呻き声

夜のビル街(フリー写真)

俺のツレはいわゆる夜中の警備のバイトをしていて、これはそのツレにまつわる話。

ある日、そいつが言うには、

「何かさ、最近、バイト中に鳴き声がするんだよな」

「まあ、近所に猫くらい居るだろ?」

「いや、それがな…ほら、春先によく居るだろ、盛りがついて『あーおあーお』って鳴いてるのが…。

ああいうのが居てな、正直、気持ち悪くてたまらん」

「ああ。それはちょっと気持ち悪いなぁ…まあ、頑張れよ」

その日の電話はそれで終わった。

それから数日後…。

ツレがどうにも浮かない表情をしているので、一体何があったのか聞いてみたんだ。

「前に、猫が居るって話しただろ?」

「猫? ああ、何か気味悪い声で鳴くってヤツか?」

「アレな…猫じゃ無いんだよ。多分…って言うか、間違いなくアレ、人だぜ」

「そうなのか?」

「ああ。昨日な、見回りしてたらやっぱり猫の声がしてな…でも、何か違うんだわ。

何ていうか…前より近付いて来てる感じ?

そしたら妙にはっきりと聞こえて来てな、アレは猫じゃない…人だ」

「うはぁ、それはちょっと気味悪いな…近所にそんなヤツが居るのか」

「違うんだよ」

「違う?」

「その声な…建物の中から聞こえるんだよ」

「おいおい。入られてるじゃないか、しっかりしろよな、警備員」

「いや、でも普通さ、窓を破って入って来たりすると警報とか鳴るだろ? 鳴らないんだよ。

それに、どこを探しても誰も居ないしな…何かもう、バイト行きたくないわ」

苦笑交じりでそう言うツレに何と言って良いのか分からず、その日はそれで終ってしまった。

そして、それから数日後。

そろそろ真夜中になろうかという時に、ツレから電話があったんだ。

「もしもし、オマエか!これやべぇ、これやべぇぞ!」

「おいおい、どうしたんだよ。今バイト中だろうが?」

「そうだよ、警備中だよ!っつーか、ヤバイ!ヤバイってこれ!」

ツレはやたらと焦った様子で『やべぇ!やべぇ!』を繰り返す。

取り敢えず落ち着けと言ってはみたが、そんな事はお構い無しにヤツは続ける。

「声、するんだよ!呼んでるんだよ!」

「呼んでる?」

「俺の名前だよ!何で俺の名前、知ってるんだよ!? 何で、どんどん近付いて来るんだよ!?」

「おいおい、落ち着けって!」

ツレを落ち着かせようとしながらも、俺も心臓バクバク…。

何故なら、ぎゃあぎゃあと騒ぐツレの背後で小さく、微かだがはっきりと、

「おおんおおん」

という感じの、呻き声みたいなものが聞こえていたんだ。

「こえーよ!どうしたら良いんだよ!? こんな事、俺聞いてないぞ!? どうにかしてくれよ!」

錯乱の極みといった感じのツレの様子。だけど俺に何も出来るはずも無く、謎の呻き声は確かにどんどん近付いて来ているようで。

「…………」

「?」

いきなり受話器の向こうから不意に音が消えた。

ピンと張り詰めたような無音が暫く続き、俺がツレに何か声を掛けようとした、その瞬間――

「○○(ツレの名前)」

聞いたことも無いしわがれた声と共に、ツレの名を呼ぶその一言が響き渡り、次の瞬間には通話は切れてしまった。

後には呆然とするしかない俺が残されるばかり。

後日、ツレはバイトを辞めてしまった。

あの時、何があったのかと聞いても、ヤツは曖昧に言葉を濁してしまう。

ツレはあの時、何を見たのだろうか。

関連記事

橋の歩道

四ツ脚

高校生時代、陸上部で短距離走をやっていた俺は、夜学校が閉まってからも練習をする熱心なスポーツマンであった。 と言っても学校内に残って練習する訳ではなく、自宅周辺の道路を走るのであ…

田園風景

くねくね – 秋田の怪談

これは私が幼少の頃、秋田県にある祖母の実家に帰省した際の出来事である。 年に一度のお盆の時期にしか訪れない祖母の家に到着した私は、興奮を抑えきれず、すぐさま兄と一緒に外へ駆け出…

木造校舎

青い手首

ネタではありません。実際の体験談です。 世田谷区立某小学校での出来事。 ※ 入学して1年間は、戦前からある古い木造校舎で過ごしました。 2年生になった頃に木造校舎の建て…

断崖

断崖の夜髪

私がある旅行雑誌の取材の依頼で、足を運んだのは日本海に面した静謐な観光地でした。 その日、市の観光課に所属する案内人の丁寧な誘導のもと、カメラマンと共に車で取材地を巡りました。…

抽象画(フリー素材)

夢が現実に

最近になって気付いた不思議な事。 俺は普段眠ってもあまり夢を見ない。というか実際は見ていても忘れているんだと思う。 でも、偶に夢を覚えていたりする。しかも覚えているやつに限…

お嬢さんは地獄に落ちました

ある病院に、残り3ヶ月の命と診断されている女の子がいました。 友達が2人お見舞いに来た時に、その子のお母さんは、まだその子の体がベットの上で起こせるうちに最後に写真を撮ろうと思い…

マリエ

うちの近所にまことしやかに囁かれている「マリエ」というお話です。 オッチャンは焦っていた。今日も仕事の接待で深夜になってしまった。いつものT字路を曲がるとそこには古びた神社があっ…

旧家(フリー写真)

旧家の古井戸

俺が携わったのは、築100年以上で何世代にも渡って改修工事をして来た家の改築だった。 古く増改築を繰り返しているので、図面も残っていないし、形は不自然。 まずは図面を起こす…

浜辺(フリー写真)

小人の石

小学生の頃、俺の家族は青森の海沿いの田舎に住んでいた。 俺は幼い頃からよく浜で遊んでいたのだが、年末の1週間は夕方に浜で遊ぶのは禁止されていた。 だが小学3年生の大晦日、…

33年間

1783年(天明3年)、浅間山は大噴火した。 噴煙は、上空1万メートルにまで達し、その時に流れ出た溶岩流は、付近の村々をあっというまに覆い尽くし、約1200人もの命が失われた。 …