岩壁に残る足跡

崖

10年前の話ですが、私が深く尊敬している先輩の話をします。クライミングを始めたばかりの頃、先輩が私に教えてくれた最初の言葉は忘れられません。

「ペアで登頂中にひとりが転落してしまったら、上の者はできる限り努力して助けろ!ぶら下がっている者は、上の者を助けるつもりで自分のザイルを切れ!」

その後、実際に先輩は私たちがクライミングしている最中に自分のザイルを切りました。その数年後の出来事です。私と後輩が岩壁に挑んでいた時、私は足を踏み外し、ぶら下がる状態になりました。この状況から脱出する経験が浅い後輩は途方に暮れ、涙を浮かべていました。

私は諦めかけ、「最期は笑って逝ったと家族に伝えてくれ」と言い、ナイフに手をかけました。その瞬間、見覚えのある手が私の手を押さえました。それは間違いなく、かつて自らザイルを切った先輩の手でした。

驚いたことに、後輩が教えていない救出方法で私を助け出しました。後輩自身も、どうしてその方法を思いついたのかわからないと言っていました。私を救う後輩のそばで、もう一つの手がザイルを握っているのを見ました。

あの瞬間、生死の境をさまよう緊迫した状況だったため、幻覚を見たのかもしれません。しかし、私の手を押さえたあの手の感触は、確かに先輩のものであったと信じています。それは、過去に与えられた教訓と先輩の精神が、最も必要な瞬間に私たちを守ってくれたのだと思います。

関連記事

Qualeは物質に干渉する

僕は東京の杉並区に住んでいます。今は恥ずかしながらフリーターです。 昨日は友人四人と駅近くの居酒屋で飲み、ほろ酔いで自宅まで帰っていました。駅から自宅までは歩いて10分ほどです。…

無限ループするトンネルと祭り

休日の夕方に友人連れ3人で、温泉宿に向かう山道を車で走っていた。 車の持主が運転、もう一人は後部座席、俺が地図を見ていた。 地図上では一本道で、トンネルを3つ通らないといけ…

犬(フリーイラスト)

じじ犬との会話

ウチのじじ犬オンリーだけど、俺は夢で犬と会話できるっぽい。 じじ犬と同じ部屋で寝ていると、大抵じじ犬と喋っている気がする。 「若いの、女はまだ出来んのか?」 「うるさ…

笈神様(おいがみさま)

その日の夜、私は久し振りに母に添い寝してもらいました。母に「あらあら…もう一人で寝られるんじゃなかったの」と言われながらも、恐怖に打ち勝つ事は出来ず、そのまま朝を迎える事となりました。…

歪みが発生している場所

確か小学2年の頃の話。 クラスで仲の良い友人が、 「すごい場所があるんだよ!今日行こうぜ!」 と言うので付いて行った。 そいつは普段から「宇宙人を見た」などと言…

教室(フリー素材)

消えた同級生

小学2年生の時の話。 俺はその日、学校帰りに同じクラスのS君と遊んでいた。 そのS君とは特別仲が良い訳ではなかったけど、何回かは彼の家にも遊びに行ったし、俺の家に招いたこと…

神秘的な山(フリー写真)

サカブ

秋田のマタギたちの間に伝わる話に『サカブ』というのがある。 サカブとは要するに『叫ぶ』の方言であるが、マタギたちが言う『サカブ』とは、山の神の呼び声を指すという。 山の神…

油絵の具(フリー写真)

母の想い

子供の頃、家は流行らない商店で貧乏だった。 母がパートに出て何とか生活できているような程度の生活だ。 学校の集金の度に母親が溜め息を吐いていたのをよく憶えている。 別…

わたしはここにいるよ

俺が小学生の頃の話。 俺が住んでいた町に廃墟があった。 2階建てのアパートみたいな建物で、壁がコンクリートでできていた。 ガラスがほとんど割れていて、壁も汚れてボロボ…

満月

ファンの悲哀

昔、私はある役者の熱狂的なファンでした。彼が出演するすべての作品を見るのはもちろん、関連する雑誌も買い集めていました。しかし、彼はある日、病気のために休養を余儀なくされ、そのまま亡く…