ビルの隙間

c0214542_20494795

去年の夏休みの事。

夜中にコンビニへ行き、いつも通る道を歩いていると、ビルとビルの間に1メートルくらいの隙間があるのを発見した。

俺は『こんな所に隙間あったっけ?』と思ったが、特に気にせず通り過ぎようとした。

その時、後ろから早足に歩く「カッカッカッ」というハイヒールの音が聞こえてきた。

かなり急いでいるような足音だったため、俺は歩きながら歩道の端の方に寄り『早く追い越してくれよ』と思っていると、すぐ後ろまで来た時に急に足音がビタッと止んだ。

『途中に曲がり角なんてないし、民家も無い場所なのにおかしいな』と思って後ろをなんとなく振り向くと、20代半ばくらいの女の人がさっきの隙間を覗き込んでいた。

俺は不信に思ったが『まあ、あの人も気になったんだろう』と前を向き歩き出そうとした時、その女の人は何の躊躇も無くビルの間の隙間の中へと歩いて行った。

突然の行動に俺は流石にその隙間に興味を持ち『近道でもあるのか?』と思い、戻って隙間の中を覗いてみると、先は真っ暗で何も見えない。

ずーっと先のほうまで真っ暗闇が続いている。

それどころか、ついさっき入っていったはずの女の人の姿すら見えない。

少し気持ち悪く感じた俺は『まあ明日明るくなってからまた来てみれば良いか』とその日はそのまま帰る事にした。

翌日、友人と出かける約束をしていた俺は、ついでだからと駅へと向かう道すがらに昨日のビルの間の隙間を確認する事にした。

昨夜の記憶を頼りに探してみると、確かに昨日と同じ場所に隙間があった。

『まだ待ち合わせまで時間あるし』と思った俺は、ひとまずその隙間の中を覗いてみたのだが、おかしな事に2メートルくらい先にコンクリートの壁があり、どう考えてもそれ以上先へは行けると思えない。

