小綺麗な老紳士

dsc02860

駅構内の喫煙スペースで私はタバコを吸っていました。

喫煙スペースと言っても田舎の駅なので、ホームの端っこにぽつんと灰皿が設置してあるだけの簡易的なものでした。

すると小綺麗な老紳士といった出で立ちの男性が後からやって来ました。

軽く会釈をすると、彼は懐からタバコの箱を取り出してタバコを口に咥えました。

手を滑らせた男性の手から落ちた箱が蓋の開いたまま私の足元に落ちたので、私は拾い上げて蓋を閉めて返そうと思ったのですが、奇妙なことに気付きました。

確かに男性はその箱からタバコを取り出しました。

しかし、20本入りのその箱の中にはぎっしりタバコが詰まっており、一本も取り出した形跡が無いのです。

妙だなと思いながら男性に箱を返そうと男性の顔を見ると、どこかで見覚えのあるような顔の気がします。

不躾に彼の顔を見ながら「どこかでお会いしたでしょうか?」と尋ねました。

男性は「私も歳なもので、最近は咄嗟に人の顔を思い出せないのです。でもこの狭い片田舎ですし、どこかでお会いしたのかもしれませんね」とにこやかに返してくれました。

それから妙に話しやすい雰囲気の彼に、私は世間話から普段誰にも言わないような仕事の愚痴まで、自分でも「私はこんなにお喋りだっただろうか」と思うほどいろいろな話をしました。

彼はそんな私の話を嫌な顔一つせずにこにこ笑いながら、時折うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれました。

先に吸い終わってしまった私は彼に「またどこかで会えたらいいですね」とお決まりの文句を口にして、彼に背を向け改札に向け歩き始めました。

『不思議と懐かしい気持ちにさせてくれる人だな』と思いながら2、3歩進んだ辺りで、ふとあることを思い出しました。

幼い頃、よくタバコをふかしながら遊んでくれた叔父のことです。

彼は私が大学2年の時に既に他界していました。

私が反射的に彼の方を振り返ると、まるで私が振り返ることが解っていたように目が合いました。

そして、頭に乗せた山高帽を軽く持ち上げ「お元気で」とにこやかに笑いました。

人違いかもしれないということもあり、私はそのままホームを後にしました。

駅のホームは小高い場所にあり、改札を出て喫煙スペースのある辺りに目をやると、彼はもう居ませんでした。

田舎のホームなので改札も出入り口も一つしか無く、電車もその間入ってきていなかったと思います。

しばらく出口で彼が出てくるのを待ってみたのですが、やはり一向に出てくる気配もありません。

きっとあれは叔父だったのだな、と自分の中で納得して駅を後にしました。

後日、叔父の墓参りに行きました。彼の大好きなタバコをお供えして、不謹慎と解りつつも墓前で一本タバコに火を点け幼い頃の話をしました。

私はなんだか満たされたような気持ちになりました。

タバコの煙が懐かしい叔父の香りを思い出させます。

あれからも私は毎日、あの喫煙スペースで彼にまた会えないだろうかと思いながらタバコを吸っています。

関連記事

ざわつき声の正体

高校を卒業し、進学して一人暮らしを始めたばかりの頃の話。 ある夜、部屋でゲームをしていると、下の方から大勢の人がざわざわと騒ぐような声が聞こえてきた。 俺は『下の階の人のと…

廊下(フリー写真)

放課後の部室で

うちの高校の演劇部の部室での事。 私は当時、演劇部の部長だったので、一人で遅くまで部室に居る事があった。 ある日、いつものように部室に残っていたら、ふと人の気配を感じた。 …

縁側(フリー写真)

田舎にワープ

自分でも今だに信じられない話。俺が小学二年生の夏の話。 弟と兄弟喧嘩をした時、両親は理由も聞かず、長男だからという理由で俺だけを叱った。 正座させられた俺に、両親の後ろに回…

車に乗った白い霊

私が学生の時に、実際に体験した話です。 その当時付き合っていたある女友達は、ちょっと不思議な人でした。 弟さんが亡くなっているんですが、彼女の家に遊びに行くと、どこからかマ…

和室

死守り

俺のじじいは柔道五段、がっしりした体格で、土と汗の臭いのするでかい背中。日に焼けた顔。 俺がろくでもないことをする度にぶっ飛ばされた、荒れた手。 素直じゃなくて憎まれ口ばか…

ダル

小学校の頃、家族で山に行った時の話。 俺はふとしたことで山道から外れ、迷子になってしまった。 山道に出ようとしたけれど、行けども行けども同じような風景が続く。 そのう…

時間

時を超えた電話

高校の時に母から、 「昨日、お前から電話がかかってきた。○○(住んでいるところ)にもうすぐ到着するという電話だった。声は確かにお前だった」 と言われた事があった。 そ…

雪景色(フリー素材)

もどり雪

一月の終わり、山守りのハルさんは、山の見廻りを終えて山を下っていた。 左側の谷から、強烈な北風に舞い上がった粉雪が吹き付けてくる。 ちょっとした吹雪のような、『もどり雪』だ…

紅葉(フリー素材)

幻の宴

旅行先で急に予定が変更になり、日本海沿いのとある歴史の古い町に一泊することになった。その時に体験した話。 ※ 日が暮れてから最初に目に入った旅館に入ったんだけど、シーズンオフのせい…

夜のアパート(フリー素材)

古戦場の近くにある寮

今から八年前の五月に体験した話。 当時は大学の寮に住んでいたのだけど、その寮は凄かった。 古戦場の近くで、その霊を供養するお寺が近所にあり、更に寮の隣の竹林には首塚があっ…