秘密

DSCN8086_original

小学四年生の時の話。

当時、俺は団地に住んでいた。団地と言っても地名が○○団地というだけで、貸家が集合している訳じゃなく、みんな一戸建てに住んでいるような所だった。

既に高齢化が進んでいた地域だったため、同じ学校の生徒、ましてや同級生なんてほぼ居なかった。だから俺は自然と二つ上の兄貴とその友達と遊ぶことが多かった。

その団地には、兄貴とタメのやつが他に二人居て、名前を田中、林といった。俺が入学した頃からその四人でよく遊んでいた。

四年の春にその団地に転校生がやって来た。名前は慶太といって、兄貴と同学年だった。遊び相手が増えた俺たちは慶太を誘い、毎日日が暮れるまで遊んだ。

最初こそ慶太は俺たちを拒んでいるような雰囲気を醸し出していたものの、日が経つにつれてそれは次第に薄れて行った。

慶太が越して来て初めての夏。新たな仲間を迎え入れた俺たちは、五人の秘密基地を作ることにした。

秘密基地といってもただ藪の中に空間を作って、そこに段ボールやら敷物やらを置いただけの稚拙なものだったけど、当時の俺らには特別なものに感じられた。

兄「ここは俺らだけの秘密基地やけん、絶対誰にも言うたらいかん」

完成直後、兄貴が言った。

田中「そらそうやわ。なんのための『秘密』なんやって話になるわ」

林「ほやけど絶対話さんてホショーは誰もできんよな」

兄貴達がいかにこの秘密基地の存在を知らしめないようにしようかと話し始めた。

「ばらしたらぼこす」だとか「駄菓子屋で500円分みんなにおごる」だとか、色々な意見が出て話がまとまらなくなった時、今まで黙っていた慶太が口を開いた。

慶太「皆で秘密をいいあったらええやん」

兄「言い合う?」

田中「みんなで自分の秘密を教えあって、基地のことを誰かが言うたらそいつの秘密をばらすってこと?」

慶太「そういうこと」

まあそれならと話がまとまり、みんな自分の秘密を言い合った。順番は慶太になった。

慶太「これは誰にも言うたことない話。俺が今からする話は全部ほんとのことやけん。俺の越してくる前の話なんやけど」

慶太は俺たちを見回した後に話を続けた。

慶太「俺な、鏡の向こうからきたんよ」

俺たち四人には意味が解らなかった。

慶太「今年の春休みのある日、朝起きて顔洗おうとして洗面所いったんよ。そんとき俺んなかで文字を鏡写しに書くんが流行っとって、その日たまたま鏡に息吹き掛けてそこに文字を書いたんよな。『いきたい』って。

そしたら閉めとったはずの戸が開いたんよ。全開。鏡ん中で。振り返っても実際しまっとんやけど鏡ん中やと開いとんよ。これは面白そう思てさ、戸の向こうに行こ思たんやけど後ろの戸はしまっとるわけやん?

どうにかして行ってみよて考えて、戸を半開きにしてみたんよね。そうすると鏡ん中も後ろも半開きなわけよ。『きたわ!』ってなってその隙間から出るやん。

でも戸出たらいつもの部屋なわけよ。でもなんか違和感があったんよね。なんやろ、思たらさ、間取りが鏡写しになっとることに気づいたんよ。

意味わからんなって泣きそうになったらさ、リビングの戸が開いておとんがでてきたんよね。いつもと変わらんおとんみたらちょっとだけ安心してさ、『新聞とってくる!』ていって玄関までいったんよ。

ほんで新聞とってテレビ欄のとこ見たら、全部字が鏡写しになっとんよ。もう怖なってトイレに閉じ籠ったて泣きよった。

ほしたらそれ心配したおかんがトイレの前きてさ、『大丈夫? 具合悪いん?』て聞いてきたんよ。俺は思たんよね。家の感じとか字は変わっとるけどおとんはなんも変わってなかった。てことは俺ら家族みんなが違う世界に来たんやないかって。

