魚の夢
俺は婆ちゃん子で、いつも婆ちゃんと寝ていたんだが、怖い夢を見て起きたことがあった。多分5歳くらいの時だったと思う。
夢の内容は、『ボロボロの廃屋のような建物が三軒くらいあって、その手前に堀があり、そこに信じられないほど大きな魚が泳いでいる』というもの。
最初は笑って宥めてくれていた婆ちゃんだったが、『魚』と言った途端に顔色が変わった。
そして、夜中なのにどこかに電話をかけていた。
両親も起きて来て出掛ける準備をしている。
俺も眠いながら着替えをさせられて、父ちゃんの運転する車で出掛けた。
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着いた先はひい婆ちゃんの家(婆ちゃんの実家)だった。
婆ちゃんが呼び鈴を押すと親戚が出て来て、婆ちゃんが「魚で解ったから来た」というようなことを言っていた。
ひい婆ちゃんの部屋に行くと、ひい婆ちゃんが亡くなっていた。
目も口もかっと開いて、『ああ、死んでるんだな』と直感的に解った。
ひい婆ちゃんの家は、亡くなったひい婆ちゃんとその親戚のおばさんの二人暮らしだったから、うちの両親や婆ちゃんが色々と葬式の手配をした。
※
婆ちゃんが教えてくれた。
「オラが魚の夢を見ると、必ず親戚が死ぬんだ。でも今回は見なかった。でもお前が代わりに魚を見た」
だからどうしろということは無く、俺も何となく『そうか、そういうものなのか』と思った。
婆ちゃんと別に寝るようになってからは、婆ちゃんは単独で魚の夢を見ていたようだ。
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俺も遠くの大学に進学して、実家を出てしまった。
久しぶりに親が電話をかけてきて、婆ちゃんの様子が変だから帰って来いと言う。
入院でもしたのかと言うと、そういう訳ではなくボケた訳でもないと言う。
でも気になるので帰省した。
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婆ちゃんの部屋はもぬけの殻だった。
大切にしていた着物も趣味の書道道具も何も無く、ただ布団しかなかった。
親によると、急に片付け始めて、箪笥なども全部庭で燃やしてしまったと言う。
「婆ちゃん、何かあったのか」
孫になら話してくれるかと思い聞いてみた。
婆ちゃんは言った。
「魚を見た。でもあれは、本当は魚ではねがった。堀でもねえ、壊れた家でもねえ」
そして、婆ちゃんは黙ってしまった。
婆ちゃんはその日の夜、心不全で亡くなった。
※
その晩、俺は単独で魚の夢を見た。
廃屋には、前は判らなかったが、沢山の人が居て苦しんでいるようだった。
堀は、堀と言うより深い溝で、赤色か緑色をした嫌な色の液体で満たされていた。
魚の背びれが見える。大きな魚が浮き上がって来る。人の顔ほどもあるウロコが見える。
いや、あれは人の顔だ。
魚が地鳴りを立てて跳ねた。魚は魚ではなく、死人が魚の形に集まったものだった。
婆ちゃんやひい婆ちゃんの顔があったかは分からない。
でも何故か、『俺も死んだらあの魚になるんだな』と思った。
俺も身辺整理を始めようかと思う。