呻き声
公開日: 怖い話 | 死ぬ程洒落にならない怖い話
俺のツレはいわゆる夜中の警備のバイトをしていて、これはそのツレにまつわる話。
ある日、そいつが言うには、
「何かさ、最近、バイト中に鳴き声がするんだよな」
「まあ、近所に猫くらい居るだろ?」
「いや、それがな…ほら、春先によく居るだろ、盛りがついて『あーおあーお』って鳴いてるのが…。
ああいうのが居てな、正直、気持ち悪くてたまらん」
「ああ。それはちょっと気持ち悪いなぁ…まあ、頑張れよ」
その日の電話はそれで終わった。
※
それから数日後…。
ツレがどうにも浮かない表情をしているので、一体何があったのか聞いてみたんだ。
「前に、猫が居るって話しただろ?」
「猫? ああ、何か気味悪い声で鳴くってヤツか?」
「アレな…猫じゃ無いんだよ。多分…って言うか、間違いなくアレ、人だぜ」
「そうなのか?」
「ああ。昨日な、見回りしてたらやっぱり猫の声がしてな…でも、何か違うんだわ。
何ていうか…前より近付いて来てる感じ?
そしたら妙にはっきりと聞こえて来てな、アレは猫じゃない…人だ」
「うはぁ、それはちょっと気味悪いな…近所にそんなヤツが居るのか」
「違うんだよ」
「違う?」
「その声な…建物の中から聞こえるんだよ」
「おいおい。入られてるじゃないか、しっかりしろよな、警備員」
「いや、でも普通さ、窓を破って入って来たりすると警報とか鳴るだろ? 鳴らないんだよ。
それに、どこを探しても誰も居ないしな…何かもう、バイト行きたくないわ」
苦笑交じりでそう言うツレに何と言って良いのか分からず、その日はそれで終ってしまった。
※
そして、それから数日後。
そろそろ真夜中になろうかという時に、ツレから電話があったんだ。
「もしもし、オマエか!これやべぇ、これやべぇぞ!」
「おいおい、どうしたんだよ。今バイト中だろうが?」
「そうだよ、警備中だよ!っつーか、ヤバイ!ヤバイってこれ!」
ツレはやたらと焦った様子で『やべぇ!やべぇ!』を繰り返す。
取り敢えず落ち着けと言ってはみたが、そんな事はお構い無しにヤツは続ける。
「声、するんだよ!呼んでるんだよ!」
「呼んでる?」
「俺の名前だよ!何で俺の名前、知ってるんだよ!? 何で、どんどん近付いて来るんだよ!?」
「おいおい、落ち着けって!」
ツレを落ち着かせようとしながらも、俺も心臓バクバク…。
何故なら、ぎゃあぎゃあと騒ぐツレの背後で小さく、微かだがはっきりと、
「おおんおおん」
という感じの、呻き声みたいなものが聞こえていたんだ。
「こえーよ!どうしたら良いんだよ!? こんな事、俺聞いてないぞ!? どうにかしてくれよ!」
錯乱の極みといった感じのツレの様子。だけど俺に何も出来るはずも無く、謎の呻き声は確かにどんどん近付いて来ているようで。
「…………」
「?」
いきなり受話器の向こうから不意に音が消えた。
ピンと張り詰めたような無音が暫く続き、俺がツレに何か声を掛けようとした、その瞬間――
「○○(ツレの名前)」
聞いたことも無いしわがれた声と共に、ツレの名を呼ぶその一言が響き渡り、次の瞬間には通話は切れてしまった。
後には呆然とするしかない俺が残されるばかり。
※
後日、ツレはバイトを辞めてしまった。
あの時、何があったのかと聞いても、ヤツは曖昧に言葉を濁してしまう。
ツレはあの時、何を見たのだろうか。