紫陽花

公開日: 心霊ちょっと良い話

紫陽花(フリー写真)

去年の今頃、ばあちゃんが死んだ。

ずっと入院生活だったし、医者からも

「いつ逝ってもおかしくない」

と言われていて、心の準備はできていたはずだったがやはり悲しく、棺の中のばあちゃんの顔を見られないまま葬式進行、出棺になった。

みんなで棺に花を入れていたら、母が

「あっ!お母さん紫陽花大好きだった!」

といきなり叫んだ。

入れるために用意されていた花の中に紫陽花は無かった。

「好きだった花だし入れてあげよう!」

ということになって、私と従姉妹二人と叔父で車に乗り、あちこちの花屋に行ったが、何故だか紫陽花はどこにも売っていない。

葬式屋に出棺を待ってもらっている状態だったので、遠くの花屋まで行く時間は無い。

仕方なく帰ろうとしたら、道沿いの家の庭に沢山の紫陽花が咲いているのが見えた。

その紫陽花の横に初老の男性が立って何かしていた。

「あの人に言えば譲ってくれるかも!」と叔父が言って車を停め、全員で男性の元へ走った。

「あの」と話しかけると、男性はすっと、今切ったばかりのような綺麗な紫陽花を束で叔父に手渡した。

「ほら、早く行ってあげなさい」

そう言って笑う男性に私たちは何度も頭を下げ、急いで帰り、無事にばあちゃんの棺に紫陽花を入れる事ができた。

私も入れたが、その時初めて見たばあちゃんの顔は安らかで、まるで眠っているようだった。

翌日、私たちは「お礼をしなきゃ」と、お菓子を持ってその家を訪ねた。

でも着いたら、そこはどう見ても空き家。昨日見た時は、確かに普通の家だったのに。

屋根瓦も剥がれているし、壁も一目見て腐っていると判るような状態。人の気配もしない。

でも、昨日見た紫陽花は確かにそこの庭に生えている。近所で他に庭に紫陽花がある家は無かった。

叔父と一緒に「確かにここだったよね?」とうろうろしていたら、従姉妹が「よそのおじいさんが、独断で譲ってくれたんかね?」と言い出した。

そうかも…と私たちは納得しかけたが、その時改めて考えてみると、あの男性は私たちが何も言わないうちに紫陽花を渡してくれた。

いくら私たちが喪服だったからって、そんなにすぐ用件が判るだろうか?

それに、私たちが男性に話し掛けた時、男性は既に手に紫陽花の束を持っていたようだった。

まるで、私たちが来るのが判っていたように。

私も叔父も従姉妹も何となく黙ってしまい、結局空き家の玄関にお菓子を置いて帰った。

誰も居ない家に何度も頭を下げて。

あれから一年経ったが、今だに不思議。

その家とばあちゃんとの縁も見えない。

でも、あの家に住んでいた人以外の『何か』が、私たちに優しくしてくれたのかな、と思っている。

関連記事

三宅太鼓(フリー写真)

三宅木遣り太鼓

八月初旬。 夜中に我が家の次男坊(15歳)がリビングでいきなり歌い出し、私も主人も長男(17歳)もびっくりして飛び起きました。 主人が「コラ!夜中だぞ!!」と言い、電気を点…

マンション(フリー写真)

幸運の家

今から14年前に家を建て替えようという話になり、一時的に引っ越すことになりました。 その時に借りた家で体験したお話です。 場所は愛知県の岡崎市で、2年程前に近くを寄った時に…

猫の親子(フリー写真)

魔法の絆創膏

俺がまだ幼稚園生だった頃の話。 転んで引っ掻き傷を作って泣いていたら、同じクラスのミヤちゃんという女の子に絆創膏を貰ったんだ。 金属の箱に入ったもので、5枚くらいあった。 …

満タンのお菓子

私の家は親がギャンブル好きのため、根っからの貧乏でした。 学校の給食費なども毎回遅れてしまい、恥ずかしい思いをしていました。 そんな家庭だったので、親がギャンブルに打ち込ん…

手を握る(フリー写真)

義母と過ごした時間

思いつくままつらつら書いたので、長くなってしまいました。 苦痛な方はどうぞスルーしてください。苦労を支え合った義母との思い出です。 ※ 私が妊娠7ヶ月頃のこと。 大阪で…

住宅(フリー写真)

苦労かけるな

夜に2階の自室で、一人で本を読んでいた時のこと。 実家は建てた場所が悪かったのか、ラップ現象が絶えなかった。 自分は単に家鳴りだと思っていたのだが、その日はポスターから音が…

駅のホーム(フリー写真)

同い年の父

今まで誰に言っても信じてもらえなかった話だけど、俺は同い年(当時27歳)の親父と話をしたことがある。 親父は俺が4歳の時に死んだのだが…。 俺が東京から実家に帰る途中の田…

牛(フリー写真)

ミチ

私の母の実家は一度、家が全焼してしまう大火事に遭いました。 当時住んでいたのは、寝たきりのおばあちゃんと、母の姉妹6人だけ。 皆が寝付いて暫く経った頃、お風呂を沸かすために…

夜のオフィス(フリー素材)

中小ソフトウェアハウス

中小ソフトウェアハウスに勤めていた友人Kの話です。 あるプロジェクトの納期がきつくデスマーチとなり、Kとその先輩は連日徹夜で作業していたそうです。 ところが、以前のプロジ…

旧い店舗(フリー写真)

長年の友への激励

米屋の店先で長椅子に座っていた米屋のじいさんが、ガックリ肩を落としたような格好でタバコを吸っていた。 すると「随分しょぼくれてんなぁー!ボケが始まっちまったかぁ? あぁ?」と大…