子になって鼻水垂らしながら泣いていた事、親に反発して山でタバコ吸ったけど、気持ち悪くなってゲロ撒き散らした事……。
などなど、おおよそ俺が山でした事を色々と聞いていた。
話が面白く、聞いたり質問したりしていたら帰りが遅くなってしまった。
合流した所まで送ってくれて、最後に、
「○○がうちの孫は誰も墓参りに来ないと嘆いている。助けた恩を忘れていないなら、○○の墓参りに来い」
と言っていたそうだ。
話を聞き、そう言えばばあちゃんが死んでから墓参りに一度も行っていないなと思っていたら、その夜、夢に大伯父が出て来た。
12歳の姿の大伯父に正座させられ、小さくなりながら説教をされ、涙目の40男。
次の日、遅まきながら嫁と子供達を連れ墓参りに行った。
おしまい。長々とすまんかった。