この話を誰かに話す時、

「確かにその話、滅茶苦茶怖いけど、本当かよ？」

と言われる事がある。

霊が出て来るような話の方が、余程現実味があるからだ。

これは俺が実際に体験した不思議なお話です。

※

俺が小学5年生だった頃の朝、いつのもように近所の同級生達2人と、学校へ登校するため登校路を歩いていた。

暫く話しながら歩いていると、前方を歩いている2人組の女の子が視界に入った。

1人は自分と同じクラスの同級生、もう1人は別のクラスの女の子である。

俺は同じクラスの女の子の方に目が釘付けになった。

何故ならば『全身、真っ紫』なのである。

『真っ赤』とか『真っ青』とか『真っ黄色』等と言う言葉はあるが、『真っ紫』と言う言葉は無いと思う。

しかし、どういうものを見たかと言うと、頭の先の髪の毛から体全体の服、靴までの全身が、紫色のペンキを頭から被ったように『真っ紫』なのである。

普段からそんな奇抜な格好をしている子達という事は無く、普通の女の子である。

普通なら「おい、あれ見ろよ！！」と一緒に歩いている同級生2人に話しかけるのであろうが、何故か話してはならないというか、話したくても言い出せない。

口を開こうとしたら言い知れぬ恐怖感が襲って来るような、金縛りに遭ったかのような何とも言えない不快感を感じていた。

俺と一緒に歩いている同級生2人も、確実にその紫の女の子は視界に入っている距離だ。

だが何も言わないし、指摘もしない。

普通にゲームの話などをして盛り上がっている。

そして、もはや前方の女の子2人を追い越す距離までに近付いた。何も言わない。おかしい。

擦れ違いざまに女の子の顔を見た。卒倒しそうになった。

肌の色まで真っ紫だったのだ。顔の皮膚、腕の皮膚、足の皮膚、全てだ。

思わず悲鳴を上げると、女の子2人が「おはよう」と挨拶をして来た。

「おー」と同級生2人が返事を返す。

俺だけ引き攣った顔をしている。

やはりおかし過ぎる。誰一人として、女の子の全身が紫な事に一切触れないのだ。

「お前、何驚いてるんだ？」と怪訝な表情の同級生2人。

『ドッキリか？』とも思ったが、いくら何でもこんな手の込んだドッキリをする意味は無い。

その時初めて、自分以外には見えてないのだと思った。

※

ドッキリでは無い事は、教室に入ってから一層確信する事になった。

他の同級生達も、一切その女の子が紫な事には触れず、普通に話している。

極めつけは、出席を取る際や授業が始まった時だ。

担任の先生すらも一切その事に触れない。他の人たちには見えていない事を確信した。

その日はもう、俺の頭の中は疑問符で一杯だった。授業中も上の空、給食や休み時間も上の空である。

『あいつ何で紫なんだ？』と同級生に聞けば良いのだが、先程も書いたように『この事に触れてはいけない』という、本能的なおぞましさを感じて言い出せなかった。

ましてや当人の女の子に直接聞くような事は出来なかった。

※

そして下校直前の掃除時間の事である。

グループ毎に分かれて校舎内の様々な場所を掃除するのだが、自分のグループが割り当てられた場所は、校舎の裏庭の方の少々薄暗い区画だった。

例の紫の女の子も同じグループだった。

俺の目の前には、全身紫のその子が箒でゴミを掃いている後姿が見える。

周囲には俺とその子しか居なかった。聞くなら今しかない。

「なん、なんで、な…」

言い知れぬ恐怖が言葉を吃らせ、質問を躊躇させ、口が上手く開かない。

そしてとうとう好奇心が恐怖心を凌駕した。

思い切ってその女の子に近付き、

「何で今日は全身紫なの？」

と聞いた。

その瞬間、女の子が体全体でこちらに向き直り、

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

と、飛び出さんばかりに眼を開き、顎が外れんばかりに口を開き、いつもの女の子とはとても思えない表情で絶叫していた。

俺もたまらず絶叫し、箒を放り投げて教室に駆け戻った。

やがてチャイムが鳴り、掃除時間が終わり机に座っていたが、その間教室でどう過ごしたかは全く記憶に無い。

※

ホームルームが終わり、下校の時間になると、とにかく早く家に帰りたかった。

毎日一緒に下校する友人はその日クラブ活動があり、今日は一人で帰る日だった。

下駄箱に通じる廊下を歩いていると、前方から例の紫の子が友人2人と歩いて来るのが見えた。

その子もクラブ活動に行くのであろう、体操服を着てこちらに歩いて来る。

視線を合わせないように小走りに擦れ違おうとすると、その子が擦れ違いざまに、

「モウキカナイデネ」

とボソッと言った。

『もう聞かないでね』

ではなく、宇宙人やロボットの真似をする時のように、抑揚の無い声で、

『モウキカナイデネ』

と言った。

俺は走って校舎を飛び出した。どう帰ったかも覚えていない。

※

家に帰るとゲームをしたりして、その事をなるべく考えないようにした。

晩御飯を食べ終わるくらいまでは、それなりに楽しく過ごした。

しかし、布団に入って寝る段階になって再び恐怖感が襲って来た。

『もし明日も紫だったらどうしよう…』と思うと、学校に行くのが憂鬱になってきた。親にも話せない。

ノイローゼになるかもしれない。憂鬱な気分のまま、その日は眠った。

※

翌朝のいつもの登校中。また例の女の子とその友人の後姿が前方に見えた。

女の子は普通に戻っていた。安堵した瞬間、何故か涙が出て来た。

一緒に登校している同級生たちに不思議がられ、からかわれながらも、嬉しくて暫く涙が止まらなかった。

女の子と擦れ違う瞬間も、まだ少し恐々とした気持ちで顔を覗いたが、皮膚の色も通常に戻っていた。

「おはよう」「おはよう」と普通に挨拶を交わした。

※

以後、卒業するまでその女の子が再び全身紫になる事は一度も無かった。あの日の事も二度と聞く事は無かった。

一体あれは何だったのか？

もう聞かないでねと言ったという事は、少なくとも女の子自身も、紫色になっている自分を自覚していたと言う事なのだろうか…。

この話は完全にトラウマであり、その後も偶に悪夢として見る事もあった。

ようやく最近になって人に話せるようになった、封印していた話である。

紫色になった女の子も、今は結婚して幸せに暮らしているようだと、人伝に聞いた。

今でも、街で偶に白髪を紫色に染めたお婆さんなどを見たらドキッとする。

あと『X-MEN』という映画に出て来る全身真っ青な女キャラも、最初見た時にあのトラウマが蘇り、途中で見るのをやめた程だった。