トンじい

公開日: 怖い話 | 洒落にならない怖い話

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私の出身地は、古くから部落差別の残る地域でした。

当時、私は小学生でした。部落差別があると言っても、それは大人の世界での話で、幼い私には差別など解りませんでした。

子供同士はどこの地区出身かなど関わりなく仲良くなりますし、大人達は罪悪感があるのか子供達の前では部落の話を避けている節がありましたので、普段の生活で意識することはあまりありませんでした。

ただ、「○○地区のヤツは気が荒い。あまり仲良くなるな」ということは言われた事があります。

○○地区とは、海沿いにある2つの町を差す地域で、確かに不良が多かったのです。

当時、私は○○地区の友達Y君と仲が良く、放課後はいつもY君と遊んでいました。

私たちは毎日釣りに夢中になっていました。Y君の家の近くには海があり、よくY君のお父さんの釣竿を借りては、穴場を探して海の周りを探索し、釣りをしていました。

このY君のお父さんはとても怖い人でした。

いつも家にいて、がっしりとした体に短く刈った坊主頭と、いつも何かを睨み付けているような目をしていました。

その怖い外見通り気も短く、Y君の家でうるさく騒ごうものなら大声で「黙れ、ぶち殺すど!」と過激な言葉を使い怒鳴りつけてきました。

幼い私には苦手な大人でした。

ですので、Y君お父さんから借りた釣竿を使う時には、絶対に傷付けないよう注意して扱っていました。

ある日、Y君と二人で海のそばの林に入り、釣りのためのスポットを探していると、古いトンネルを見つけました。

とても小さなトンネルで、長さは5メートルぐらいだったと思います。

中にはゴミが散乱していました。

薄暗いトンネルを抜けた先には釣りのできそうな入江が見えます。

私たちはトンネルを秘密基地にしようと喜び、トンネル内に荷物を置いて、先の入江で釣りを始めました。

暫く時間が経ちましたが、魚は全く釣れず退屈していました。

すると突然背後から 「釣れるか?」 という声が聞こえました。

驚き振り返ると、破れた服を着た老人が立っていました。

私は老人から漂う悪臭に思わず顔をしかめました。

白髪混じりの老人の髪は油っぽくふけだらけで、しわだらけの皮膚の色は黒ずんでいました。

老人は、だるそうに黙って私たちを見ていました。

その右手には私たちの荷物があります。

体がすくんで固まる私の隣で、怯えた声でY君が言いました。

「それ俺たちのです」

「やっぱりか、わしの家にあった」

老人の声はとてもしゃがれていました。無表情だった顔を動かし目を細めて、

「あんなとこに置くと誰かに盗まれるぞ」

と笑い、荷物を置いてトンネルの中に入って行きました。

残された私たちは、荷物に駆け寄ると顔を見合わせて動揺しました。

その老人のような人間を見るのは初めてだったのです。

一体何者なんだろうと二人で話しました。

なんにせよ帰るには再び老人のいるトンネルを抜けなくてはなりません。

私たちは迷いつつ恐る恐るトンネルに入りました。

薄暗いトンネル内でござの上で横になっている老人の背が見えます。

その横を、音を立てないようにそろそろと二人で歩きました。

老人はその間ぴくりとも動きませんでしたが、出口にさしかかった時、唐突に言いました。

「遅いから気をつけて帰れよ」

私は急に老人に興味が湧き尋ねました。

「おじいさんはこのトンネルに住んでるの?」

「ああ」

「いつから?」

「お前が産まれる前からじゃ」

「なんで?」

「昔わるさして、罰があたったんじゃ」

「罰でトンネルにいるの?」

「そう。みんなに追い出されたんじゃ」

おじいさんの声は寂しそうでした。

「もう帰れ、おとうとおかあが心配しよるぞ。それと危ないから、ここらにはもう近よるな」

「うん」

しかし、私たちは翌日も老人のところへ行きました。

幼いながらに老人が悪い人だとは思えなかったのです。

最初は迷惑そうだった老人も、次第に私たちを可愛がってくれました。

一緒に遊んでくれたり、影送りや、折り紙など色々な遊びを教えてくれました。

私たちは老人のことを、トンじいと呼び、放課後になると毎日遊んでいました。

そんな関係が2ヶ月ほど経った頃、事件が起こりました。

トンじいはファンタが好きで、私たちがあげると大事そうに両手で飲んでいました。

「今度は違う味のファンタ持ってくるよ」と言うと「ありがとうな」と凄く嬉しそうに笑いました。

その日、トンじいの元から帰る途中、Y君がふざけて、背の釣竿を刀に見たて振り回し始めました。

勢いよく振った先で躓いてよろけ、とっさに支えにした釣竿がしなって中程が折れました。

Y君は青ざめ泣き出し、

「お父さんに殺される」

としきりに言いました。

私は泣きじゃくるYに頼まれ、一緒にYのお父さんのところに謝りに行きました。

折れた釣竿を見るなり、Yのお父さんの顔つきが強ばり、目が赤くなりました。

限界まで膨らんだ風船が破裂するのを抑えるように、ぶるぶると震えながら、

「どっちがやったんか? これ」

と平坦な声で言いました。

Yはうつむいて涙を地面に落とし、私は怖くて黙っていました。

「答えんか!お前がやったんか!!?」

Yの父親は怒鳴りながら、Yの髪を乱暴につかんで無理矢理顔を引き上げると血走った目で睨み付けました。

「答えんか!!」

「トンじいがした」

Yはしゃくりあげながら、か細い声で呟きました。

「ああ!!? トンじいって誰か!?」

「海のトンネルにいるおじいちゃんがやったんだ」

Yのお父さんは、Yを離すと憎らしげに言いました。

「大山のジジイが、あのやろう」

Yのお父さんは家に入り誰かに電話をかけると、スコップを持って走り去って行きました。

Yは声を上げて泣いていました。

翌日、私たちはトンじいのところに怖くて行けませんでした。

Yの話だと、Yの父親は翌日の朝に帰って来て、二度とトンネルに近寄るなと言ったそうです。

一週間程経って、私たちはようやくトンネルに行きました。

お詫びにとファンタを沢山持って。

しかしトンじいは居ませんでした。がらんとしたトンネルは静まり返っており、トンじいが使っていたござがそのままに敷かれていました。

暫く待ちましたが、仕方がないのでファンタを置いて私たちは帰りました。

その翌日、再びトンネルに行ってもトンじいはやはり居らず。

昨日置いたファンタはそのままの状態で置いてありました。

私は急に不安になってきました。トンネル内の赤黒い汚れが、トンじいの血に見えたのです。

Yは膝をついて号泣し、

「ごめんな、ごめんな、トンじい」

と繰り返していました。

それから次第にYとも疎遠になり、トンじいと会うことも二度とありませんでした。

大人になって母に、昔トンネルに住んでいる人がいたと言うと教えてくれました。

「昔、○○地区に大山さんって人がおってね。一家心中なさったんよ。

自宅に火をつけて、娘さんも、奥さんも亡くなったんやけど、大山さんは助かってしまって。

ただ隣の家にも延焼してしまってね。結局○○地区の人から追い出されてね。

本当か嘘か、トンネルに住んでるって聞いたけど。その人かもしれんね。

○○地区の奴らは本当に酷いことするよ」

これで終わりです。

トンじいがどうなったのか私には分かりません。

もしかしたら別の場所に移動して、今も元気にしているのかもしれません。

ただ曖昧な記憶の中で思い返すのです。Yの父親が持って行ったスコップは、あの日以来Yの家で見なくなったこと。

Yの「ごめんな」の意味を。

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