黒い同居人

ある日を境に、私の部屋に“黒い人影”のような存在が棲みつくようになりました。
おそらく、どこかで拾ってきてしまったのか、それとも偶然入り込んでしまったのか――とにかく、それは静かに、けれども確実に私の生活の中に居座るようになったのです。
当初は、ただの悪戯好きな存在だと思っていました。
積み上げた物はことごとく倒され、ハンガーに掛けていた服は落とされ、挙げ句の果てにはトイレのドアまで勝手に開けられる。
しかし、大した害はないし、まぁ放っておいても大丈夫だろう……そう高をくくっていたのです。
※
ところがある日、包丁を動かされ、その拍子に手を切ってしまいました。
その瞬間、それまで「しょうもないヤツ」と思っていた私の中に、確かな恐怖が芽生えました。
もしかしたら、この“黒い存在”は、油断させておいて、いずれ私を殺すつもりなのではないか――。
そんな疑念が、頭をよぎりました。
※
それからしばらく経ち、私は突然高熱を出して寝込んでしまいました。
体温計を見れば、40度近い熱。起き上がる力もなく、携帯はベッドから少し離れた場所にあって、誰かに助けを求めようにも動けない。
視界がぼやける中、ふと足元に“アイツ”の姿がありました。
――やっぱり、殺す気だったのか。
そんな考えが一瞬、頭をかすめました。
しかし、次の瞬間、その考えは吹き飛びました。
なぜなら、アイツが焦っているのが、伝わってきたのです。
まるで、必死に私の様子を伺っているかのように。
「おまえじゃねえのかよ……」
かすれた声で、空元気ながらも、私は思わずツッコミました。
そのとき、“がこっ”という音がして、何かが床に落ちたのが分かりました。
手を伸ばして探ると、それは携帯でした。
すぐに友人へ電話をかけましたが、声が出ず、助けを呼べません。
電話口では、友人が冗談半分に「イタズラ電話すんなよ〜」と笑っています。
必死になって何とか伝えようとしたその時――
『うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!』
突然、部屋中に響き渡るような叫び声が響きました。
アイツの声だと直感しました。
その叫びに恐れをなした友人は、すぐに私の家に駆けつけてくれて、私は何とか一命を取り留めることができました。
※
それ以来、相変わらず“黒いアイツ”は私の部屋に居ます。
トイレに入っていると、相変わらずドアを勝手に開けてきます。
そして、出ようとするタイミングで思い切り扉を閉められて、挟まれることもあります。
萌えでもなんでもなく、ただただ痛い。
けれども、まったく害がないというわけでもなく、不思議なことに、必要なときには手助けもしてくれます。
たとえば、テレビのリモコンが見当たらないと慌てていると、ふと気づけばテーブルの上に置かれていたり。
みかんが好きなようで、親戚から送られてきたみかんの箱の周辺には、よく気配を感じます。
一度、「一緒に寝るか」と声をかけたら、その瞬間どこかへ消えてしまいました。
……恥ずかしかったのかもしれません。
※
それでも、今、こうして文章を書いている背中にも、確かに視線を感じます。
喋ってくれたらいいのになと思うこともありますが、こういう存在は、喋らないのが“普通”なのかもしれません。
怖い存在かと問われれば、そうでもない。
けれど、心から安らげる存在かといえば、それも違う。
でも――仲は、悪くないと思っています。