井戸を知っていた

庭

息子が二歳になった頃から、奇妙なことを言い始めた。

「前に住んでた家に帰りたい」

最初はテレビで見た場面の真似だろうと思っていた。

二歳の子どもが覚えていることなど、大したものではないはずだった。

けれど息子は、見たこともない家の細部を、淡々と語った。

「庭に井戸がある」

「大きな木の門があって、鉄の釘が三本打ってある」

「一番奥の部屋は、藁のにおいがする」

うちは都内のマンションで、井戸どころか木の門すら子どもの生活圏には存在しなかった。

夫に話しても、「絵本で見たのを混ぜてるんだろう」と笑うばかりだった。

私もそう思おうとした。

けれど息子は、何度も同じ家のことを口にした。

季節が変わっても、違う絵本を読み聞かせても、同じ場所の話ばかり繰り返した。

そのうちに、新しい言葉が増えた。

「けいちゃんが待ってる」

けいちゃんというのが、誰のことなのか、私たちには心当たりがなかった。

保育園の名簿を確かめても、親戚を辿っても、同じ名前の子どもは出てこなかった。

息子は、自分のことでも友達のことでもなく、ただ、「待ってる人」と言った。

その年の夏、夫の祖父の七回忌があり、岩手の実家に行くことになった。

私にとっては嫁いでから数回目の訪問で、息子を連れて行くのは初めてだった。

新幹線と在来線と車を乗り継いで、五時間ほどかかった。

息子は道中、ぐずりもせず、ひたすら窓の外を見ていた。

古い農家の前で車を降りた瞬間、息子はそれまでのおしゃべりをぴたりとやめた。

薄曇りの午後で、庭には乾いた土と草のにおいが立っていた。

息子は、家の左手に立つ木の門を、じっと見上げた。

門は黒ずんでひび割れた板で、所々に鉄の釘の頭が浮いていた。

私が数えたとき、釘は確かに、三本だった。

「ここだよ」

息子はそう言って、門の横をすり抜け、裏庭のほうへ歩いていった。

私と夫は顔を見合わせてから、慌てて後を追った。

裏庭の隅には、苔に覆われた小さな円形の石があった。

近づいてよく見ると、それは石で塞がれた古い井戸の跡だった。

息子は、井戸の前にしゃがみ込み、両手を膝に置いて、じっと石を見つめていた。

そして、小さな声で言った。

「閉めてくれて、ありがとう」

夫が息子の肩に手を置いたが、息子はそのまま動かなかった。

その晩、夫の祖母と台所で夕食を囲んだ。

祖母は八十を越えた小柄な人で、息子のことを「よく来たねえ」と笑顔で迎えてくれた。

息子はいつも通り白いご飯を食べ、ブロッコリーだけを皿の端に寄せていた。

食後、私がお茶を淹れていると、息子は祖母の隣に座り、湯呑みを両手で受け取った。

そして、祖母を見上げて、ごく自然に尋ねた。

「けいちゃんは、もうここにいない?」

湯呑みを口に運びかけていた祖母の手が、途中で止まった。

夫が「けい、って誰だ?」と尋ねたが、祖母はすぐには答えなかった。

しばらく黙って息子の顔を見つめてから、祖母はゆっくりと話し始めた。

自分には年の離れた弟がいた、という話だった。

名を、けいすけ、といった。

四歳の夏、裏の井戸に落ちて亡くなった。

六十三年前の、八月のことだった。

家族はその年の秋、井戸を石と土で塞ぎ、以来、誰もその話をしなくなった。

位牌もなく、写真も一枚しか残っていないという。

祖母が幼い弟を呼ぶときに使っていた、「けいちゃん」という呼び方は、祖母以外は誰も知らないはずだった。

息子は、その話をただ黙って聞いていた。

途中で口を挟むこともなく、祖母の目をまっすぐ見ていた。

話が終わると、息子は湯呑みをそっと置いて、「おじいちゃんもう寂しくないね」とだけ言った。

祖母は返事をせず、湯呑みの縁を指でなぞっていた。

帰りの車の中で、夫はほとんど口を利かなかった。

息子は後部座席のチャイルドシートで、出発して十分もしないうちに眠りに落ちた。

東北道を南下しながら、私はずっと、ある夜のことを思い出していた。

息子を身籠ったと分かる少し前、私は夢を見ていた。

知らない古い農家の庭に立っていて、四歳くらいの男の子が門のほうから私に向かって手を振っていた。

夢の中の私は、何と言っていいか分からず、ただ曖昧に手を振り返した。

男の子の顔は、はっきり思い出せないまま、いつのまにか朝になっていた。

夢の中の庭にあったのが、あの井戸だったのか、いまとなっては確かめようがない。

けれど、すべての辻褄が、静かに合ってしまったことは分かった。

息子は、いま七歳になった。

前に住んでいた家のことも、けいちゃんのことも、もう一切話さない。

試しに「前にいた家のこと、覚えてる?」と聞いても、

「そんなの、なかったよ」と笑って返すだけだ。

子どもの不思議な記憶は、大きくなる過程でひとつずつ消えていくものだと、何かで読んだことがある。

だから、これでいいのだろうと思っている。

ただ、岩手の古い農家の裏庭には、いまも苔むした小さな円い石が残っている。

六十三年前に塞がれた、小さな井戸。

息子があの日、「閉めてくれて、ありがとう」と呼んだ、あの井戸。

あのとき息子の口から出た言葉が、本当に息子自身のものだったのか、そうでなかったのか。

私には、いまも分からない。

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