そう思って戸をあけて『大丈夫、なんともない』って出ておかんの顔みたらさ、頬にあるほくろの位置が逆になっとんよ。

そのとき確信したね。俺だけが鏡の向こうの世界からきたんやって。俺は鏡の向こうから引っ越してきた後、おとんの仕事で引っ越してここにきた。これが俺の秘密」

そこまで話すと慶太は俺たちを見た。

林「そ、その日はどうしたん?」

慶太「ずっと部屋に閉じ込もって泣いとった」

兄「帰ることは試したんか?」

慶太「何度もやった。鏡に『かえりたい』とか『もどりたい』とか書いたけどなんの意味もなかった」

田中「文字が鏡写しってことは、俺らが今書きよる文字がお前の世界では鏡文字ってこと?」

慶太「そういうこと」

俺「慶太って○○のとこに越してきたんやろ? でもあそこって前から人住んでなかった?」

兄「あそこはずっと空き家やぞ? お前何言よんや。なぁ?」

兄貴のその問いかけに田中も林も頷く。俺は納得することができなかったが、このまま口論になって殴られるのが嫌だったので黙ることにした。

その後も慶太への質問と、帰る方法の話し合いは続いたが、午後六つの鐘が鳴ったので俺たちは帰ることにした。

次の日、慶太一家が行方不明になった。大人達は「夜逃げがー」とか言っていたが、俺たち四人は『慶太は帰れたんだ!』とテンションが上がった。

先日、数年振りに兄貴にと飲む機会があり、当時の思い出を語り合った。

俺「慶太の話、ほんとやったんやろか」

兄「お前、まだあの話信じとんか。あんなん作り話でうまいこと逃げようとしただけやん」

俺「でも、その次の日に慶太おらんなったやん。つまりそういうことやろ」

兄「いやいや。家族全員おらんなったやん。もろ夜逃げやろ」

俺「ほうかぁ。まぁ夜逃げってことにしとくわ」

兄にはそう言ったものの、俺はずっと慶太は元の世界に帰ったのだと信じている。


note 開設のお知らせ

いつも当ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後もこちらでの更新は続けてまいりますが、note では、より頻度高く記事を投稿しております。

同じテーマの別エピソードも掲載しておりますので、併せてご覧いただけますと幸いです。

怖い話・異世界に行った話・都市伝説まとめ - ミステリー | note

最新情報は ミステリー公式 X アカウント にて随時発信しております。ぜひフォローいただけますと幸いです。

関連記事

マンション(フリー写真)

幸運の家

今から14年前に家を建て替えようという話になり、一時的に引っ越すことになりました。 その時に借りた家で体験したお話です。 場所は愛知県の岡崎市で、2年程前に近くを寄った時に…

鬼が舞う神社

叔父の話を一つ語らせてもらいます。 幼少の頃の叔父は、手のつけられない程の悪餓鬼だったそうです。 疎開先の田舎でも、畑の作物は盗み食いする、馬に乗ろうとして逃がすなど、子供…

砂時計(フリー写真)

巻き戻る時間

10年程前、まだ小学生だった私は、家で一人留守番をしていました。 母親に注意もされず、のびのびとゲームを遊ぶことが出来てご満悦でした。 暫く楽しく遊んでいると、電話が掛かっ…

オオカミ様の涙(宮大工6)

ある年の秋。 季節外れの台風により大きな被害が出た。 古くなった寺社は損害も多く、俺たちはてんてこ舞いで仕事に追われた。 その日も、疲れ果てた俺は家に入ると風呂にも入…

黒い物体

黒い穴

もう10年くらい前、俺がまだ学生だった頃の出来事。 当時、友人Aが中古の安い軽自動車を買ったので、よくつるむ仲間内とあちこちドライブへ行っていた。 その時に起きた不気味な出…

見覚えのある手

10年前の話だが、俺が尊敬している先輩の話をしようと思う。 当時、クライミングを始めて夢中になっていた俺に、先輩が最初に教えてくれた言葉だ。 「ペアで登頂中にひとりが転落し…

鳥居(フリー素材)

お狐様

これは私が、いや正確には母が半年前から9月の終わり頃までに経験した話です。 今年の7月某日、諸々の事情で私は結婚を前に実家へ一度帰省するため、アパートから引越しすることになりまし…

犬(フリー素材)

犬の気持ち

俺が生まれる前に親父が体験した話。 親父がまだ若かった頃、家では犬を飼っていた。 散歩は親父の仕事で、毎日決まった時間に決まったルートを通っていたそうだ。 犬は決まっ…

霧島駅

実際にその駅には降りていないし、一瞬の出来事だったから気の迷いかもしれないけど書いてみようと思う。 体験したのは一昨日の夜で、田舎の方に向かう列車の中だった。 田舎と言って…

大学の廊下(フリー写真)

鏡に映る私

短い話で、特に面白くも怖くもないかもしれませんが、私が中学生の時に体験した事を話させてください。 私はN県の出身で、私が住んでいる街には地元では少し有名なカトリック系の女子大が…