壁にドアでもあるのかと思って良く見てみたが、どう見てもそんなものはない。

俺は『まあ他の場所なんだろう』と、探すのを諦め友人との待ち合わせの場所へと向かう事にした。

その日の夜、友人達と別れ帰り道を歩いていると、道の先に10歳くらいの子供が壁の方を向いて立っている。

時間は終電ギリギリだったので夜中の1時過ぎ。

『こんな時間に子供?』と思ったが、どうせ親が連れ出しているんだろうとか考えながら歩いていると、その子供は壁の中へと歩いていった。

その時気が付いた。『あの場所って今日の昼間に見たすぐに行き止まりの隙間じゃないか?』と。

急いで子供がいた場所まで駆け寄ると、やはり昼間に確認した場所だった。

そして、シャッターの閉まった両隣のビルとその辺りの雰囲気で、昨日女の人が入っていった場所も間違いなくここだと、直感的に感じた。

しかし、おかしい。昼間確認した時、あの隙間はすぐに行き止まりだったはずだ。

『他に通路など無いし、どうなってるんだ?』と疑問に思い、俺はその隙間を覗き込んでみた。

すると、やはりその先は真っ暗で何も見えない。

流石に中に入るのは不安だった俺は、近くにあった小石を隙間の方へと投げ込んでみた。

壁があるなら、見えなくとも小石が壁に当る音がするはずなのだから。

しかし、予想に反して小石が壁に当る音がしない。

それどころか地面に落ちて転がる音すらしない。

俺は少し気味が悪くなり、確認のためもう一度小石を投げ込もうと、小石を拾うために屈もうとした。

その時、俺は急に腕を掴まれた。

『えっ!?』と思って顔を上げると、暗闇の中から手だけが伸び、俺の腕を掴んでいる。

俺はパニックになり「うわああああああ」と叫びながら腕を振り払おうとしたが、あり得ないほど強い力で握られて振りほどく事が出来ない。

そして腕はグイグイと俺を隙間の中へと引き摺り込もうとしている。

俺は必死で引き釣り込もうとする手に抵抗し、片方の足をビルの壁に引っ掛けてふんばり抵抗していたが、相手の力があまりに強く、ジワジワと中のほうへと引っ張られて行く。

その時、ふと反対側のビルを見ると近くにところに鉄製の看板があるのが見えた。

俺は無我夢中でその看板を掴むと、そのまま力いっぱい看板を俺を引きずり込もうとしている腕へと縦に振り下ろした。

それで腕は離れるかと思われたが、実際には予想外の事が起きた。

看板は薄い板だったせいもあるが、看板が当った腕はそこからキレイにスパっと切れてしまった。

そして、俺は急に引っ張る力がなくなったためそのまま道路の反対側まで転げて行った。

しかし腕から切り離されたにも関わらず、手の方がまだ強い力で俺の腕を握っている。

俺は半狂乱になりながら、近くにあった街灯に俺を掴んでいる手を何度も何度も叩きつけた。

自分の腕も痛いが、このままにしておけるわけもなく背に腹は変えられない。

10回ほど叩きつけた頃だろうか、メキッという骨の折れるような音がして、手は俺の腕から離れ地面に落ちた。

俺はそのまま一切後ろを振り返らず、全速力でその場から逃げた。

後になって冷静に考えてみると、ふとおかしな事に気が付いた。

切り離された手を俺はあの場にそのまま放置したはずなのだが、人の手が落ちていたと騒ぎになった様子がまるでない。

それと、腕は明らかに切れていたのだが、一切血が出ていなかった。

その後、俺は夜中にあの道を通っていない。

昼間ならまだ良いが、もう夜中にあの道を通る勇気はない。

結局、あの隙間は何だったのか、女の人と子供は何だったのか、未だに分からない。

関連記事

砂時計(フリー写真)

巻き戻る時間

10年程前、まだ小学生だった私は、家で一人留守番をしていました。 母親に注意もされず、のびのびとゲームを遊ぶことが出来てご満悦でした。 暫く楽しく遊んでいると、電話が掛かっ…

鏡の中の話

鏡の中の話だ。 小さい頃、俺はいつも鏡に向かって話し掛けていたという。 もちろん、俺自身にはハッキリとした記憶は無いが、親戚が集まるような場面になると、決まって誰かがその話…

地下のまる穴(長編)

これは17年前、高校3年の時の冬の出来事です。 あまりに多くの記憶が失われている中で、この17年間、僅かに残った記憶を頼りに残し続けてきたメモを読みながら書いたので、細かい部分や…

夜の住宅街

山に棲む蛇

20年前、山を切り開いた地に出来た新興住宅地に引っ越した。 その住宅地に引っ越して来たのは私の家が一番最初で、周りにはまだ家は一軒もなく、夜は道路の街灯だけで真っ暗だった。 …

夜のオフィス(フリー素材)

中小ソフトウェアハウス

中小ソフトウェアハウスに勤めていた友人Kの話です。 あるプロジェクトの納期がきつくデスマーチとなり、Kとその先輩は連日徹夜で作業していたそうです。 ところが、以前のプロジ…

手伝うよ

私が通学する駅は自殺の多い駅だ。 そのせいか、電車の急停止が多い。 急停止が多いあまり、学校や会社に遅れても「電車が」「自殺があって」と言えば遅刻扱いにならず、受験は余った…

入れ替わった友人

怖くないけど、不思議な小ネタ。若しくは俺が病気なだけ。 俺は今仕事の都合で台湾に住んでる。宿代もかからず日本からも近いから、たまに友達が台湾に遊びに来る。そういう時の話。 …

工場

不可解な扉の向こう

幼い頃の私には忘れられない体験があります。それは幼稚園の頃、よく遊びに行っていた祖父の家で起きた出来事です。祖父の家は関東のどこか、田舎でも都会でもない中途半端な場所にありました。そ…

魚(フリー画像)

魚の夢

俺は婆ちゃん子で、いつも婆ちゃんと寝ていたんだが、怖い夢を見て起きたことがあった。多分5歳くらいの時だったと思う。 夢の内容は、『ボロボロの廃屋のような建物が三軒くらいあって、そ…

思い出のテトリス

祖母が亡くなった時の話。 祖父母4人の中で一番若い人で一番大好きな人だったから、ショックで数日経ってもまだ思い出しては泣いてた。 ある日の夕方、自室のベッドで横になってやっ…